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資本論入門 (2月、3月合併号) 一部追加・改訂版 2017年6月号
『資本論』と「心と脳科学」

商品の物神性「心の進化・脳科学」 2017.02.01、2017.06.22
                             
資本論ワールド編集委員会

  本日は、ご多忙のところお集まりいただきましてありがとうございます。
 資本論ワールド編集委員会を代表してひと言ご挨拶を申し上げます。
 おかげ様でこの2月をもちまして、資本論ワールド満1周年を経過しました。これを記念しまして、
標題の「心の進化・脳科学」と「商品の物神性」をテーマにして講演と交流を深めていただきたいと企画しました。


 『資本論』の文体は、古代ギリシャ芸術等の作風と西洋文化の伝統を受け継いで、大変巧妙に各章が編成
されています。(アリストテレス「弁論術と作詩術」やヘーゲル「美学」の伝統参照・資本論入門で後日紹介予定)
したがって、第1章第1節から、内容の理解の前に、叙述の展開についてゆくことすら大変難しく感じてしまい、
挫折してしまう運命にあります。『資本論』特有の言い回しに慣れてゆく最大の試練が、
第4節の「商品の物神性」の議論でしょうか。
私たち資本論ワールド編集委員会でも、ずいぶんと骨折りを重ねてきましたので、その教訓も生かしてゆきたい
と考えています。
 この1年間を締めくくり、第1章商品の総括的議論として「商品の物神性」をとりあげることにしました。
 一つの事例を紹介させていただきます。
 「商品の物神性」は、貨幣の物神的性格そして資本の物神的性格へと続いてゆく始まりにもあたり、重要な
端緒となっています。現行『資本論』第2版では、第1章は4つの節に区分されていますが、改めて読み直して
みますと、「物神性」の議論は、第1節から始じまっていることに気づかされます。

 冒頭商品に「巨大なる
ungeheure 商品集積〔商品集合、商品の集まり〕 Warensammlung」とあります。
このドイツ語
un・geheure の 「un」 は、形容詞につけてその反対・否定を意味しますので、
「geheure (geheuer) : 親しめる、なじんだ」などの反対語となります。このようにいったん理解してから、
「ungeheure(ungeheuer)」 の単語を調べなおすと以下の訳語に出くわします。
 
ungeheuer:(形容詞)
 1. とほうもない、ものすごい、恐ろしい、非常な
 2. 薄気味悪い、不気味な、(nichit geheuer:geheuerでない)
 さらに名詞形
Ungeheuer として
 1.
怪物、怪獣
 2.巨大なもの

 となります。(以上、小学館大独和辞典)
 したがって、「巨大なる商品集積」は、「ものすごい、恐ろしい(怪物的な)商品の集まり(商品集合)」として
現われることになります。この文脈は直接的には、第4節の「商品の物神性」への導入・布石となっています。
この観点が、いままで見過ごされていました。というのも、『資本論』第1版では、『経済学批判』と同じように
第1章(節)が区分されていません。
第2版の第1章第1節から第4節までが一つのまとまりとなっていますので、「ungeheuer」は、最後の商品の
物神性まで連続的に読み進められるようになっています。すなわち、第2版第1章のように第1節から第4節と
区分されていませんので、誤解されて読まれることはなかったのです。

 第2版でマルクスは、第2節に「
妖怪のような対象性」を追加することで節をまたがって
ungeheuer文脈の継続性」 を明示することを行なっているのです。すなわち、
   「
われわれはいま労働生産物の残りを調べてみよう。もはや、妖怪のような同一の対象性以外に、
   すなわち、無差別な人間労働の、いいかえればその支出形態を考慮することのない、人間労働力
   支出の、単なる膠状物Gallertというもの以外に、労働生産物から何物も残っていない。

 そしてこの「
妖怪文脈」は、第4節へと続いてゆきます。
   「
それゆえに、商品生産にもとづく労働生産物を、はっきり見えないようにしている商品世界の
   一切の神秘、
一切の魔術と妖怪は、われわれが身をさけて、他の諸生産形態に移って見ると
   消えてなくなる。
」 のである。
 
 こうして、第1節から第4節まで、一連の商品分析が継続してゆくことが理解されるように、陣立てがなされて
いるのです。さらに、
第5章 労働過程と価値増殖過程第2節 価値増殖過程 第26段落では、
いよいよ「
怪物」が登場します。
    
    「
資本家は、新たな生産物の素材形成物として、または労働過程の諸因子として役立つ商品に、
     貨幣を転化することによって、諸商品の死んだ対象性に生きた労働力を合体させることによって、
     
価値を過去の対象化された死んだ労働を資本に、自分自身を増殖する価値に、胸に恋でも
     あるように“作業し”はじめる生気ある
怪物 Ungeheuer に、転化するのである。

 そして、第13章 機械装置と大工業 第1節 機械装置の発達 「機械経営」では、
    「
配力機装置を介してのみ中心的な自動装置からそれぞれの運動を受取る諸作業機の組織され
    た体系となれば、機械経営はそのもっとも発達した態容(Gestalt:すがた)をもつことになる。
    ここでは個々の機械にかわって一つの機械的
怪物 mechanisches Ungeheuer が現われ、
    その体躯は工場の建物をいっぱいに充たし、そしてその悪魔的な力は、初めは、その巨肢の荘重
    ともいうべき整った運動によって隠されているが、その無数の本来の作業器官の熱病的な狂想
    旋舞において爆発する。
」 に至ります。

              
*注:第5章労働過程と価値増殖過程は、「資本論入門」に掲載予定です。

 さて、これから「商品世界の物神性」というミステリーゾーン遊覧へ出発してゆきます。
 戦後70年を経て、私たちの身の回りも同じような風景が忍びよってきています。曲がり角に立ち至った
グローバル資本主義は、私たち労働者の暮らしの隅々まで暗い影を落とし始めています。アベノミクスから
トランプ現象を経て、中国をはじめ、世界的に激変する環境変化が予感される時代となりました。
「資本主義の終焉」などと怖いお話しが「まことしなやかにささやかれています。」
        ・・・ちなみに、現代日本は世界一の会社天国・ブラック企業天国との風評ですが・・・

