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   ゲゲゲの鬼太郎の水木さん 

  「妖怪というものは、いかがわしく、とらえどころのないものである。逃げやすく、つかみにくい、そんなものはもともといないのではないか、という人もあるが、いないとも言いきれない。なにかいるのだ。」

  「妖怪というと、よくお岩の幽霊なんかまで仲間に入れて気味悪がる人もいるが、お岩は幽霊であって妖怪ではない。妖怪とは河童とか、海坊主とか、牛鬼とかいったもので、こわいけれども、どことなく愛嬌のあるものだ。」

 「妖怪を感ずるか、感じないかは、もって生れた“妖怪感度”とでもいうべきものによると思うのだが、 感度の高い人と低い人とあるような気がする。」  (『妖怪天国』筑摩書房)

  ■ 商品の「価値」は、ゲゲゲの鬼太郎みたいだ
    
 「商品の価値」(『資本論』)が話題に登るとき、ゲゲゲの鬼太郎がひょっこり。皆さんも記憶されているいるでしょう、「妖怪のような」話から、商品の価値話しは始まるんです。

 「われわれはいま労働生産物の残りをしらべて見よう。
 もはや、妖怪のような同一の対象性〔gespenstige Gegenständlichkeit:具体性〕以外に、 すなわち、無差別な人間労働の、いいかえればその支出形態を考慮することのない、人間労働力の、単なる膠状物〔Gallert:ゲル〕というもの以外に、労働生産物から何ものも残っていない。」
 水木さんの“妖怪感度の高い人、低い人”を思い出させるのですが、では、そもそも「商品の価値ってなんぞや」。こんな疑問を胸に秘めながら、謎解きワールドに皆さんをご招待したいと思います。どうぞ、ごゆるり散歩気分で、ちょっぴりこわ~い緊張感をもってご一緒しましょう。

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 2019 資本論入門3月号-2  2019.03.23

 カール・マルクス 
   
『経済学の方法』の研究 


-『資本論』の科学史ハンドブック2019-1
   
序論2 Elementの多様性ー

 マルクスは「経済学の方法」の叙述にあたって、読者に慎重な取り扱いを述べています。
「りんかくを示した一般的序説〔「経済学の方法」はこの一般的序説に含まれています〕は、発表をひかえておく。というのは、よく考えてと、まず証明しなければならないのに、そのまえに結果を示したりすれば、それはかえってじゃまになるように私には思われるからであり、また読者がそもそも私のあとからついてこようとするなら、個々のものから一般的なものへともぼっていく決心をしてもらわねばならないのであるからである。」(『経済学批判』序文)

 資本論ワールドの読者は、すでに『資本論』とヘーゲルの関係性についても考慮されていますので、「経済学の方法」を探索することにより、マルクスの思考形式-弁証法的思考-を参照することが可能となります。
 「経済学の方法」は当時公刊されなかったのですが、マルクスの叙述スタイルを予めざっと見通すことができれば、『資本論』の感触を柔らかなものして、親しみが感じ取れる論文となっています。
 この小論の特徴は、歴史的な例証とともに『資本論』冒頭の「成素形態 Elementarform」を読解してゆく手がかりとなっています。この文脈に登場する「成素」、「最も単純な諸規定」そして「単純な範疇」の用語-Elementが出現する文脈の構造/Elementarform分析-に注目しながら、探索を始めてゆきます。

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  2019 資本論入門 3月号-1

『資本論』西洋哲学史 
 「形相と質料」
研究
 
『資本論』の科学史ハンドブック2019-1  序論.1-
 資本論ワールド編集部 はじめに

 *『資本論』に登場する“ 商品種 Warenart ”の翻訳に対して、岩波向坂訳以外は、“-art (Art:生物の種)”に対して大月岡崎訳をはじめとして「種類-商品種類」と翻訳しています。この翻訳語の違いは、『資本論』と“どのように向き合う”という姿勢の違いが顕著に現われています。ここにも、西洋文化に対する「認識の差異」あるいは「無意識的欠如の発露」とでも言える現象が、翻訳家個人個人の深層心理に根差しています。古代ギリシャは、考えられているよりも、ずっと存在の彼方だったのです。・・・・

