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数学と歴史のはざま  〔シリーズ第1回2016年3月号〕
村田 全               玉川大学出版部
第1回 
代数学と解析学 (1969年7月)

〔代数学algebra:「代数」 の名の通り数の代わりに文字を用いて
方程式の解法

研究する数学の一分野。解析学analysis(分析)

村田 全:ユークリッド幾何学Στοιχεία, ストイケイア「原論Elementa」の翻訳者〕

 古典的な数学したがって学校で普通に教えられる数学は、最近こそやや新しい傾向になったけれども、だいたいにおいて数論(算術)、代数、幾何、解析の四つからなると見てよい。ところで「数」学と呼ばれる学問の中に、「数」論や代「数」があるのはよいとして、幾何や解析がはいっているのはどうしたことかと聞かれると、多少不思議な気はしないであろうか。
 実を言うと、この問題は単に数学の歴史というよりも。むしろ西欧的学問全体の歴史とともに古く、かつ極めて深遠なものを潜めている。実際これをまともに論ずるということになれば、おそらく数冊の書物を必要とするであろう。ただしここでさしあたって話を進めるためには、今日につながる最も理論的な“mathematics”(「数学」とはこの言葉の訳語である)が、古代ギリシャにおいて数論と幾何学を止揚した一個の理論的学問として始まったこと、これがやがてルネサンス以後に記号を用いてする解答発見の手段として代数学を取り込んだこと、そしてこの代数学の自己発展の結果として解析学が生まれてきたこと、などを指摘しておけばたりるであろう。
 
 「
解析」(analysis〔分析〕)という言葉は、ギリシャの昔からいろいろな意味に使われているが、少なくとも数学の方面では、いま求めているものが得られたと仮定して逆にそのものの性質を探索し、そこからその求めるものを発見するための手がかりをつかもうということと見てよい。

方程式を解くという代数的問題でいえば、解の存在を仮定してその必要条件を求めようとうのが「解析」であって、それが本当の解であることを確かめるのは別の段階の仕事(証明)に属する。そしてルネサンスの代数はもともと、この意味での解析法だったのである。
 
 けれども当時の代数が、ただちに今日の代数学のような、理論的で体系的な記号操作の方法になっていたと考えてはならない。ルネサンスの代数の記号法は個人的かつ流動的な覚え書程度のもので、むしろ暗号のような略記法か、秘儀奥伝めいた技法だったと見ればよく、少なくともギリシャ以来の論証の学としての「数学」には、まだなっていなかった。そこでこの代数によって解の候補者が見つかると、それが本当の解であるという証明はユークリッド幾何学の力をかりて行われていた。そのころ論証という仕事のできる理論体系というと、この幾何学を使う以外に方法はなかったのである。

 今日のように、まず記号計算によって解の候補を求め、次に再び記号計算によってその値を式に代入し、それが求める値であることを確かめるといういき方、すなわち操作主義的な記号法というものは、近世数学の最も本質的な創造の一つであって、せいぜい発見的な技法であったルネサンス代数はここに初めて理論的な数学となる。
 
この創造の原動力はデカルトの思想の中にあって、いわゆる解析幾何学が近世数学の発端と見なされる理由は、この点に関する彼の自覚もあるといってよい。単に幾何学を数式で表わすというだけならば、デカルトの同時代にもフェルマという例があるし、古くはギリシャのアポロニオスにすでにその萌芽がみられるのである。

 デカルトの数学上の貢献については、今述べたことに関連して、なお、
文字係数を用いて一般公式を表したことや、面積、体積などの「量」もその値をすべて線分の長さで表わすことにして関数概念の形成に道を拓いたことなど、いろいろ注意すべきことがあるが、それらを一括してここで言っておきたいのは、このような記号計算法がやがて「解析学」の誕生をうながしたという事情である。
 すなわち今述べた事情からもわかるように、代数学はその発端において一つの解析法であり、事実それはある時期まで「解析〔分析〕」の名で呼ばれたのであるが、後にその一部に、今日の微分積分学につながる「無限小解析」という方法(これもまた最初は証明法を後まわしにした発見的手段にすぎぬものであったが)が生まれてきたとき、「解析」の名はこちらに取られてしまったのである。この意味からいうと、代数学は解析学に庇ヒサシを貸して母屋を取られるという、いささか皮肉なことになったといってもよいであろう。

 前に「
発見的方法」ということについて触れたが、ここではその続きとして発見的方法というものの流れの中に、近世以来の記号法的数学の誕生があり、それが「代数」と「解析」という二つの数学部門の形成につながっているということを注意してみたというわけである。-もっとも、本当の発見的精神の方はこれらの学問の誕生とともに、もう一段高い発見の道を求めて進んでいったにちがいない。しょせん「数学」とはそういう学問なのである。
以上