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資本論入門7月号 『資本論』と「心の進化・脳科学」(第2回)


   「社会性と社会関係」を認知考古学から調査・研究する・・・


  
第1部  19世紀―脳科学のあけぼの
         ・ 脳と神経細胞・ニューロン
         ・ アルツハイマー病の発見
         ・ ブロードマンの脳地図 ・・・脳の科学史・・・
  第2部  
「社会性と社会関係」の源流  (資本論入門8月号)
         ・ ミラーニューロンと社会脳仮説
         ・ 認知考古学の構築
  第3部  
コリン・レンフルー理論と社会性の構成要素 (同8月号)


 
資本論ワールド編集部 まえがき
 暑中お見舞い申し上げます。
 資本論入門2・3月号から4カ月が経過しました。この間、探検隊の皆さんからたくさんのご意見と質問をいただき、
それにお答えする準備期間でもあり、多くの参考資料を作成してきました。
 1) 
物神性の解読へ特別報告(Ⅰ.「ヒトはいつから人間になったか」、 Ⅱ.「心の先史時代」 )は、人類史と
   「社会性」の研究資料です。3つの「コラム」は、特別報告に対する人類史のエレメント・構成要素を形成しています。
   それぞれの論文が、有機的に今日的な科学形成の役割を果たしていると考えています。
  
コラム6: 「人類学と考古学の構築者たち」 ・・・・・・
           ① ホモ属とハンドアックス、 ② 石器製作と脳の獲得、 ③化石人類の系統と進化
  コラム7: 「物質的関与と貨幣の読みとりかた」 ・・・
           ① 物質的象徴、物質的関与と制度的事実の歴史的事例
  コラム8: 「脳のサイズからみた脳の進化」 ・・・・・・
           ① ヒトの脳サイズの進化
  7月号の上記資料は、前回の探究から必然的に展開された歴史的な発展形態でもあります。
 資本論入門6月号では、「商品の物神性」と「心の進化・脳科学」(第1回)を議論してきました。
主な論点は、
(1) 巨大なungeheure 商品集積 (商品の
集まり:Warensammlung ) ・・・妖怪文脈
(2) 『資本論』の物神性と「心の進化・脳科学」の関係について
(3) 「商品の物神性」と価値概念の「社会性・社会関係」の構成要素
 でした。

 7月号では、価値概念を構成している―歴史的源流として-「社会性」の背景を認知考古学から解読してゆくことを
目指しています。認知考古学は、「心の進化」過程から古代人の精神状態の解明を課題のひとつに行っています。
考古学の新しい研究分野であり、人類史に脳科学の手法を取り入れた画期的な歴史科学として注目されています。
 また、資本論入門8月号、第2部は、いよいよ「社会性と社会関係」の根底に分け入ってゆきます。
従来の「社会」認識の在り方から、もう一段階掘り下げて、人類史に位置付けなおしてゆきます。この作業の中軸を
構成するのが、「ミラーニューロンと社会脳仮説」です。脳細胞ネットワークの探究を目指した最先端技術であるとともに、
「ヒトから人間への進化過程」の解明に結びつく社会脳研究となっています。
 第3部は、数千年に及ぶ西アジア・西洋思想の根底にある「精神と物体の二元論」あるいは「心身二元論」に対する
「コリン・レンフルー理論」について報告します。この理論は、第1部、第2部の「心の進化と脳科学」が達成した構成要素を
基盤にして構築されています。 まさに21世紀の社会性理論として、一層の発展が期待されます。
 大変盛りだくさんとなりましたが、皆さんのご健闘を心から期待しております。
では、近藤さんよろしくお願いいたします。
・・・・ ・・・ ・・・

 
■資本論入門7月号

  前回に引き続いて担当します
近藤です。

 猛暑続きの毎日ですが、頑張っていきましょう。
 まず全体の見通しをつけるために、
「付属資料」・「商品の物神性」の基礎をなす「社会性と社会関係」の進化過程の
概要
をレジメとして添付しましたので、ざっとお目通しをお願いします。
 レジメの「はじめに」ある 「
ミラーニューロンの発見と社会脳仮説」ですが、最近急速に注目を集めています。
初めて聞く方もいらっしゃるようですから、本日の報告に先立って、お話をしてゆきます。

 
1. 「ミラーニューロン」は、1996年にイタリアのリッツォラッティら科学者グループの研究によって発見・開発されました。
このミラーニューロンは、脳科学の世界に「社会的認知と社会的相互作用の複雑な構造に、史上初めて神経生理学の
分野から妥当な説明を与えるもの」と評価されています。
 日本の代表的な脳科学者の一人である茂木健一郎は、この発見について「
自身の姿を映し出す鏡」の文脈で
次のような解説を2009年に行っています。