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 ◆ 2019 資本論入門2月号
  
「価値の実体と形式」について


  2019 資本論ワールド 編集部

 資本論ワールドは4年目に入りました。これまでお付き合いをいただきました。
 探検隊の皆さんをはじめ、ご協力をいただきました方々に感謝申し上げます。
 昨年11月以来、しばらくお休みを頂いていましたが、2月から再開できる態勢が整ってきました。
◆第4期資本論ワールド編集方針についてご報告いたします。
 1. 従来の基調を継続する。
 2. 下記2018年総合案内の残されたテーマを続行する。
 3. 昨年末に行われた「編集会議」を踏まえ、改善と内容の充実を図る。
 ① 岩波書店向坂訳『資本論』の刊行(1967年)に続き、 6出版社の『資本論』が市場に流通している。現状の根底にある“日本文化の異質性(注1)”への対応策を検討する。
 ② 各社・翻訳者の“独自性(注2)”による作品群となり、読者間への共通ルールは存在しない。
 ③ 向坂訳を含め、共通している“スタイル”は、『資本論』原本と「翻訳本」日本語との整合性は皆無と言える。すなわち翻訳者各人の人格に一任されている。
 ④ 各社・翻訳者に共通する欠陥は、ヘーゲルを無視(不勉強による?)することによる誤読・誤訳から『資本論』の理解と用語解読が消化不良となっていること。
 ⑤ これらの現状の改善ー最低限の「翻訳共通ルール」の構築は急務である。すなわち、現状の翻訳『資本論』は、翻訳の言語ルールがなく、「科学書」としては認知されない。
 特に、ドイツをはじめ、伝統的な西洋文化と科学言語に対する共通理解の構築が必須である。
 4. 過去3年間の掲出テーマを集計整理し、上記課題に資する作業を行う。
 以上の目標に向かって、来月から始めてゆきます。ご協力をお願い申し上げます。
 (注1)“日本文化の異質性”
  日本のマルクス経済学は、特異な構造を歴史的に形成しています。『資本論』をテキストにしながらも、翻訳者ごとまちまちの日本語表示で、今日に至っているのです。西洋科学史に見るように、ラヴォアジェの「化学革命」以来、19世紀の西洋科学は、「科学言語」の創造と革新の時代です。私たちは、「『資本論』の科学史ハンドブック」を通じて、西洋科学の成立ちを改めて確認してゆきます。
 (注2)翻訳者の“独自性”
  『資本論』の翻訳問題は、深刻です。1969年、岩波・向坂訳以来50年が経過しましたが、翻訳者ごとに、特異な出版物が横行し続けています。新訳と称しても、その用語解説が行われず、読者は翻訳者と出版社の支配下に置かれたまま、半世紀が経過しました。私たちの「資本論ワールド」は、この悪弊の抜本的改革を目標としています。

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 ■以下は、2018年版サンプル

2018資本論入門7月号 2018.07.30

  
『資本論』第1章第3節 価値形態または交換価値
 a 「相対的価値形態の内実」 の研究
 
 価値形態〔Wertform〕と  
    
形式Formの二重性 
(1)  


 ~ 亜麻布の「等価 〔Äquivalent:同等のもの としての、あるいは亜麻布と「 交換され得るもの 」 としての上衣に、関係せしめられることによってである。 この関係において、上衣は価値の存在形態〔Existenzform von Wert:価値の出現ー現われ出る形式。〕、すなわち、価値物 〔Wertding 〕となされる。 ~


<コラム21> 2018.07
  人類学 ・ 考古学 ファイル  

 マルクス・フェティシズムFetischismus と 
         コリン・レンフルー「物質的象徴」



  2018資本論入門6月号
 
第1部.
資本論』の形態学W-G-Wと
   資本の生態系G-W-G´
について(2)
~ 交換過程で、種類のちがう労働生産物がおたがいに事実上等しく置かれ、したがってまた、事実上商品に転化される ~

『資本論』第2章交換過程と
  「価値形態」形成(形態化)について
 

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2018資本論入門5月号 -1-
 
第1部
 
『資本論』の形態学 W-G-W と 
  資本の生態系 G-W-G´ について(1
) 


 1.生態学の基礎と形態学について
 2.生態系について


第2部
『資本論』第3章 商品の変態   
  「 Die Metamorphose der Waren 

ゲーテ形態学の「変態」について  ・・・
    ゲーテ形態学とメタモルフォーゼ

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2018資本論入門4月号-3
『資本論』生誕150周年
 ヘーゲルからマルクスへ -(4)-