 一方で、昨今のIT革命から人工知能の産業化を経て、「脳科学」が第3の産業革命の幕開けとも言われ、
21世紀最新科学の新しい潮流として注目されています。私たちのまわりでも、人工知能の応用が話題に上る
ようになり、昨年から「心と脳科学」を研究テーマに取り上げてきました。脳科学の新たな進展に伴う、
心の「社会性」認識の生物学や認知神経科学の研究成果を学ぶことができました。
これらの脳科学による「社会性」認識の深まりは、他の専門領域に強力なインパクトを与えています。
情報科学の最先端として、哲学や経済学そして『資本論』など伝統的学問領域に対して、
概念形成に関わる認識作用のあり方」の見直しを迫るものでした。
 新しい情報科学に立脚した脳科学の「言語認識理論」は、すぐれて「商品世界の物神性」議論と密接に関連
する問題提議となっています。私たちの心の中に形成される「社会的認識」と「社会関係」のありように、
脳細胞の新しい角度からの研究と議論の展開が期待されています。
 最初は手探り状態から何事も始まりますが、新たな探検時空-ungeheuer Welt:驚きの世界-を皆さんと
一緒に旅してゆければ幸いです。本日ご参加の皆さんはすでに顔なじみの方々ばかりですので、
忌憚のない活発な意見交換をお願い申し上げます。
 では、最初に「心の進化と脳科学」をテーマに始めてゆきたいと思います。本日の議事進行役は小川さんに
お願いしてあります。 はじめに今回の全体討議について説明がありますので、よろしくお願いします。


 
事務局より・・・
 
 今年から事務局を担当します小川です。まだまだ新米ですので、今年もご指導をよろしくお願いします。
 では、本日の議事についてご説明致します。
 第1部として、「心の進化と脳科学」について報告があります。
「商品の物神性」を最近の認知神経科学から「社会的事象(社会関係)」として、あるいは「社会性」の問題として
検討すると、何が見えてくるでしょうか、という問題提議です。
 第2部は、第1部の議論も参考にしながら、いよいよ「第1章商品第4節商品の物神的性格」の締めくくりを
予定しています。全体では、3回程度の討論会で終了する予定でいますので、ご協力をお願いします。
では、お手元に配布してあります事務局作成のレジメを簡単に説明します。


   <「商品の物神性」と「心の進化・脳科学」交流会レジメ>

 第1部 「心の進化と脳科学」から社会性問題を考えると・・・
 概要Ⅰ. テキスト 「心の進化と脳科学」
     (1). 『 心を生んだ脳の38億年 』  藤田哲也著
     (2). 『 心の起源 』 木下清一郎著
     (3). 『 心と脳 』 安西祐一郎著
     (4). 『資本論』と3つのテキストの関係について
 概要Ⅱ. 「社会性」について
     『資本論』を「社会性」の成立過程として検討してゆきます。
     ① 商品生産における労働生産物の社会的関係から発生する「商品の物神性」を探求してゆきます。
     ② コリン・レンフルー理論の3つのキーワード 
       「物質的象徴」「制度的事実」「物質的関与と制度的事実」から「商品の物神性」を読み解きます。

 第2部 『資本論』 第4節「商品の物神的性格とその秘密」について ・・・
誤読と誤訳の連鎖を探る・・・
  概要 Ⅰ. マルクスの方法論について
  概要 Ⅱ. 『資本論』 翻訳問題と出版状況について
 
 第1回 2月1日 第1部
 第2回 3月1日 第1部
 第3回 4月1日 
「商品の物神性」とコリン・レンフルー理論
 第4回 6月15日 
リチャード・リーキー『ヒトはいつから人間になったか検討会
 ・・・・・    ・・・・   ・・・・


「商品の物神性」「心の進化、脳科学」  交流会2017.02.01

 
第1部 「心の進化と脳科学」から社会性問題を考えると・・・
 
  テキスト 
心を生んだ脳の38億年』 藤田哲也著 岩波書店 1997.10.22
         『
心の起源』 木下清一郎著 中央公論新社 2002.9.25
        『
心と脳』 認知科学入門 安西祐一郎著 岩波新書 2011.9.21
  報告者 資本論ワールド:哲学担当 近藤


  
概要Ⅰ テキスト 「心の進化と脳科学」 について

 (1) テキスト 『心を生んだ脳の38億年』 の要旨

① 進化を通じて、ヒトの脳の特異な機能として、言語によるコミュニケーションが可能になった。
 言語は、状況を記述することができる。ある状況を他者に、客観的に伝えることができるわけです。
 この記述によって、自分自身の中だけに存在していた自己意識ないしは主観的な世界を、他者にわからせる。
 つまり、主観的世界を、完全ではないとしても、かなりの具体性をもって客観化できるわけです。

② 脳の中で、概念の操作が可能になるわけです。これが思考です。脳のこの機能は、連合野が発達した
 ホモ・サピエンスの特異な機能として出現した。整合性を検定したり、等価性を考えたり、論理を分析したり
 することが可能になった。

③ 整合性がなければ、サルは常に木から落ち、淘汰される運命にさらされたはず。整合性の完璧な多種
 入力を与える対象は「真」である、と判断してよいわけです。その判断のもとに行動を起しても裏切られる
 ことはないという(生存)価値を、その判断はもっていた。このような判断を一般化することに、
 ヒトの脳の構造は得意とする。

④ 内容のまったく違う
二つの行動のどちらを選ぶべきかの価値判断の等価性など、より概念的な
 操作に応用される。ここで、「
等価なものから、どちらを選ぶか」はまったく自由な選択。
 このような状況の一般化における自由な選択が「自由意志」を形成してきた。

