堤利夫著 『 森林の生活-樹木と土壌の物質循環 』

 中央公論社 1989年発行


  
1. 森林とは何か

 森林は、樹木を中心とした緑色植物群と、微生物など土壌中の生物群を主体とし、これに地上の動物の集団を加えた生物群の集りである。この点においてはどの森林もすべて同じである。樹木は種類が違っても、土壌に根をおろして水、養分を吸収し、空中に枝葉をひろげて光合成を行い、太陽エネルギーを固定するという生活様式においては、すべて同じである。だから、樹木の種類や大きさが違っても、森林であればすべて共通の生活様式または機能をもっている。
 一方、生物の生活は、環境と分ちがたく結びついている。個々の生物または集団の生活は、周囲の環境の影響をうけると同時に、自らの周りの環境に影響を与えている。生物集団と環境とは相互に関係しあった形で存在している。つまり、森林のすべての生物たちは相互に関係しあうとともに、彼らをとりまく環境とも相互に関係しあっていて、一つの生態系として存在している。

 したがって環境が変れば樹木の種類が変るだけでなく、その相互の関係も変る。熱帯の森林と亜寒帯の森林とは、森林生態系として同じであるという側面と、違うという側面とをもっている。人工林と天然林はともに森林ではあるが、その構造や機能には違いがある。樹木が繁っておればそれは森林で、森林であればすべて同じだというわけにはいかない。個々の森林の評価をするときには、当然その場の環境や森林の状況を考慮にいれたものでなげれば具体性をもたないことに
なる。そのためには、環境、樹木、土壌生物を結ぶ相互作用系としての森林の生活を理解することが基本的に重要である。

 森林をつくる生物群は、樹木を主とする緑色植物群と、土壌生物群及び地上の動物群で、前者が生産者、後二者が消費者である。生産者である樹木は太陽エネルギーを用い、大気中の二酸化炭素を材料として有機物をつくっていく。いわゆる光合成である。樹体をつくるためには、さらに水と窒素、ミネラルが必要である。窒素は生活に必須の蛋白質をはじめ、さまざまの窒素化合物の合成に使われる。ミネラルの主なものはリン、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどで
あるが、これらも樹体の構成、生命の維持に必須のものである。ミネラルには微量であるが植物の生活に必須のものがあって、その種類は多い。窒素とミネラルをあわせて養分あるいは植物養分と呼ぶ。これらを樹木は根を通して土壌から吸収する。光合成と養分の吸収とがあいまって樹体がつくられ、樹木の生活が支えられていく。
 このように樹木をはじめ緑色植物は無機物から有機物をつくるので生産者と呼ばれ、これを樹木あるいは森林の物質生産とか乾物生産、もしくは単に生産と呼んでいる。土壌生物群と地上の動物群は消費者で、生産者のつくった有機物を食べて生活している。そのうち土壌生物は土壌中に生活していて、落葉など枯死した有機物に依存して生活している生物群で、これを分解者と呼ぶことがある。地上の動物群は樹木がつくった生きた有機物を食べて生活している。これらの樹
木も動物も、死ぬと土壌にかえって土壌生物の餌となり、再び無機物に分解されてしまう。樹木や動物に含まれていた植物養分は、土壌中に放出され、再び樹木に吸収され、樹木と土壌の間を繰り返し循環する。量的にみると、地上の動物群の占める役割は小さく、森林生態系の物質やエネルギーの流れは、樹木と土壌生物の間でおこる物質のやりとりで表わすことができる。
 樹木は光合成を行い、土壌から水と養分を吸収して生長する。その土壌へ、樹木がつくった有機物が落葉や枯枝として落ちる。土壌生物はその落葉、枯枝をエネルギー及び栄養源として生活し、その結果、樹木が必要とする養分を土壌中に用意する。樹木はそれに依存して生長し、落葉、枯枝を生産する。両者に相互に結びついていて、その相互作用系として森林は存在している。