コラム19 『資本論』の翻訳問題 3 
  
 
ー 資本論のヘーゲル哲学

 実体と形式」について

ヘーゲル論理学(『小論理学』)から、実体と形式の関係について調査・探究します


2018資本論入門4月号-2
『資本論』生誕150周年
 ヘーゲルからマルクスへ -(3)-

 資本論のヘーゲル哲学
「貨幣形態の発生」を証明する  


 「マルクスは、ヘーゲルの論理学の皮をむいて、この領域におけるヘーゲルの真の諸発見を包有している核をとりだし、かつ弁証法的方法からその観念論的外被をはぎとって、それを思想の展開の唯一のただしい形態となる簡明な姿につくりあげる、という仕事をひきうけえた唯一の人であったし、また唯一の人である。」 (エンゲルス『経済学批判』について)
  ―〔 『資本論』理解に不可欠なヘーゲル弁証法の手引き書の役割を果たしていると言えます。〕―

 「ヘーゲルの考えかたを他のすべての哲学者のそれから特徴づけるものは、その基礎によこたわる偉大な歴史的精神であった。・・・彼は歴史のうちに一つの発展を、一つの内的関連を立証しようとこころみた最初の人であって、彼の歴史哲学のうち多くのものが今日われわれにどんなに奇妙におもわれようと、根本的見解自体の壮大さは今日でもなお驚嘆にあたいする」 ・・・
   (エンゲルス『経済学批判』について)・・・



資本論入門4月号-1
『資本論』生誕150周年
(1)『経済学批判』についての手紙 
             (1858年4月2日)

  マルクスからエンゲルスへ
資本論ワールド 編集部 まえがき
 エンゲルス宛てのマルクスの手紙は、『経済学批判』の公刊(1859年)直前に書かれていますが、“価値概念”に関して大変興味深いものがあります。編集部では、この①“手紙” と ②『経済学批判』A商品分析の歴史、そして ③エンゲルスの書評 “『経済学批判』について”の相互関係を研究した結果、次のような問題に達しました。・・・・

(2)経済学批判』 A 商品分析の歴史

(3)「古典派経済学に対する
  『資本論』の(注31),(注32)について


(4)ヘーゲルからマルクスへ (1)
<コラム18-1>宇野“蒸留法”批判
 
 ベーム・バ-ヴェルク以来、マルクスの方法論が“蒸留法”であるとして批判の対象となっています。日本でこれを取り上げて系統的に批判・解説した学者が宇野弘蔵でした。宇野の論点は、「労働生産物からその使用価値を捨象して、抽象的人間労働を価値の実体として把握する方法」が“マルクスの蒸留法”であると批判しています。この論点を探ってみましょう。

<コラム18-2>
   ヘーゲルからマルクスへ (2)
廣松渉著『資本論の哲学』
  ー
『資本論』“蒸留法”批判

 『資本論の哲学』は、『資本論』の“難点”を要領よく摘出しています。“何が問題となっているか”、当時の論争を手際よく整理してありますので、じっくりと探求してゆく素材として現在にいたるまで伝承されています。
今回は、“蒸留法”とあだ名された「使用価値の抽象・捨象」に焦点をあてて、「ヘーゲルからマルクスへ」解読してゆきます。 また、第2部では、(1)ヘーゲル哲学、(2)コリン・レンフルー著 『先史時代と心の進化』 に手助けしていただきながら、探索してゆきます。


2018資本論入門 3月号-3
『経済学批判』から『資本論』へ

 エンゲルスの書評
  
 『経済学批判』 について


資本論入門 3月号-2
<コラム17>
  ダーウィン進化論と
 「分業とマニュファクチャ」   


『資本論』第12章、13章に引用されている(注31)(注89)のダーウィン進化論を探索してゆきます。「社会的生産有機体-社会的人間の生産的器官」が、第3章商品と貨幣流通、第2節商品の変態を通して「自然史と人類史」の結束点となり、ダーウィン進化論に接続してゆきます。さらに、「商品の物神的性格」の「特殊の各社会組織の物質的基礎の形成史」を究明してゆくキーワードの役割を担っているのです。


資本論入門 2月号-2『資本論』生誕150周年

アダム・スミスからマルクスへ

 『資本論』の社会的分業と
ヘーゲル市民社会の「労働の分割(分業)」


  ヘーゲル『法の哲学』 第2章市民社会
         A 欲求の体系、b 労働の仕方

 §198 〔-抽象的労働-〕

  ところで労働における普遍的で客観的な面は、それが抽象化してゆくことにある。この抽象化は手段と欲求との種別化をひきおこすとともに、生産をも同じく種別化して、労働の分割die Teilung der Arbeiten(分業)を生み出す。個々人の労働活動はこの分割によっていっそう単純になり、単純になることによって個々人の抽象的労働abstrakten Arbeitにおける技能も、彼の生産量も、いっそう増大する。
 同時に技能と手段とのこの抽象化は、他のもろもろの欲求を満足させるための人間の依存関係と相互関係とを余すところなく完成し、これらの関係をまったくの必然性にする。生産活動の抽象化Die Abstraktion des Produzierensは、労働活動をさらにますます機械的にし、こうしてついに人間を労働活動から解除して機械をして人間の代わりをさせることを可能にする。