⑤ 客体の自分(アルテル・エゴ)が、ある程度の独立性をもって、本来の自分(エゴ・プロプリウス)の存在を
 認識し、その状況を客観的に陳述するとき、主体である側の自己の存在の明確な認識が成立する。同時に、
 自己と他者の区別も明確に認識される。自己の運動を支配している自分と、他動的にしか動けない他者との
 区別も明確になり、外部からの感覚は、他者へではなく、この自分に直結していることも明確に認識できる。
 そして、この自己認識には、これまでの経験によって記憶されてきた永続性のある(歴史のある)世界の
 イメージが分かち難く結びついている。これが、高度の明晰性を伴った「自己」であり、「私の心」という
 表現で私が指し示す明確な自己の認識の成立である、と考えられる。



(2) テキスト『心の起源』の要旨

社会という階層
  生物の世界と心の世界の両方に社会という階層があらわれている。したがって、階層というものがもって
 いる性格について、「ある階層が成立する際には、その前の階層ではたらいていた基本原理に制約がかかる
 ということである。たとえば生物世界でみると、細胞の階層では自由に発揮されていた細胞分裂の能力が、
 個体の階層に上がるときびしい統制をうけていることに、階層と階層とのあいだの関係がよくあらわれている。
 
自己増殖が生物世界の基本原理であることはくり返し述べてきたとおりで、ここにあらわれた制約は
 基本原理にかかわるものであった。

⑦  これを心の世界にあてはめてみると、
心の世界での基本原理は表象の自己回帰則とそれにともなう
 抽象作用則であり、これを表象の制約者の側からみれば、意志の自由則であることは前にふれた。
 階層を上るにはこの原則に制約がかかることが必要であるとするなら、それはどうゆうかたちの制約で
 あろう。いい換えると、「個としての心」では抽象作用のかたちであらわれていた心の世界の基本原理に、
 どのような制約が加わると「関係としての心」があらわれてくるのだろうか。

⑧ 生物の個体はつねに他の個体とかかわりをもっている。もし、それが心をもたない個体どうしならば、
 ただ一つの「生物としての関係」しかつくらない。したがってそこにあらわれてくる生物社会は、純粋に
 生物社会に属する問題としてあつかえる。しかし、個体がそれぞれの内部に自我の心をもっている場合には、
 個体のあいだには二つの関係が同時にあらわれてくる。すなわち、生物体の単位としての個体どうしを結ぶ
 「生物としての関係」と、心の世界にあらわれた自我と他者とを結ぶ「
心による関係」である。そのどちらの
 関係からも社会がつくられてくるとすれば、そえぞれの社会では生物世界と心の世界の原理のいずれかが
 制約をうけることになる。したがって、そこでは「
生物社会」と「心の社会」とが混在するはずである。
 これから二つの社会の本質をそれぞれ見きわめてみようと思う。

⑨ 生物社会が生物世界の原理にもとづいてつくられていることを、もっとも端的にしめしているのが、

 社会という構造と遺伝子とのかかわり方
である。個体のレベルではたらいて自然淘汰とは、遺伝子の
 レベルからいえば自分の遺伝子をどれだけ次世代に残せるかの競争にあたる。・・・
 単細胞でいるより多細胞で集まっている方が適応度が上がる場合に、多細胞生物があらわれたのであり、
 単独な個体でいるより社会集団をつくる方が適応度が上がる場合に、社会という構造があらわれたことに
 なるが、そのことはさまざまな例で事実として示されつつある。

⑩ 心の社会が生物社会と際立って異なるのは、ある個体にとっての他の個体は、単なる外界の一つとして
 あるのではなく、個体どうしが互いに自分と同じ心をもった存在として認め合っているという点である。
 これが他者の成立であった。心の社会の特異さはここからはじまる。

⑪ 心の世界にもさまざまな階層がある。大きくみれば「個としての心」の上に「関係としての心」があると
 いえるのであろうが、「個としての心」のなかには、表象・命題・概念・思想というようにもう少し小さい階層が
 みえているし、「関係としての心」のなかには、社会をつくり上げるためのいくつかの小階層があるに違い
 ないが、それはまだはっきりみえていない。・・・
 「個としての心」のつぎに「関係としての心」の再構成である。ここでは階層が一つ上がっているので、
 一つ下の階層から再構成されねばならず、まず個人の一人ひとりのなかで人格の再構成がおこなわれた後、
 新世代の個人どうしのあいだで、他我をも包み込んだ
一つ次元の高い「関係としての心」が再構成される
 という順序になる。これば社会の継承
であり、それはまた広くいえば文化のという伝統の再生産であろう。


(3) テキスト『心と脳』の要旨

 五つの人間像
  「人間とは何だろうか?」この本は、心のはたらきについて考えることを通して人間とは何かを見つめ直す
 ことにある。まず、いろいろな心のはたらきから立ち現われる人間の像を五つ選んで描いてみよう。心の
 はたらきが産み出す人間の姿を、イメージしてみてほしい。
 
1. コミュニケートする人間:人間は一人では生きていけない。人に尽くし、人から認められ、感謝される
 ことは、誰にとっても励みとなり、生きがいになる。コミュニケーションの中にはどんな心のはたらきが
 隠れているのかを知るのは、社会に生きる人間としてとても大事なことである。

 
2. 感動する人間:心も身体も揺さぶられるような感動の経験は、人を豊かにし、人生の指針を与えてくれる。
 感情と記憶と思考は別々に切り離されたはたらきではない。感情についてのいろいろな研究の成果を、
 脳のはたらきも含めて解説する。

 3. 思考する人間:思考のはたらきとは何だろう?知識、概念、ことば、意味とはいったい何なのだろう?
 これらを支える記憶のしくみはどのようにはたらいているのだろう?学ぶことが嬉しいとか厳しいと感じること、
 学んだ知識を社会で実践することと、感情や
社会性のはたらきはどう関係しているのだろう?