  「本書『ミラーニューロン』の著者であるイタリア、パルマ大学のジャコモ・リッツォラッティ博士らのグループが、
 猿の脳の神経細胞の活動の計測中に、偶然見出したのである。・・・神経細胞の電気的活動を計測する「電気生理」
 の実験中には、活動をずっと音声でモニターしていることが多い。活動を「バリバリ」という音に変換することで、
 その活動の変化が継続的に実験者の意識に上るのである。
  リッツォラッティたちは、猿の前頭葉の神経細胞の活動を計測中、休み時間になってジェラートを食べ始めたのだ
 という。ジェラートを手に持ち、口に運ぶたびに、「バリバリ」と神経細胞が活動する音が聞こえた。それは、もともとは
 猿自身が手にエサを持って口に持っていくときに活動する「運動性」のニューロンであった。運動を表わしている
 ニューロンが、他人〔実験者たち〕の動作を見るという「視覚性」の活動も行っているということが明らかになったのである。
  ミラーニューロンの発見は、脳科学の世界に新しい視点をもたらした。ある高名な研究者は、「ミラーニューロンの
 発見は、分子生物学におけるDNAの二重らせん構造の発見に相当する」と述べ、その意義を強調した。」
 「ミラーニューロンの発見は、なぜ、そこまで大きなインパクトを与えたのだろうか?
 科学者たちは、長年にわたって、人間の「知性」の起源がどこにあるのかについて考えてきた。未だに、私たち人間が
 いかにしてこれほど発達した知能を獲得し、文明をきずくことができのかはわかっていない。しかし、いずれにせよ、
 人間の「知性」の根本には、他者とのコミュニケーションという「社会性」があることだけはわかってきた。
 人間の知性とは、徹頭徹尾「社会的知性」なのである。」

 
2. 「社会脳仮説」は、過去半世紀以上にわたる研究者たちの蓄積の上に現在の成果があります。
  マキャベリ的知性仮説の編集ノートによれば、「
“社会的知性”という考え方は、長いあいだ表に出ようと
 もがいていた考えであった。それがようやく新しい形となって現れ出たのである
」 といいます。
 
  1987年、リチャード・バーンとアンドリュー・ホワイトゥンは、『
マキャベリ的知性と心の理論の進化論』(原著名:
 Machiavellia Intelligence Social Expertise and the Evolution of Intellect in Monkeys, Apes, ahd Humans)を出版しました。
  その序文と第1章に論文集として編集された経緯が述べられています。それは、とりもなおさず「社会脳仮説」の歴史的な
 概観となっていますので、要約してお届けします。また、現代に至るまでの重要な他の著作については、
 「
付属資料」・「商品の物神性」の基礎をなす「社会性と社会関係」の進化過程の概要」を参照してください。
  なお、それらの著作については、来月の資本論入門8月号に解説を予定しています。

  『
マキャベリ的知性と心の理論の進化論
① 序文
 「1976年に書かれたニック・ハンフリーの話をしよう。ハンフリーは、ヒトを含め霊長類の知性は複雑な
社会的環境
扱うことへの適用であって、
技術的環境への適用ではないと考えた。これは素晴らしい考えだとわれわれは思った。
2年前のことである。夜明けは突然訪れた。数多くのわくわくするような研究が、知性の起源に関するこの社会仮説へと
収れんを見せ始めたのである。・・・
 ヒトの祖先の知性がどう進化したかに関する主要な対立仮説を論じた2章を含めた。それらは、道具使用の技術的
洗練に応じて知性が進化したという仮説と、広く分散した短命なしかし予測可能な食物資源を見つけるための空間
記憶問題に対処するために知性が進化したという仮説である。
 この本をなぜ『マキャベリ的知性』と名づけたかを述べておこう。
 
社会的技能の使われ方はまさにマキャベリがアドバイスしたであろう内容になっているのである。協力は霊長類の
社会の特徴として特筆すべきことがらだが、その通常の働きは他者をうち負かして自分が得をすることなのだ。
しかしながら、この本の核となる考えの趣旨は、われわれが依存している高度な知性がもともと相手を社会的に
操作することの必要性に由来するということであり、それがマキャベリ的知性仮説を語ることでわれわれが強調して
きたことの内容である。


② 編集ノート
 「
1. マキャベリ的知性とは何なのか:
 動物やヒトの知性に関するほとんどの研究は、知性が物理的あるいは技術的な世界とどのように関わっているか
(知性という概念はまさにこれによってつくられてきのだ)に焦点を当ててきたが、実際には知性は他個体との関わりに
おいても発揮される。この可能性を無視してきた現状を打開するためには、知性が社会的交渉の文脈でいかに、
どのような形で働くかを研究しなければならない。
 