<2018資本論入門2月号-1. において、「アダム・スミスは、分業の発展の成果によって、私的所有が純化すればするだけ、それだけ、社会的生産は発展するという見方でとらえた」(内田義彦『経済学史講義』)ことを紹介しました。
このアダム・スミスの「理論的中核-要石keystone-」が、
ヘーゲルからマルクスへと継承され、これを跡づけることが「資本論入門2月号-2」の課題です。ヘーゲルもマルクスも大変興味深く、分業の進展が及ぼす「社会の深層変化」を描いています。じっくりとお楽しみください。>



ゆきます




・・・・

2018資本論入門 2月号-1
資本論入門 2月号-1




『資本論』生誕150周年 アダム・スミスからマルクスへ
資本論ワールド編集部 はじめに
 



1月号に続いて、内田義彦さんの「経済学史」を探究してゆきます。半世紀以上も前の論文ですが、今日なお拝聴すべき画期的作品と言えます。
 私たちが特に注目しているのは、

「アダム・スミスは、分業の発展の成果によって、私的所有が純化すればするだけ、それだけ、社会的生産は発展するという見方でとらえた」ことを強調していることです。
 マルクスが古典派をくつがえそうとした理論的中核ー要石keystone-がここにあります。
 アダム・スミスなど古典派経済学と対比することで、
『資本論』第1章が始まります。

 内田義彦著『経済学史講義

          未来社 1961年発行

〔アダム・スミス・古典派経済学と
       マルクスの経済学との対比〕



2018年1月新着情報
『資本論』生誕150周年
  アダム・スミスからマルクスへ

<コラム15>『国富論』における
    市民社会の概念と分析視角
 内田義彦著『経済学の誕生


          ・・・内田義彦著 『経済学の誕生』


  新年おめでとうございます


 資本論ワールドは、3回目のお正月を迎えました。これもひとえに探検隊の皆さんの冒険心とお力添えの賜物と感謝申し上げます。
 昨年末に、大内兵衛解題による「アダム・スミスからマルクスへ」お歳暮をお届けしましたが、ご賞味はいかがでしたでしょうか?

 つづく<コラム15>は、暦も改まりまして内田義彦さん(1913年- 1989年)に新年のご挨拶をいただきます。内田さんは、1953年(40歳)に『経済学の誕生』、61年に『経済学史講義』を公刊しました。ちょうど、小林昇さんと同時代に活躍された経済学者でした。
 内田さんは、アダム・スミス経済学を端的に指摘しています。
 「アダム・スミスの『国富論』は、いわゆる市民社会が、どういう機構をもち、どういう法則あるいは力学にしたがって動いているかを、その基礎たる物質的生活の生産=再生産の根本にさかのぼって、はじめて科学的に、しかも、その総体において分析することを企図したものといわれている。」
 「・・・労働する人たち、・・・かれらは、その共同社会のなかの他のすべての人々がぜいたくをするための原料を提供して、いわば人間社会の全組織をその双肩にになっているにもかかわらず、その重荷によってどん底におしひしがれて、建物の一番下積に忘れさられているのである。これほど抑圧的な不平等のただなかで、文明社会の最下層の、もっともさげすまれている人たちでさえ、もっとも尊敬されもっとも活動的な野蛮人が到達しうるよりも、すぐれた豊富さと潤沢さとを、ふつうに享受している事実を、どう説明したらよいであろうか。」
 「こう自問して直ちにスミスは、分業による生産力の増大をもってこれにこたえ、例の有名なピン・マニュファクチュアの例をもちだし、それは『国富論』の叙述に発展してゆくのであるが、以上に引用した興味ふかい叙述のなかに、ぼくは、スミスの市民社会観と、分業論を枢軸とする『国富論』体系の分析視角が、あざやかに浮かびでているのをみるのである。」(『経済学の誕生』)

 アダム・スミスと向き合うマルクスは、古典派経済学の岩盤をどう乗り越えてゆくのでしょうか?
『資本論』生誕150周年を記念して、大内兵衛さんともども「アダム・スミスからカール・マルクスへ」、内田さんにご教示をお願いしながら“新年の幕開け”です。