 
4. 熟達する人間:年を重ね、経験を積み、知識やスキルをみにつけていくうちに、人は何かしらのことに
 熟練していく。「熟達」ということばは、ある領域のスキルを自分のものにする、ベテランになるといった意味
 である。胎児から新生児を経て一生にわたる発達の過程は、感情、記憶、社会性、思考、ことばをはじめ、
 多種多様な心のはたらきがお互いに連携しあい、心のはたらき自体も変容しながら、新しいことができるよう
 になっていく、熟練の過程でもある。

 
5. 創造する人間:人間が他の動物と最も異なる点の一つは、誰もがたくさんの新しい知識や新しい方法を
 創造できることにある。創造する人間の特徴は自分の関心事に没頭する点にある。もう一つの特徴は、
 ものごとを曇りない眼で見ることである。つまり、ものごとを過去の知識や経験にとらわれない心の眼でみる
 ことである。この本の最終章は創造性の話しで締めくくられる。

⑬ 認知科学の誕生から形成、発展、進化まで
 
誕生・1950年代の息吹:脳の中で神経細胞の活動の変化が起こる。外界からの刺激入力のうち、
 記憶情報としての処理がなされ、長期記憶に転送される。思考の実験的研究、概念形成と思考のはたらきが
 研究される。社会と環境に人間が適応する過程が調査される。言語理論の勃興、人間の心のはたらきとしての
 言語と心のはたらきとしての文法構造論が形成される。これらの情報概念をもとに認知科学が誕生した。

 
形成・1960年代の潮流:心と身体をつなぐ運動のはたらき、運動と視覚のはたらきが協調する能動的知覚の
 研究。脳神経系のはたらきによる計算論的神経科学が形成される。記憶のはたらき、感覚記憶と長期記憶の
 モデル形成。記憶の情報処理モデル化と思考のはたらきの分析を経て、「分離脳」が発見され、ことばの
 探求が文法、知覚、記憶、思考、感情などの情報処理と相互作用する研究が進展する。

 
発展・1970年代の広がり:脳の構造がきわめて複雑であり、現在の人類の脳は、古くからある脳のうえに、
 進化によって新しくつくられてきた脳が重なった構造をしていると考えられる。神経細胞に電気パルスを与え、
 シナプス結合の現象等による長期増強や長期抑制が、情報伝達特性の変化のまま長時間維持される現象の
 研究が進む。脳の中の情報表現モデルと脳の階層構造が理解され、階層間の相互作用が探求される。
 心の中でのことばのはたらきについて、言語の構造や機能のモデル化が進展する。知識と記憶の階層構造を
 制御するシステムが心の中でどうイメージされどう表現されるか、そして概念形成される場合の「はたらき」が
 研究される。心と社会の関係を思考の本質的な特性として情報処理する「認知科学cognitive science」が
 英国で開始される。

 
進化・1980年代の展開:視覚神経系の研究が急速に進展し、脳の中で情報がどのように表現されているか
 という課題に多くの発展があった。心のシステムに入力される新しい情報は、どのようにして「知識」となるか、
 各種情報の意味関係を構造化する記憶情報を現実に適切に利用できる段階で「知識」と呼ぶ。
 一方で「素朴理論」と呼ばれる経験から自分なりに心の中でつくりあげられる「素朴なモノの見方」の探求が
 進み、
他者と自己の関係のような社会性のはたらきの研究など「心の理論」が形成される。また心や脳の
 はたらきにおける「文脈」-過去、現在、未来にかけての人間の意味関係や他者との意味関係など情報の
 集まり―と「状況」-周囲で起きていることと自分との間の因果関係や他者との社会的関係など心理的な
 意味関係を含む―の相互関係の研究が進む。人間特有の心のはたらきと、他の動物との
 共通性など、「
社会性のはたらき」が進展する。1990年代半ばに神経細胞のうち「ミラーニューロン」―
 他者が特定の行動をしたときと自分が同様の行動をしたときの両方に、鏡(ミラー)のように反応する細胞が
 発見される。

⑭ 認知科学の現在・未来
  1990年代ごろから、脳の中で生成される神経伝達物質や脳内を伝わるホルモンの分子が脳のはたらきに
 与える影響について、驚異的な研究が進展した。
 神経伝達物質は、脳の神経細胞やグリヤ細胞、あるいは内分泌系や自律神経系における化学反応の
 もとで生成され、基本的にはシナプス細胞の中の小胞と呼ばれる小さな袋の中に貯えられて、
 イオンチャンネルを通ってシナプス結合の間隙に放出される。そして、放出された神経伝達物質の分子が
 隣のシナプス細胞の受容体に結合することによって、分子を放出した細胞の活動電位に関する情報が
 受け取った方の細胞に伝わる。こうした分子レベルの情報処理が脳神経系のはたらきを支え、
 それがさらに心のはたらきを支えている。

  インタフェ-スとは、異なるものの間に何らかの関係がつくられ、維持されるための相互作用の起こる場と
 そのはたらきの総称である。人間の心や脳ができるだけ自然にはたらいて複雑な仕事ができるようにする、
 人間と環境のインタフェースのデザインについて、世界中で研究開発が進められている。また、意識下と
 意識の統合-社会性や感情のはたらきと思考や記憶のはたらきをとることなど、意識のうえと意識下の
 はたらきの統合は、創造のはたらきにとってきわめて重要な機能である。



 
(4) 『資本論』と三つのテキスト(「心の進化と脳科学」)の関係について

  マルクスは、「商品の物神性」について「
宗教的世界の夢幻境」を述べています。
  「商品形態とそれが表われる労働諸生産物の価値関係とは、それらの物理的性質やこれから発出する
  物的関係をもってしては、絶対にどうすることも出来ないものである。このばあい、人間にたいして物の
  関係の幻影的形態をとるのは、人間自身の特定の社会関係であるにすぎない。したがって、類似性を
  見出すためには、われわれは宗教的世界の夢幻境にのがれなければならない。ここでは人間の頭脳の
  諸生産物が、それ自身の生命をあたえられて、相互の間でまた人間との間で相関係する独立の姿に
  見えるのである。商品世界においても、人間の手の生産物がそのとおりに見えるのである。
  私は、これを
物神礼拝と名づける。それは、労働生産物が商品として生産されるようになるとただちに、
  労働生産物に付着するものであって、したがって、商品生産から分離しえないものである。」
 