2. マキャベリ的知性は技術的知性とは質的に異なる知性なのか:
 ここでの基本的仮説は、社会的世界には物理的世界に比べて手の焼ける問題がはるかに多いということである。
したがって社会的生活に適応した知的能力は、他のものとは異なった性質や、より洗練された特性すら持ち得る。
ここで考えるべき問題は、(a)知性を形作る社会的環境の性質が持つ特殊性、および (b)そのために知性の性質
そのものが特殊な変容を受けた結果、技術的知性とは異なる一組のマキャベリ的能力が発生したとの道筋、である。

 以上のまえがきを終わり、次に第1部から説明に入ります。


  第1部 19世紀―脳科学のあけぼの

  1. 
脳の中に世界が映し出される ・・・ 坂井克之著 『心の脳科学』2008年刊 より
   「まずはじめに、脳でものを見る働きについてお話をしましょう。私たちは身の回りの世界を見てどこに何があるかを
  理解します。ごく当たり前のことのようですが、それではどうやって脳が「何が」「どこに」あるかを判断するのでしょう。
  脳科学では、身の回りの世界が脳の中に映し出されていると説明されています。このことを外の世界が脳内に「表象」
  される、と表現します。
まずは「どこに」という情報が脳でどのように表象されているかについてお話ししてゆきましょう。
   ものを見たとき、その映像はまず網膜に映し出されます。そこから約80万本の視神経の線維が後ろに伸びていって
  脳と接続し、脳に外界の情報を伝えるわけです。80万本というと多く感じられますが、1本1本の神経は私たちの
  周囲の空間の一箇所の情報、すなわちひとつの画素に対応します。80万本画素というとだいたい900×900個の画素の
  画像です。現在のデジカメで撮影される画像は周囲の風景のほんの一部を切り取ったものに過ぎないのに対して、
  片目で見える世界はもっと広がりを持っていますから、網膜による視覚情報処理はかなり粗いものだといえます。
   ただし脳は単に周囲の世界を映し出すだけの装置ではありません。得られた映像を脳の中に映し出した上で、これを
  さまざまな形に加工してゆくのです。その究極の形が意識であり、主観なのです。脳における視覚情報処理は、
  外の世界が内なる意識、主観の世界に変換されてゆく過程といえます。」


  2. 脳の計測と心のメカニズム ・・・ 小泉英明著 『脳の科学史』 2011年刊 より
   「 はじめに
   最近、脳を測ることによって、心のメカニズムが見えてきました。理性は大脳新皮質の働きで、感性は主に情動・意欲を
 司る大脳辺縁系の働きだとわかってきました。感動は、島皮質(インシュラ)と呼ばれる側頭葉に隠れた内側の部分を
 働かせますが、ここは全身の状態を監視する部位です。感動とは、身体反応と脳との共鳴現象である可能性が高いのです。
 感動して鳥肌が立ったり、涙が出たりすると、脳はそれを強く受け止めて、さらに深く感動を享受し、極限まで活性化します。
 また、生まれたばかりの赤ちゃんの脳は、全くの白紙(タブラーラサ)とも言われてきましたが、実際に脳機能を測ると、
 母語のイントネーションの理解など、脳の働きの多くがすでに始まっていることがわかってきました。
  このような研究が可能になったのは、精神活動の一部が機能的磁気共鳴描画(FMRI)や近赤外光トポグラフィ(近赤外光
 脳機能計測装置)で観察できるようになったことによります。計測法の発展によって、神経間の繋がりや、普段の生活での脳の
 働きまで見えてきました。脳機能イメージングは、生きたままの個人個人の脳機能地図を、ダイナミックに作っていることに相当
 します。もちろん脳を観測することで、脳梗塞などの疾患の発見など、医学にも寄与しています。
  脳や心のメカニズムを知るということは、人間の本質を知るということに繋がってきます。なぜなら、私たちが思考するのは
 脳の働きですし、喜びや満足感なども、やはり脳の働きです。言ってみれば、脳はまさに自分自身です。人間は自分自身を知る
 ために、哲学や心理学などの学問を数千年にわたって続けてきました。それと並行して、自分自身の脳という、物質の側面
 からも考えてきた歴史があります。考える実体である脳が、自分自身を明らかにしてきた過去を振り返る。そして、今ある姿を
 理解しつつ、さらに、これからの未来に思いを馳せているのです。」