編集部一同より、今年もご指導・ご鞭撻を心よりお願い申し上げます。
2018年1月14日

<コラム14・15>マルクスによる「スミス批判」について以下のように焦点をしぼってゆきます。

  (1) スミス「労働価値説」に対して、マルクスが行っている「価値概念」の変革
  (2) 『資本論』第1章は、スミス経済学からマルクス経済学への継承・移行文脈であること
  (3) 第1章第1節「使用価値の抽象・・・」は、アダム・スミスからの継承・移行文脈の結束点

 こうした観点を念頭におきながら、1月新着情報と併せて企画しました。

      → 内田義彦著 『経済学の誕生』



 2017年 新着情報 ◆ 12月号
『資本論』生誕150周年 アダム・スミスからマルクスへ 

<コラム14>
 アダム・スミス『諸国民の富』 解題 大内兵衛 1969年

 〔 『諸国民の富』と『資本論』について 〕

  資本論ワールド編集委員会 
   はじめに
 『諸国民の富』の翻訳者である大内兵衛は、その解題のなかでスミスとマルクスの関係について大変興味深い一文を挿入しています。これまであまり注目されてはいませんが、『資本論』のルーツとも思える、意味深長な文脈となっています。
 「またマルクスも彼の経済学の全体系とくに『資本論』をあげてスミス批判をやっているといっていいが、・・・・
 この『諸国民の富』の解剖にあて、これによりマルクスは彼の剰余価値説とスミスの労働価値説との異同、生産的労働と不生産的労働の区別についてスミス説の批評により彼の剰余価値論を展開している。
 このようにして、いわゆる近代経済学にしても、マルクス主義経済学にしても、その源泉にさかのぼってひろく深くその思想を展開するものはスミスにさかのぼらなくてはならないのである。」

 編集部では、マルクスによる「スミス批判」について以下のように焦点をしぼってゆきます。
(1) スミス「労働価値説」に対して、マルクスが行っている「価値概念」の変革
(2) 『資本論』第1章は、スミス経済学からマルクス経済学への継承・移行文脈であること
(3) 第1章第1節「使用価値の抽象・・・」は、継承・移行文脈の結束点
 こうした観点を念頭におきながら、以下「大内解題」から入門してゆきいたいと企画しました。そして、今後の「新着情報」に注目していただければ幸いです。なお、『諸国民の富』抄録についてはこちらをクリックしてください。
 
 では、来年も資本論ワールドの探検旅行でお会いしましょう!! (2017.12.25)


   → アダム・スミス『諸国民の富』
   Ⅰ. 分業について
   Ⅱ. 分業をひきおこす原理について
   Ⅲ. 貨幣の起源および使用について
   Ⅳ. 価値の二つの意味、「使用価値」と「交換価値」
   Ⅴ. 商品の実質価格-労働価格 と 名目価格-、貨幣価格について

「使用価値の抽象化」に関する
  → アダム・スミスの「商品価値」とマルクスによる価値概念の変革



  ◆ 資本論入門11月号 


 0. 特集『資本論』価値分析に対する“蒸留法”批判について


 マルクスによる「使用価値からの抽象・分析法」を、“蒸留法”と解釈する「批判」が後を絶ちません。
さらにこの「批判」を言い訳にした『資本論』の改変が横行しています。 実証研究なき疑似科学の流行
に対して、学問のあり方を根底から構築し直す時代に至っています。現在、8月・9月・10月の特集 “蒸留法”
批判の関連論文・資料を一括して統合・収録する作業を進めています。これにより、“蒸留法”の問題点を
簡潔・明瞭に論点整理が行われる予定です。
マルクスとともに、「学問の急峻な山路をよじ登るのに疲労困憊をいとわない者だけが、輝かしい絶頂を
きわめる希望をもつ」ことを念願しています。探検隊の皆さん、あと一歩です。 (・・10月15日現在・・)


  → 「交換価値は、使用価値の社会的な性質規定性として

  「 すなわち、これらの物としての使用価値に与えられる規定性として表われる。そしてこの性質規定性のために、これらの使用価値は交換過程で、ちょうど単純な化学的元素が一定の量的比率で化合し、化学的等価をなしているように、一定の量的比率で置き換えられ、等価:Äquivalentをなしている。」 
                             (『経済学批判』第1章)

1. 「使用価値の抽象化」のルーツ  → ‟いまもし資本体の使用価値を無視するとすれば・・・” 
  → 『経済学批判』 の 「交換価値」分析 -「労働は富の父であり、土地はその母である」

2.  → コリン・レンフルーと「商品の物神性」 
  ・・・“蒸留法”受容の日本的・歴史的背景ー未成熟な「物神性」論の帰結ー