  「
商品世界のこの物神的性格は、先に述べた分析がすでに示したように 〔その謎にみちた性質は
   どこから発生するのか? 明らかにこの形態・形式自身からである・・
・〕、
   商品を生産する労働の独特な社会的性格から生ずるのである。」

  このように、「労働生産物の価値関係として現われる商品世界の物神的性格の解明」が、第4節の直接の
 課題となっています。しかしながら、労働生産物が、商品形態をとるや否や生ずる、その謎のような性質は
 どこから発生するのか?明らかに
①商品の形態・形式自身〔労働生産物の価値形態・価値形式すなわち
 A商品はB商品に値する関係である価値表現〕
から、「物神的性格」は発生します。
 
したがって第3節の価値形態論と密接不可分の関係に置かれています。

  さらに②商品を生産する労働の独特な社会的性格から生ずるのであるから、「人間労働の等一性は、
 労働生産物の同一なる価値対象性の物的形態〔商品
のこと〕をとる。労働生産物の生産者たちの諸関係は、
 労働生産物の社会的関係という形態 〔形式〕 をとるのである。」ことから、商品生産を行なう人間労働の
 社会的関係のあり方が問題となっています。
  したがって、第2節の商品に表わされた労働の二重性とも違った新たな角度からの

 「労働」の分析課題
が浮かび上がってきます。
 
  こうして、「商品の形態・形式」の新しい観点―
労働を「対象的属性」として「価値」として表わす
 が要請されてきます。「商品価値の社会的認識論」という「心と脳科学」に通じる課題ともなります。
  すなわち
  「労働生産物は、どんな社会状態においても使用対象である。しかし、ただある歴史的に規定された
   発展段階のみが、一つの使用物の生産に支出された労働を、そのものの
「対象的」属性として、
   すなわち、その価値として表わすのであって、この発展段階が、労働生産物を商品に転化するのである。
   したがって、
   このことから、商品の単純なる価値形態・形式は、同時に労働生産物の単純なる商品形態・形式であり、
   したがってまた、商品形態の発展も価値形態の発展と一致するという結果になる。(p.81)」

  これら一連の文脈を解き明かしてゆくことが、「商品の物神性」を読解してゆくことになります。


 概要 Ⅱ 「社会性」 (または 「社会的」 ) について

 
『資本論』を「社会性」の成立過程として検討してゆきます。
 ①
物質循環と物質代謝について   →『資本論』の物質代謝 参照下さい
 ②
有機体概念の発展」について  →「社会的生産有機体」 参照下さい
 ③ 第4節商品の物神性:「社会性」成立の構成要素について
  「商品の物神的性格とその秘密」とは、
  「それで、労働生産物が商品形態〔商品の形式〕をとるや否や生ずる、その謎にみちた性質はどこから発生
  するのか? 明らかにこの
形態 Form:形式。「形態」の言葉から「外から見た形、容姿」を浮かべて
  しまうと間違う
〕 自身からである。 人間労働の等一性は、労働生産物の同一なる価値対象性の物的形態
  〔形式〕 をとる。人間労働力支出のその継続時間によって示される大小は、労働生産物の価値の大いさの
  形態〔形式〕をとり、最後に生産者たちの労働のかの社会的諸規定が確認される、彼らの諸関係は、
  労働生産物の社会的関係という形態〔形式〕をとるのである。」

        *形態と形式の語源と翻訳問題については、
『資本論』のヘーゲル哲学入門 (第1回)」
          参照してください

  概要Ⅱでは、社会の成立基盤である「物質循環と物質代謝」、そして社会的生産有機体としての商品
  世界を分析することで、「労働生産物の社会的関係」から発生する「商品の物神性」を探求してゆきます。




 第2部 『資本論』 第4節 「商品の物神的性格とその秘密」 について

 テキスト (1) 『経済学批判』の「使用価値論」と『資本論』第1章商品第1節、2節の「使用価値論」
       (2) ヘーゲル『法の哲学』 
       (3) リカード『経済学および課税の原理』
 報告者 小島北部資本論研 

 
概要 Ⅰ マルクスの方法論について
① ヘーゲル『法の哲学』と「複雑労働の単純労働への整約」について
② 第1章の第1節「使用価値論」と第4節にいたる『資本論』の叙述過程について
    ― 使用価値から価値実体抽出の
「疑問と謎」について―
③ リカード『経済学および課税の原理』と 第4節:マルクスの注31と注32
 
 
概要 Ⅱ 『資本論』 翻訳問題と出版状況について
    中央公論社 世界の名著 『資本論』 翻訳を探訪・・・
    「経済学原理論」で「商品の物神性」が省かれる理論的背景の探求


 第3部 全体交流会
   
第2章 交換過程、第3章 貨幣または商品流通、第4章 貨幣の資本への転化などを展望して・・・

  以上、今回も盛りだくさんの課題を準備していますので、皆さん今年もよろしくお願いします。
  では、これから本論に入ります。資本論ワールド編集委員会の近藤さんから
  第1部 「心の進化と脳科学」から社会性問題を考えると・・の講演から始めてゆきます。

・・・・・・
 


 第1部 「心の進化と脳科学」から社会性問題を考えると・・・

 
哲学担当の近藤:
 こんにちは、近藤と申します。
 早いもので、資本論ワールドもまる1年がたちました。新しい年を迎え新たなスタート台に立って、
 大変感慨深いものがあります。新年早々、事務局の皆さんとこの1年間の反省会を開催しました。
意見交換の中から、新年の構想を企画しました。
 本日、議論の第一は、「商品の物神性」の中間的締めくくりの方法論です。
 第2部では、『資本論』の翻訳問題として、「誤読と誤訳の連鎖」について報告があります。
 また、『資本論』は、第1章から2章、3章へと進むにつれて「貨幣の物神性、資本の物神性」の
 認識が深まってゆく構図となってますので、じっくり構えてゆきたいと思います。