  目 次
  
第1部 19世紀―脳科学のあけぼの
Ⅰ. はじめに ― 脳とニューロン(神経細胞)

   1. 生体コンピュータ・ネットワーク
   2. 脳の重さ
   3. 神経システムの構造
   4. ニューロン(神経細胞)
   5. エネルギー源はブドウ糖
Ⅱ. 19世紀 ― 脳科学のあけぼの
     ブローカ野とウェルニッケ野
Ⅲ. エンゲルス 「言葉と脳の特異性」 1876年
Ⅳ. アルツハイマー病の発見 1906年
Ⅴ. 脳科学の地図 ― ブロードマンの脳地図 1909年
     小泉英明著 『脳の科学史

  
第2部 「社会性と社会関係」の源流・ミラーニューロンと社会脳仮説 (資本論入門8月号)
  
第3部 コリン・レンフルー理論と社会性の構成要素 (資本論入門9月号)


  
第1部 19世紀 ― 脳科学のあけぼの

  
はじめに
 人間の脳の重さは約1300グラムで、体重との比率でいうと、体重60キログラムの人の場合、1.3kg÷60kg=2.1%です。
一方、エネルギー・カロリー消費量の割合は、約20~25%と言われています。ほかの内臓などの臓器と比べると、大変
大きな消費量となります。ちなみに栄養の種類は、脂肪、ビタミン、タンパク質などありますが、脳のエネルギー補給には
ブドウ糖(グルコース)が必要です。
 また、ヒトが大人になると、脳のニューロンは死ぬだけで、あらたに増えることはないと言われてきました。しかし、
どうもそうではないらしいことが分かってきました。記憶に関係する海馬などでは、新しいニューロンが生れた証拠が
見つかっています。
 脳は生命・身体機能にとても大切ですが、改めて学習やトレーニングの対象とは見なされていないようです。
そこで、資本論ワールド探検隊では、最初に
小長谷正明著『脳のはたらきがわかる本』2006年刊などを参考にしながら、
「脳とは何か」、発見のあゆみを探訪してゆきましょう。

Ⅰ. はじめに  ― 脳とニューロン (神経細胞)
  
1. 生体コンピュータ・ネットワーク
 脳や神経は、からだの中にはりめぐらされたコンピュータ・ネットワークです。頭の中の脳と背骨の中のせき髄、それから
筋肉や皮膚などにいきわっている末しょう神経からなっています。
 見たり、聞いたり、さわったりしたことを感じとる装置。記憶したり、好き・きらいなどの感情の場。考えて判断し、行動を
決めるところ。そして手足の筋肉などに動くように命令する司令塔。もうひとつ、心臓などの内臓のはたらきやホルモンの
分泌を調整するなど、からだのライフライン維持の役割もしています。

  
2. 脳の重さ
 脳の重さは、生まれたときは男子で約400グラム、女子で350グラムであり、1年で約2倍になり、7歳くらいで1000グラムを
超え、成人すると男子で1350~1400グラム、女子で1200~1250グラム(以下、gと言う)になります。
 哺乳類の脳の重さは、ネコ30g、イヌ60~100g、サル90g、ライオン200g、チンパンジー400g、イルカ2000g、
ゾウ4000gです。脳の重さを体重と比較してみると、ゾウは0.1%、クジラは0.004%にたいして、ヒトは2.5~3%で、
けたはずれに大きいのがわかります。

  
3. 神経システムの構造
 神経システムの大きなパーツは、大脳と小脳、間脳と大脳の下につづいている中脳や橋(きょう)、延髄といったいわゆる
脳幹部、それから背骨の中を通っているせき髄、ここまでを中枢神経といいます。小脳も脳幹部とつながっています。
ほかに脳幹部やせき髄から出てからだ中に配線されている末しょう神経があります。
 おおまかにいうと、わたしたちの頭の中身の大部分、耳より上をしめるのが大脳、小脳は首のつけねの上あたりの位置で、
こぶしぐらいの大きさです。脳の重さの85%を大脳が、110%を小脳がしめています。
                               〔以下、各パーツの詳細説明は、他を参照して下さい。〕

  
4. ニューロン(神経細胞)
 大脳を横に切ると、リンゴやアボカドのように表面に皮質(厚さ2ミリ)があり、その下には内側の層、さらに芯の部分
があります。 皮質を顕微鏡で見てみると、神経細胞(ニューロン)がたくさんつまっています。内側の層は髄質といい、
ニューロンどうしをむすぶ神経線維、つまりケーブルでみたされていて白っぽいので、白質とよばれています。
芯の部分には、視床(ししょう)や大脳基底核などとよばれるニューロンのあつまり、神経核があります。大脳皮質や
神経核など、ニューロンの多い部分は色が濃いので、灰白質とよばれることもあります。
 大脳のニューロン数は最近では300億個くらいとあると計算されています。脳の表面がしわしわなのは、脳表面の
皮質の面積を大きくして、ニューロンをより多く配置できるようにするためです。小脳のニューロン数は大脳半球全体よりも
多く、1000億~1500億個といわれています。
 脳の細胞は大きく分けて2種類あります。ニューロンともよばれる神経細胞と、それのはたらきをささえるグリア細胞です。