  
2. 生態系としての森林の生活

 森林をつくる二つの大きな生物群、樹木と土壌生物は、生息場所、栄養のとり方、寿命が全く違う生物群である。したがって、環境の変化に対する反応が違うのは当然である。たとえば土壌微生物は、温度の変化に応じて短時間にその数の変化がおこりうるのに対し、樹木の数の変化はずっとおそい。環境が違うと樹木と土壌生物の変化の仕方が違い、その結果、相互の関係が違ってくる。そしてその違いが、植生と土壌の違いとなってあらわれている。従来、植生と土壌とは別々に研究され、植生を中心にみると、植生が違うから土壌が違うことになり、土壌を中心にみると、土壌が違うから植生が違うということになる。いずれも間違いのないことであるが、本来、どちらが原因でどちらが結果であるとはいい難い。両者がお互いに原因であり結果である。そういった関係として、いいかえると森林生態系として森林の生活をとらえることが大切だと私は思う。
 森林が樹木と土壌との相互作用系としてあるということは、一方の変化は他方の変化をひきおこし、やがて系全体の変化へとつながっていくことを意味している。たとえば、森林の伐採は土壌生物の活動に大きな変化を与え、土壌の性質を変える。土壌が変ると、つづいておこる植生の再生に影響を与える。再生した植生は再び土壌に影響を与えるといった仕組みで、森林の伐採の影響が及んでいく。そして当然のことながら、こうした変化の度合や変化していく速さは、環境条件によって違う。
 それでは樹木と土壌生物の相互作用系として森林をとらえるためにはどうすればよいかが問題である。その手段の一つとして、「物質の循環」をあげることができる。樹木と土壌生物の二つの生物群の間には、エネルギーと物質の流れがある。この流れはそれぞれの生物群の活動の結果であるから、それをさまざまな森林で測定し比較することができれば、多様な環境の下での森林の生活の仕組みを理解できるであろう。そしてそのことは、森林に加えられた何らかの干渉の影響がどこにどういうふうにあらわれるかを予測するのに役立つ。
 この分野の研究はまだ十分でなく、かなり粗っぽい近似しかできない状況にある。しかし、いずれ徐々に資料が集まってくるだろう。差し当たりは粗っぽいところでひとまず整理をしてみようというのが、今日の段階である。
・・・中略・・・



 ハゲ山とその回復

  
3. 炭素の循環

 樹体は有機物と小量の窒素とミネラルからできていて、有機物の半分近くが炭素である。土壌の有機物も約半分以上が炭素である。有機物量は炭素量と比例して変化する。そこで有機物の集積を考えるにあたり、ます炭素の循環について述べておきたい。
 空気中の炭素、つまり二酸化炭素は、光合成で樹体にとりこまれる。その炭素の一部は樹木の呼吸によって、大気へ二酸化炭素としてかえる。残りは樹体をつくる。いったん樹体をつくった炭素の一部、たとえば葉や枝、花などはやがて枯れて脱落し、あるいは動物や虫に食われて糞や動物の遺体として土壌にかえる。これら動植物の遺体を「リター」といい、これらが樹上から地面に落下して土壌に入る。土壌には微生物や土壌動物がいて、リターを直接間接にエネルギー源として生活している。リターはこれら土壌生物の活動によって分解されて変質し、土壌有機物として土壌に集積する。そして最終的には無機化し二酸化炭素として土壌から大気にかえる。

  <図1:森林における炭素の循環

 

 まとめてみると、図1のように炭素の循環は、ガス態として大気中にある二酸化炭素が有機物として樹木になり、その一部は動物へと移動し、樹木と動物の呼吸によってガス態として大気にかえる経路と、樹木・動物の枯死物、すなわちリターとして土壌に移動し、そこで無機化されガス態として大気へかえる経路との二つの大きな循環経路からできている。いずれも大気をプールとした、大気へ開いた開放系の循環である。森林への収入は樹木の光合成であり、森林からの支出は樹木、動物、土壌生物の呼吸作用である。このほか支出には、水に溶けて炭酸として流出する経路と、侵食による土壌、落葉などの流出という経路がある。・・・中略・・・


  森林の生産と分解

 森林を構成する主要な元素である炭素の循環は、大気から樹体へ、樹体から大気へという流れと、リターが土壌を通って大気へかえるという流れの二つの大きな流れでできている(図1参照)。この流れの過程で、炭素は樹体と土壌に有機物として集積する。その集積量はそれぞれ収入と支出によって決まる。 樹体を中心にみると、収入は樹木の光合成(生産)であり、支出は呼吸、被食、枯死(消費)である。光合成は樹木が大気中の二酸化炭素をとり入れて有機物をつくることで、これを森林の総生産という。総生産の一部は樹木の呼吸によってすぐに大気へかえる。樹体に残るのは総生産から呼吸を差し引いた残りで、これを純生産という。純生産は樹体をつくる分であるが、そのまま森林の生長量にはならない。それは虫や動物に食われる分(被食量)と、枯れて脱落する分があるからである。この被食、枯死を差し引いた残りが樹体に集積されて、森林の生長となる。
 土壌を中心にみると、樹木のつくった有機物のうちの枯死量(リター)が収入である。そしてその土壌中での分解が支出である。分解にかかわるのは土壌生物である。土壌での有機物の集積は、樹木による有機物の生産と土壌生物による有機物の分解という二つの生物群の活動のバランスで決まる。
 これらの活動にはさまざまな条件が関係するが、巨視的にみると気候条件の影響が大きい。そこで気温との関係を中心に、森林の生活を物質の動きを通して考えてみよう。
・・・以下、省略・・・