 第二に、
『資本論』の歴史認識として、「社会関係」や「社会性」の理解の仕方です。
 とくに、第1章から第2章の大きなテーマとして、マルクスの弁証法的方法である「論理的に、歴史的に」
 ついて、「商品の物神性」が現象する諸関係では、つぎのように述べています。
  「私的労働は、事実上、交換のために労働生産物が、そしてこれを通じて生産者たちが置かれる諸関係
  によって、はじめて社会的総労働の構成分子たることを実証する。したがって、生産者たちにとっては、
  彼らの私的労働の社会的連結は、あるがままのものとして現われる。すなわち、彼らの労働自身における
  人々の直接に社会的な諸関係としてではなく、むしろ人々の
物的な諸関係として(als sachliche
  
Verhältnisse der Personen)として、また物〔Sache:事物的存在〕の社会的な諸関係 gesellschaftliche
   Verhältnisse der Sachenとして現われるのである。」
 
 私たちは、「商品の物神性」の理解の仕方の背景にある、「歴史的・論理的存在様式」について掘り下げ、
物〔Sache:事物的存在〕の社会的な諸関係が現われる」前提条件には次のような事情を考慮しましょう、
という提案が、本日の要点の第一です。
 
 すなわち、マルクスは「
前提条件」を次のように解説しています。
   「 生産物交換者がまず初めに実際上関心をよせるものは、自分の生産物にたいしてどれだけ他人の
   生産物を得るか、したがって、生産物はいかなる割合で交換されるかという問題である。このような
   割合は、ある程度習慣的な固定性をもつまでに成熟すると同時に、
   
労働生産物の性質から生ずるように見える 。」

 -いかなる割合で生産物は交換されるのか―この
前提条件が成立するための内容を短くまとめてみると、
 
① 生産物交換者同士の社会が形成されていること。
 ② この社会では、生産物交換が反復継続的に行われていること。

 
以上の2点が成立している社会すなわち、商品生産社会を構成する基本要件が成立していなければ
 なりません。
 
 このような特殊歴史的社会の認識のうえにたって、「商品の物神性」の解明が行なわれているのです。 
 具体的に『資本論』では、次のように説明されています。
 
 
 (イ). 第3節価値形態の発展(B総体的または拡大せる価値形態)
 (亜麻布)価値は、
②の生産物交換が反復継続的に行われることによって、
  「一商品、例えば、亜麻布は、いまでは商品世界の無数の他の成素に表現される。すべての他の商品

   亜麻布価値の反射鏡となる。こうしてこの価値自身は、はじめて真実に無差別な人間労働の凝結物
   〔
Gallertガレルト〕として現われる。」
  「いまや亜麻布は、その価値形態によって、もはやただ一つの個々の他の商品
と社会関係にあるだけで
   なく、商品世界と社会関係に立っているのである。
   それは、商品としてこの
世界の市民Bürger dieser Welt〕なのである。」


 また、
   (ロ). 第4節商品の物神的性格(*注32)では、
  商品生産社会の歴史的特徴に関して、
①生産物交換者同士の社会が形成され、労働生産物の
  価値関係が成立します。
   「労働生産物の価値形態は、ブルジョア的生産様式のもっとも抽象的な、だがまたもっとも一般的な
    形態であって、この生産様式は、これによって
〔論理的に〕社会的生産の特別なる種 〔編集部注〕
     として特徴づけられ、したがって同時に歴史的に特徴づけられているのである。」

     〔
編集部注:社会的生産の特別なる:als eine besondere Art gesellschaftlicher Produktion、
      「besondere Art」を「特別なる
種類」としている翻訳があるが、全くの誤訳であるから、要注意。
      第2部で「誤読と誤訳の連鎖」で、一連の翻訳問題が取り上げられます。〕

 上記の前提条件を踏まえながら、「商品の物神性」の内容 【 (1) から (5) 】が語られてゆきます。
(1) 「商品形態とそれが表れる労働生産物の価値関係とは、・・・人間にたいして物の的形態をとるのは、
 
人間自身の特定の社会関係であるにすぎない。したがって、類似性を見出すためには、われわれは宗教的
 世界の夢幻境にのがれなければならない。ここでは人間の頭脳の諸生産物が、それ自身の生命を与えられて、
 相互の間でまた人間との間で相関係する独立の姿に見えるのである。私は、これを
物神礼拝と名づける。」

(2) 「それは、労働生産物が商品として生産されるようになるとただちに、労働生産物に付着するもので
 あって、したがって、商品生産から分離しえないものである。商品世界のこの物神的性格は、
 先に述べた分析〔第3節価値形態の等価形態〕がすでに示したように、商品を生産する
労働の独特な
 社会的性格
から生ずる。」

(3) 「価値のひたいの上には、それが何であるかといことは書かれていない。価値は、むしろあらゆる
 労働生産物を、
社会的の象形文字に転化するのである。後になって、人間は、彼ら自身の社会的
 生産物の秘密を探るために、この象形文字を解こうと試みる。なぜかというに、使用対象の価値としての
 規定は、
言語と同様に彼らの社会的な生産物であるからである。」

(4) 「労働生産物が価値であるかぎり、その生産に支出された人間労働の、単に物的な表現であるという、
 後の科学的発見は人類の発展史上に時期を画するものである。しかし、決して
労働の社会的性格
 対象的外観を追い払うものではない。」

(5) 「この特別なる生産形態、すなわち、商品生産にたいしてのみ行われているもの、すなわち、相互に
独立せる私的労働の特殊的に
社会的な性格が、人間労働としてのその等一性にあり、そして労働生産物の
 価値性格の形態をとるということは、かの発見以前においても以後においても、商品生産の諸関係の中に
 囚われているものにとっては、あたかも空気をその成素に科学的に分解するということが、物理学的物体
 形態としての空気形態を存続せしめるのを妨げぬのと同じように、終局的なものに見えるのである。」