  
5. エネルギー源はブドウ糖
 脳などの神経系は熱を大量に出しています。エネルギーを大量に使っているのです。脳の重さは体重の2.5~3%しか
ないのに、消費する酸素やエネルギーは安静時でも全体の25%くらいをしめています。頭を使えば使うほどカロリーも
どんどんいることになります。
 脳をふくめてからだで使うエネルギーは、とうぜん食べものからとらなけれはなりません。もっとも高カロリーなのは脂肪で、
1グラムあたり9カロリーもあり、炭水化物とタンパク質は4カロリーでその半分より少ない。効率よくとるには脂肪が
いいのですが、脳は極端な偏食主義で、ニューロンはブドウ糖〔果物や炭水化物など〕しか使いません。

Ⅱ. 19世紀 ― 脳科学のあけぼの
        
ブローカ野とウェルニッケ野
 
 ことばの意味を聞き分けたり、話すことばを組み立てたりする部分を
言語中枢とよび、右ききの人の九九%は左の
大脳半球に、左ききの大でも3分の2がやはり左半球にあるといわれています。しかし、なかには右半球にある人もいます。
言語中枢のある側を優位半球といい、それの前頭葉連合野の下後方部分、多くの人にとっては左耳のななめ上前方に
ある
ブローカ野が言語機能の中枢です。ここをはたらかせてことばのプログラムを立ち上げ、それで言語環境をつくり、
ことばを用いて考えるのです。
 1861年、日本では幕末のころ、花の都パリの外科医
ブローカ先生の前に一人の男性が連れてこられました。
この患者さんはほとんどなにもしゃべれず、なにを聞いても「タン」と答えるだけで「ムッシュ・タン」とよばれていました。
しかし、ムッシュ・タンは口がきけなくても、相手のいうことはわかっているのです。人が気に食わないことを言うと、
「夕ン、タン」と言いながらおこります。
 何年かしてムッシュ・タンが亡くなり、解剖してしらべると前頭葉の下の部分の中央寄りに障害が見つかりました。これが、
脳のある部分に特定の機能があるということが明らかになった最初のできごとでした。これ以降、耳で聞くことばの意味が
わかり、自分でも話したいと思っていてもことばが出ない状態を、
ブローカ失語あるいは運動性失語とよんでいます。


 ことばをなくしてしまうべつのタイプの症状もあります。耳はちゃんと聞こえていても、人がしゃべっていることばの
意味が理解できない
感覚性失語、あるいはウェルニッケ失語とよばれるものです。左の側頭葉の上後部、耳のま上
あたりの病変でおこります。
ウェルニッケはポーランド生まれの19世紀に活躍した精神科医で、このタイプの失語症の
病変部分を明らかにしました。
 この二つのことばの中枢センターが連携しながら、ヒトでものすごく発達している言語の機能をはたらかせています。
 たとえば赤ちゃんは目に見えているものの名前を耳で聞き、それを口を動かして発音をまねしてことばをおぼえます。
つまり、後頭葉連合野で目に見えているビジュアル情報を処理して画像化し、お母さんが口にすることばを
ウェルニッケ野
意味のあることばと理解します。前頭葉の
ブローカ野を使ってことばを組み立て、自分の口でものまねで発音しておぼえます。
そして前頭葉連合野のワーキングメモリー機能をはたらかせてことばを獲得していくのです。
大人でも外国語を勉強しているときは前頭葉連合野がはたらいていることが、機能的MRI 〔 核磁気共鳴画像法:
magnetic resonance imaging、生体内の内部情報を画像にする〕 の研究からも明らかになっています。
 ウェルニッケ野(感覚性言語中枢)やブローカ野(運動性言語中枢)などのことばの中枢センターのシステムは、耳から
入って口から出ていくことだけではなく、目にした文字の意味を理解したり、字を書くときも立ち上がっています。また、
耳が聞こえなかったり、口がきけない人のコミュニケーションのための手話でも、これらの言語中枢がはたらいていることも、
機能的MRIの研究でわかっています。そのような人でこれらの言語中枢に脳卒中がおこると、手話失語症が発症することが
報告されています。
 愛知県犬山市の京都大学霊長類研究所には、絵文字で人間とコミュニケートするチンパンジーがいて、テレビなどで
見た人もいるでしょう。絵文字と文法をおぼえたチンパン・ママの子どもが、また絵文字の使い方を学習したそうですが、
きっとこのチンパンジー親子はヒトとおなじように大脳皮質を使ってコミュニケートしているにちがいありません。
チンパンジーやゴリラなどの類人猿では、ヒトの感覚性言語中枢に相当する側頭葉皮質がほかの部分より厚くて発達
しており、ことばは話せなくてもおたがいのコミュニケーション能力は発達しているにちがいありません。
ヒトが使わなくなったボディラングージや叫び声で、意思をつたえたり、情報交換しているのでしょう。
 ネアンデルタール人も発声器官が発達していなかったそうですが、きっとちがった方法で高度な内容の意思伝達をして
いたはずです。なんといっても、わたしたちホモ・サピエンスより大きな頭 〔脳サイズは約1500cc〕 をしていました。
                                 