 
以上の説明に現われる「社会的」を短く要約すると、
 (1) 労働諸生産物の価値関係とは、人間自身の特定の社会関係である。
 (2) 商品世界のこの物神的性格は、商品を生産する労働の独特な社会的性格から生ずる。
 (3) 価値は、あらゆる労働生産物を社会的の象形文字に転化する。
 (3) 使用対象の価値としての規定は、言語と同様に彼らの社会的な生産物である。
 (4) 労働生産物が、価値であるかぎり、その生産に支出された人間労働の、単に物的な表現であると
    いう労働の社会的性格の対象的外観
 (5) 商品生産の、相互に独立せる私的労働の特殊的に社会的な性格は、人間労働としての
    その等一性にあり、そして労働生産物の価値性格の形態をとる。
 
 このように要約されます。
  すなわち、「商品の物神性」を厳密に、明白に規定するためには、「社会関係」または「社会的性格」の
 概念を規定する作業と同時並行して行うべき事柄であることを示しています。
 したがって、商品を生産する
労働の「社会関係」あるいは「社会的性格」について詳しくみると、
 上記の「商品の物神性」の内容(1)から(5)について、「価値」概念にあたる文脈と「労働」の社会的規定に
 あたる文脈の二つに区分してされていることが分かります。これを個別詳細に検討してみましょう。

 A 「価値」概念について
 (1) 労働諸生産物の価値関係とは、人間自身の特定の社会関係である。
 (3) 価値は、あらゆる労働生産物を社会的の象形文字に転化する。
 (3) 使用対象の価値としての規定は、言語と同様に彼らの社会的な生産物である。
 (4) 労働生産物が、価値であるかぎり、その生産に支出された人間労働の、単に物的な表現であると
    いう労働の〔価値規定が形成される〕 社会的性格の対象的外観 〔が成立する。〕
 
  このようにして、
「価値」概念の内容は、「労働の社会関係」を示す、「一定のあり方」を表現している
 
ことが明白となります。そして、次に「労働」の社会的規定では、

 
B 「労働」の社会的・対象的表現形式
 (2) 商品世界のこの物神的性格〔価値関係に見られる等価形態〕は、商品を生産する労働の独特な
    社会的性格から生ずる。
 (4) 労働生産物が、価値であるかぎり、その生産に支出された人間労働の、単に物的な表現であるという
    
労働の 〔価値規定が形成される〕 社会的性格の対象的外観 〔が成立する。〕
 (5) 商品生産の、相互に独立せる私的労働の特殊的に社会的な性格は、人間労働としての
    その等一性にあり、そして労働生産物の価値性格の形態をとる。
 
  したがって、
B「労働」の表現形式は、「労働」側から見た場合の、労働生産物の「価値」規定であることが
 理解できます。そして、
A「価値」概念の記述内容は、「価値」の側から見た「労働の社会関係」を規定して
 います。すなわち、問題は次のように整理できます。

 商品生産を巡る「社会関係」として
 
<1>労働生産物は価値関係(商品世界で形成される価値の社会関係)を形成する
 <2>「価値」概念は、人間労働の
等一性の物的形態を形成し、交換価値として現象する

  こうして、私たちは、私的労働の「社会関係<1>」と「社会的性質<2>」について言葉の意味内容を
 厳密に「価値概念」として検討する段階に達することが可能となりました。

  150年前、マルクスの時代にあっては、「商品の物神的性格」として宗教的世界の「物神性」が
  語られてきました。
  「ここでは人間の脳髄の諸生産物が、それ自身の生命を与えられて、相互の間で相関係する独立の姿に
  見えるのである。商品世界においても、商品の手の生産物がそのとおりに見えるのである。
  私は、これを物神礼拝〔
Fetischismus:フェティシズム、物神崇拝〕と名づける。」

 さらに、この「物神性」の「社会関係」は、
(一) 「彼ら〔生産物交換者〕自身の社会的運動は彼らにとっては、
物の運動の形態をとり、交換者は
 この運動を規制するのではなくして、その運動に規制される。相互に独立して営まれるが、社会的分業の
 自然発生的構成分子として、あらゆる面において相互に依存している私的労働が、継続的にその社会的に
 一定の割合をなしている量に整約されるのは、私的労働の生産物の偶然的で、つねに動揺せる交換諸
 関係において、その生産に社会的に必要なる労働時間が、規制的な自然法則として強力的に貫かれること、
 あたかも家が人の頭上に崩れかかるばあいにおける重力の法則のようなものであるからであるが、
 このことを、経験そのものの中から科学的洞察が成長してきて看破するに至るには、その前に完全に
 発達した商品生産が必要とされるのである。」

(二) 「労働時間によって価値の大いさが規定されるということは、したがって、相対的商品価値の現象的
 運動のもとにかくされた秘密〔商品の物神的性格とその秘密〕である。その発見は、労働生産物の価値の
 大いさが、単なる偶然的な規定であるという外観をのぞくが、しかし、少しもその事物的な形態・形式を
 なくするものではない。」
*すなわち、商品形式ということは、商品の価格変動として現われるという「表示形式」はなくならないこと。

(三) 「労働生産物に商品の刻印を捺し、したがって、商品流通の前提となっている形態が、すでに社会
 生活の自然形態の固定性をもつようになってはじめて、人間は、彼らがむしろ不変であると考えている、
 このような諸形態の歴史的性質についてでなく、それらの形態の内包しているものについて、考察を
 めぐらすようになる。このようにして、価値の大いさの規定に導いたのは、商品が共同してなす
 貨幣表現にほかならなかったのである。ところが、私的労働の社会的性格を、したがって私的労働者の
 社会的諸関係を明白にするかわりに、実際上蔽いかぶせてしまうのも、まさに商品世界のこの完成した
 形態―貨幣形態―である。」

 したがって、「
商品の物神性」は、次のように集約的に整理することになります。
 ① 労働生産物は価値関係を形成する
 ② 「価値」は、人間労働の等一性の物的形態を形成し、交換価値として現象する
 ③ 交換価値は、社会的分業の自然発生的構成分子として、社会的必要労働時間の規制的な
   自然法則として働く
 ④ 交換価値として現象する「価値」は、価値形態の完成である貨幣形態となる。
 ⑤ 私的労働生産物は、貨幣表現(価格表示)による交換価値が表示され、商品が担っている
   
〔Sache:事物的存在、すなわち社会的存在としての事物〕としての価値表示機能が完成される。
 ⑥ これら一連の過程(①~⑤)を通じて、私的生産者(個別生産者)の社会的諸関係は、物(労働生産物)
   と貨幣(価格表示される通貨)の間の「経済関係の商品世界」として構築される(現象する)ことになる。

以上で、「商品の物神的性格とその秘密」の説明をいったん終了します。
つぎに、「心の進化と脳科学」の観点から、私的労働と商品生産に伴う「
社会関係」を考察しましょう。

・・・・・・
 
本日のもう一つの中心テーマは、「心の進化と脳科学」です。
 
『資本論』の特有な世界である、「商品の物神性」を
 脳科学の「社会性」の観点から検討してみよう、という趣旨です。



 「社会」という言葉は、日常的に使用されていますが、その意味内容は非常に広範囲にわたっています。
万人に通じる言語でありながら、いざ内容を説明するとなると、非常に苦労したり、なんとなく互いの理解が
違ったりしています。昔は学校教育で「社会科」がありましたが、昨今ではその姿をみることはありません。
本来身近なはずの「社会」が書物や文献資料の中でしかお会いできない状況です。
社会の成立と言葉の成り立ちなど社会概念が形成されたそもそもの源流から始めないと、
お互いのコミュニケーションが難しくなる現代的な問題群があります。
 ― 実は、この難しさの最大の理由は、歴史上はじめて社会構成体から解放された
私たち・
「自由な」労働者集団が成立したことによります。
「自由な」労働者集団は、ホモ・サピエンスの進化史上(人類史上)はじめての歴史的な存在集団です。
私たちの社会が「労働者集団から構成されている」という、自己認識が成立する基盤そのものの理解が
難しいのです

 現代の都会生活で暮らしを生計している人々は、基本的に居住地の地域社会での就業から分離した
営みの中で生活しています。人類社会が成立した旧石器時代以来の生業に基づく「社会関係」のあり方と
全く違った社会関係の中で、新しい地域社会で暮らしています。
 
都会生活者の集団が形成している「社会関係」は、人類史上特異な「社会構造」をもった関係が
形成されていますので、日常的に語られている「社会についての常識や知識」は、実際には
都会生活者の生活実感とズレが生じています。

 私たちの生活感覚から、かけ離れたものとして「社会関係」が存在し、別のモノとして成立しているのです。
 すなわち「社会」が、日常生活基盤からかけ離れた“別世界”のように意識され、認識されているのです。
 今日の議論の課題は、私たちの実感からかけ離れている「社会関係」について、お互いにどのように
理解されているのか・・・、皆さんと一緒に探求すべきテーマとして考えてゆきましょう、という問題提議です。

 そのための「社会関係」を素材として、
最近の「脳科学」を報告いたします。
 私たちの記憶や認識、理解の仕方に関する「心と脳」の研究は、目覚ましいものがあります。
今世紀に入って特徴的なことは、脳科学が目指している対象分野の拡がりがあります。伝統的自然科学で
あった生物学や心理学はもとより化学、数学、言語学、哲学さらに情報科学の世界に広がっています。
まさに自然科学から人文・社会科学を含めた総合科学が形成され、発展しています。
 
 この多様に広がる領域にあって、重要な事は、重なり合い共通する分野での「用語」や「言葉」の確定作業の
問題です。従来の専門用語の継承・発展はもとより、進化してゆく研究成果が取り込まれた、新しい概念が
構築されています。この影響は、専門分野の領域にとどまらず、私たちの日常生活や社会全般に幅広くゆき
わたっています。理由は、極めてシンプルで簡単です。私たちの思考と言語を左右する「心と脳」を科学する
分野であり、日々の暮らしと科学が緊密に結びついた世界に私たちが置かれているということです。
 
 すでに深刻な問題も発生しています。あらたに発見された、例えば遺伝子治療や遺伝子組み換えなど、
私たち人類の将来に大きな影響を及ぼしてきます。期待される難病への解決と同時に未知の領域として
将来への不安と向き合う時代となりました。脳科学でいえば、DNAと記憶細胞の脳への移植手術や
人工知能の脳への注入が原理的に可能な時代を迎えています。
 アルツハイマー病の治療に見られるように、医療技術の進歩によって一定の刺激要因を系統的に
「脳と心」へ植え込んでゆく技術もすでに実験段階から応用段階へと進んでいます。
近い将来、人工知能の人間への適用が始まるかもしれません。
 日常的に使われる共通言語と「脳科学」が構築する科学技術の融合を避けて通ることが出来ないようです。
こうした問題意識を持ちながら、「社会性」をキーワードとした「心と脳科学」の世界を概観してゆきましょう。


 
議事進行役の小川:
 長時間の報告、ありがとうございました。本題に入る前に、休憩を取りたいと思います。
 その間に、付属資料を配布いたしますので時間のある方はどうぞご覧ください。
 
付属資料Ⅰ: テキスト『心を生んだ脳の38億年』 抄録  
 付属資料Ⅱ: <コラム.4>「ヒトの進化と言語獲得の背景」 長谷川眞理子著 抄録・要約
 付属資料Ⅲ: 
コリン・レンフルー『先史時代と心の進化』 第2部 「心の先史学」 <要約
           
コリン・レンフルー『先史時代と心の進化』 第2部 「心の先史学」 <「商品の物神性」と抄録