(以上、『脳のはたらきがわかる本』より)


Ⅲ. エンゲルス 「言葉と脳の特異性」
 1876年

 1876年に執筆された
猿が人間化するにあたっての労働の役割ですが、すでに言語と脳の相関関係が議論されて
います。この論文の特徴は、ヒトと動物の生物学的な比較検討の上から論理性の展開を行っているところに特徴があります。

 
■ 言語は労働のなかから、労働とともに生まれた
 「言語が労働のなかから、また労働とともに生まれたのだとするこの説明が唯一の正しい説明であることは、
動物との比較によって証明される。動物では、最も進化した動物にあってさえも、たがいに伝えあわなければならないことは
ごくわずかで、音節をもつ言語がなくとも彼らはこれを伝えあうことができる。自然のままの状態では、どんな動物も、
自分が話せないとか人間の言語が理解できないことを欠陥だとは感じない。人間に飼いならされると、事情は一変する。
犬や馬は、人間の仲間にはいっているうちに、音節のある言語にたいしてすばらしくよい耳をもつようになり、そのため彼らは、
彼らの考えの及ぶかぎりでなら、どんなことばをも容易に理解するようになる。彼らはさらに人間への愛着とか感謝の念などと
いった、それまで彼らにはなかった感覚能力をも獲得した。そしてだれでもこうした動物たちをしょっちゅう取り扱っていると、
話す能力を欠いていることを動物たち自身がいまでは欠陥と感じとっている場合もたしかにあるのだという確信が生じてくる
のをおさええないであろうが、ただしあまりにも特定の方向にだけ特殊化してしまった彼らの発声器官では、残念ながらもう
この欠陥から逃がれだす助けにはなりえないのである。
 しかし発声器官があれば、この話せないということもある程度までは解消する。鳥の口腔器官はたしかに人間のそれとは
このうえなく異なっているが、それでも鳥は話すことをおぼえる唯一の動物である。そしていちばんいやな声の持主である
オウムがいちばんよくしゃべる。
 オウムには自分のしゃべっていることがわからない、などといってはいけない。もちろん、オウムはしゃべるたのしみや
人間のお仲間になるというたのしみだけから、何時間でも自分の語彙のありったけをペチャペチャと繰りかえしているという
ことはあるだろう。しかしオウムはオウムの考えの及ぶかぎりで、自分がなにをしゃべっているかを理解することをも
習得できるのである。オウムに悪口を教えこんで、オウム自身にその意味の見当がつけられるようにしこんでみたまえ
(これは熱帯地方から帰航してくる船員たちのなによりのたのしみなのである)。そしてオウムをからかえば、オウムは自分の
知っている悪口をベルリンの野菜売り女と同じくらい正しく使うすべを知っていることがすぐにわかるだろう。
好物をねだるような場合も同様である。

 
■ 脳の持続的発達
 はじめに労働、その後に、そしてこんどは労働とともに言語 ―― この二つが最も本質的な推進力となって、猿の脳は
その影響のもとに、猿のものと瓜二つではあってもそれよりはずっと大きく、ずっと完全な人間の脳へとしだいに移行して
いった。ところが、脳の持続的発達と手をたずさえて、こんどは脳の最も直接的な道具である感覚諸器官の持続的な発達が
生じた。ちょうど言語の漸進的発達には必然的にその発達に見合うだけの聴覚器官の改良がともなうように、脳全般の
発達には感覚器官全部のそれがともなう。ワシは人間よりもずっと遠くが見えるが、しかし人間の眼は同じ事物を見ても
ワシの眼よりもずっと多くのことを見ている。犬には人間のものよりもずっと鋭敏な鼻がある。しかし匂いは人間にとっては
さまざまの物のきまった標識となっているのに、それらの匂いの百分の一をも犬はかぎわけてはいない。
そして触覚についていえば、それはごく未発達の、できはじめの形のものとしてでも猿にはないのであって、
ただ人間の手そのものをまってはじめて、労働をつうじてはじめて、形成されたものなのである。

 脳とそれに隷属している諸感覚の発達、ますます明晰さを増していった意識と抽象および推理の能力の発達は、労働と
言語とにこんどは反作用して、この両者にたえず新しい刺激をあたえてそれらのよりいっそうの発達をうながした。そして
この場合の両者の発達は、人間が最終的に猿から分かれてしまえば、それで終りを告げるといったたぐいのものではなかった。
その発達はその後も、民族や時代の違いによってその度合や方向は違っていたにしても、またときには局地的、一時的な
退行によって中断されたことさえあったが、全体としては力づよくすすんでいった。
そしてこの発達を一方では強力に推進し、他方では特定の方向に方向づけていったものは、できあがった人間の登場とともに
新たにくわわってきた要素 - 社会であった。


Ⅳ. アルツハイマー病の発見 1906年

 アルツハイマー病は、1906年にドイツの精神科医アロイス・アルツハイマーによってはじめて発見されました。
 「脳機能障害」の発症から、脳と精神疾患について考えてみましょう。

 日本では、460万人の人びとが認知症をかかえて暮らしていると言われています。アルツハイマー病と診断された人の
大半は65歳以上ですが、日本の人口の4分の1は65歳以上です。将来的には、1000万人の方々がアルツハイマー病の
対象になる可能性があります。
 アルツハイマー病は、高齢者における認知症の最も一般的な原因ですが、記憶や思考能力がゆっくりと機能障害に
なってゆきます。脳の神経細胞が減少し、脳の中で記憶を司る「海馬」など脳全体が委縮してゆきます。
認知症の中核症状としては、記憶障害、思考障害などがありますが、
精神科医の小澤勲さんのレポートによると
認知機能の低下につれて、「認知的自己」と「感情的自己」の間の乖離がはなはだしく進行してゆきます。

 また、アルツハイマー病は、「社会性」としての人格存在が失われてゆく発症過程であり、また人格の再構築を図るため、
認知症の一層の解明が期待されています。
 オーストラリアのある認知症者の手記には 「自分が自分でなくなる恐怖」 「アルツハイマー病をかかえることは
一方通行の道を行くことで、日々、友だちや親せきを喪っていくことだ(認知できなくなること)。いわば「小刻みな死」を
生きているようです」 と書いています。
そしてその著書に「死ぬとき、私はだれになっているのだろう?」(Who will I be when I die?) 〔認知的自己の崩壊〕、
邦訳はクリスティーン・ボーデン著『私は誰になっていくの?- アルツハイマー病者からみた世界』として出版されています。

 誰もが「心と脳」の認知障害に強い関心を寄せる時代を迎えています。急速にすすむ日本の高齢社会にあって、
認知症・アルツハイマー病は「心の進化・脳科学」が避けて通れない、人類史の課題であることを告げています。


 
 <関連資料>  小澤勲著『認知症とは何か』岩波書店2005年発行
第1章 認知症とは
 「ある概念を明確にするには、それが何であるかを示すと同時に、それが何でないかを示す必要がある。そこで、
本章では、まず認知症の定義を示し、それに続いて認知症ではないが認知症と間違われやすい病態や用語について述べる。
 
認知症の定義
 まず認知症の概念を明らかにしておこう。認知症を論じる際、異なる概念、対象を扱っていて、それが議論を錯綜させて
いることが少なくないからである。
 認知症の定義はいくつか提唱されている。ICD10(国際疾病分類10版)、DSM-Ⅳ(アメリカ精神医学会精神診断便覧
第4版)が代表的なものだが、大同小異である。その中核は、「獲得した知的機能が脳の器質性障害によって持続的に低下し、
日常生活や社会生活が営めなくなっている状態で、それが意識障害〔理解能力障害〕のないときにみられる」というものである。


第2章 認知症の原因疾患

 認知症は症状レベルの概念である。正確に言えば、記憶障害、見当識障害、思考障害など、いくつかの症状の集まりに
対する命名だから症状群というべきなのだが。
 つまり、熱がある、咳が出る、だるい、痛みがある……というのといっしょで、これらは病名ではない。
同じ症状の裏には異なる疾患があり、また同じ病名がついても、原囚が異なる場合がある。急性肺炎と診断されても、
その原因は肺炎球菌、結核菌、エイズウイルス……さまざまである。それぞれに治療はまったく異なる。
 認知症の原因疾患は詳しくあげていくと100近くになる。そのすべてを説明することはとうていできないので、代表的な
いくつかの疾患について述べるにとどめよう。

 変性疾患 (アルツハイマー病など)
 変性疾患とは、原因はまだよく分かっていないが、脳の神経細胞が死滅、脱落して、その結果、脳が萎縮し、認知症を
招く疾患群である。変性疾患による認知症は一次性認知症とよばれる。それに対して、次項以下で述べる変性疾患以外の
認知症は、脳以外の疾患や物質乱用の結果生じるものだから、二次性認知症とよばれる。
 変性疾患による認知症の代表がアルツハイマー病である。アルツハイマー病には65歳以前に発症する早発性のものと、
以後に発症する遅発性のものとがあり、前者をアルツハイマー病、後者をアルツハイマー病型認知症とよぶことがある。
しかし、両者の脳には、神経原線維変化や老人斑などがみられる特有の顕徴鏡所見に、基本的な違いはないとされる。
 アルツハイマー病という名称は、ドイツの精神科医アルツハイマーが、1906年、51歳のとき嫉妬妄想で発症し、記憶障害、
見当識障害などの症状が進行性に深まり、4年半後に死亡した女性の事例を学会で報告したことから命名されたものである。
その後、彼は同様の症例を集め、特有の脳病理所見を示しか論文も発表した。
 他にも、アルツハイマー病より早く発症することが多く、性格変化や反社会的行動、同じ言葉や行動を繰り返すなどの
特有の症状を示すピック病、手のふるえ、関節を曲げるのに鉛管を曲げるような抵抗がみられる筋強剛、表情の乏しさ、
前屈み姿勢、小刻み・突進歩行などの症状を示すパーキンソン病、パーキンソン症状に加えて抑うつや幻覚症状がみられる
レビー小体病などがある。
 最近学会などで盛んに論議されている認知症に前頭側頭型認知症があるが、これは前頭葉、側頭葉に萎縮が目立ち、
性格変化や社会的行動の異常がみられる。ピック病はその代表的な疾患である。

Ⅴ. 脳科学の地図 ― ブロードマンの脳地図 1909年
    
小泉英明著 『脳の科学史』 角川SSC新書 2011年刊

  ブロードマンの脳地図と症状
 よく知られているのが、コルビニアン・ブロードマン(1868~1918)の地図で、今でも脳科学の世界では使われています。
なぜ
この脳地図がよいかは後述しますが、番地がふられているのが特徴で、この番地は、ブロードマンエリアと
呼ばれています。いろいろな人が、脳に番地をつけていますが、ブロードマンのものがいちばんポピュラーに使われ、
ブロードマンのエリアという意味でBA○と名付けられています。例えばBA17といったら視覚野、BA10は前頭極など、
脳科学者は番地でどこの領域なのかがすぐにわかります。
 しかし、脳地図はブロードマンが最初に書いたという訳ではありません。前述のフェリエだけでなく、ジークムント・
エクスナー(1846~1926)も、脳のどこが壊れるとどういう症状が起こるかという脳地図らしいものを1881年に作成して
いました。これは人間の脳地図らしきものの最初と言われています。エクスナーはフロイト(1856~1939)より10歳年上です。
 ブロードマンは、解剖した順に脳の切片の組織の違いを図に書きました。体軸に垂直な脳の切片を頭頂から順に
顕微鏡で観察して脳地図上に番号をつけたのです。そういう意味では、ばらばらです。また、すべてに番号が付いている
わけではありませんが、番号を使って議論すれば、便利だと考えられています。
 ブロードマンの脳地図でもう一つ大事なのは、
数字が違う場所は機能が違うということです。解剖学的に組織の違った
場所を境目にして、前はこういう機能、後ろはこういう機能と便利に使われています。運動性の言語野はブロードマンの
44・45野、第一次視覚野はブロードマンの17野と一致します。ブロードマンの10野という番地がついたところと、前頭前野の
前頭極と呼ぶところはちょうど一致し、機能のまとまりと合っています。解剖学的に組織の違うところで小分けし、
番号をつけたのは、非常にうまい方法だと言えます。

  ・・・・・  ・・・・


 以上で、第1部の報告を終わります。
 

 
<お知らせ>
  理化学研究所「脳科学総合研究センター」では、
脳科学辞典を作成してHPで公開しています。
 また、ブロードマンの「脳地図が、番地ごとに地図と機能が対応する解説がウィキペディアで公開されています。
 是非、参照してください。