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  ダンネマン 「大自然科学史」抄録



  トマス・グレアムについて



晶質と膠質



グレアムは、可溶性物質を二つの部類にわけることができるという重要な結果を発見して、これをそれぞれ晶質(クリスタロイド)および膠質(コロイド)とよんで区別した。すなわち、彼は、このような物質のうちで、その溶液が豚の膀胱(ぼうこう)または羊皮紙の膜を、容易に通過するものを晶質とよんだ。これに反して、膠質とは、このような膜をほとんど通過しないものである。晶質に属するものは、塩化ナトリウム(食塩)・糖・瀉(しゃ)利塩(りえん)(硫酸マグネシウム)などで、要するに、容易に結晶する物質は、すべてそうである。ところか、膠(にかわ)・卵白・ゴム糊などのように、膠質に属するものには、このような性質がない。したがって、グレアムが認めたように、晶質と膠質のあいだには、揮発性物質と不揮発性物質のあいだのような反対関係が認められるのである。



このことから、グレアムは、膠質を晶質から分離するのに、浸透を利用することを思いついた。それはちょうど揮発性の度合いが異なっているのを利用して、たとえば磠(ろ)砂(しゃ)と食塩を分離するために、その混合物を加熱するのに似た考え方である。グレアムはこの目的のために、彼によって透析器と名づけられた、図2に示すような装置を用いた。彼は軽い木製の輪の上に、円形の羊皮紙を張った。こうしてできたくぼみの底へ、彼は透析(*隔膜分析)にかけようとする溶液をそそぎこんだ。このようにしてつくられた篩(ふるい)のような形の、中途まで溶液をみたした器を、もっと大きな、水の入った糟のなかへ入れて、図に示すように、水の上に浮かせた。水は(とくに何度もかえてやると)晶質を吸い取るが、膠質のほうはごくわずかしか膜を通らない。その結果、透析器のなかに残る液体は、しまいにはほとんど純粋な膠質溶液だけとなる。



グレアムのこのような分離操作のうち、いちばん有名な実例は、透析による膠質状のケイ酸の製造である。彼はケイ酸ナトリウムの溶液に過量の塩酸を加えた。そして、このようにして生じた水・ケイ酸・食塩および塩酸の混合物を透析器に入れた。しばらくすると、食塩と塩酸は周囲の水のなかに拡散し、透析器のなかにはほとんど純粋なケイ酸溶液だけが残った。このケイ酸溶液を少し濃縮して、2~3日保存しておくと、膠質状態に関する新しい注目すべき現象があらわれた。すなわち、ケイ酸溶液は無色の、ほとんど透明な膠化体、つまり、ゼラチンに変わった。グレアムの実証したように、このようなゼラチン溶液を通過するばあい、晶質の拡散は純粋な水を通過するときと同様な速度でおこなわれるが、膠質のほうは、ほとんどこのゼラチン溶液を通過することができない。したがって、このことから、羊皮紙または動物質の膜のはたす作用の説明がつく。すなわち、これらの隔壁はそれ自体一種の膠質であるから、それはゼラチン溶液とまったく同じ作用をしているのである。


グレアムは、膠質状態についての研究を、多くの無機および有機化合物の上に広げた。このようにして、彼は今日膠質化学とよばれている、科学の特殊な分野の設立者となった。グレアムは、じぶんの立てた化合物の二つの部類を、「二つの異なる物質界」とよび、晶質と膠質の関係は、鉱物質と有機物質の関係と同じだとまで極言した。しかし、その後の研究から、そのような鋭い対立がないということが、明らかになった。晶質と膠質の性状の相違は、正反対のものではなく、むしろ程度の差である。そのため、膠質の多くもまた、きわめてゆっくりではあるが、動物性膜を通して拡散するのである。したがって、このような膠質は、拡散という点から見れば、晶質と同様な性質を示すのである。つまり、膠質でも拡散がないのではなくて、ただ非常にゆるやかなだけなのである。理論はこの相違を説明して、膜の物質の間隔がある種の物質の分子には少し小さすぎて、そのため、急速に通過できないのであるという仮説を立てている。膠質というのは、まさしくこのような物質なのである。


この見解は、サント・クレール・ドヴィルによって発見され、グレアムによってさらにくわしく研究された、熱した金属隔壁にたいする気体の態度を、一つのよりどころとしていた。これに関するいちばん有名な実例は、熱した白金を通して水素を通過させる実験と、熱した鉄を通して酸化炭素を通過させる実験である。サント・クレール・ドヴィルとグレアムの考えによると、このばあい、問題の中心となっているのは、石膏(せっこう)や素焼(すやき)やそれと似た物質の多孔質よりも、微細さの程度がはるかに高い多孔質である。すなわち、この現象は分子間に細孔があることを示すものであって、常温ではこの細孔は気体分子が通過するには狭すぎるが、加熱によって、気体分子が通過できる程度に広がるためであると、この二人の研究者は仮定したのであった。



デュトロシェとグレアムが基礎を築いた浸透の研究は、とくに生理学の畑にいる人びとによって引きつがれた。彼らは、動植物の物質代謝や細胞の示す圧力は、浸透過程によっておこるものであることを認めた。最後に、新しい段階に入った物理化学は、生理学上の目的からおこなわれた浸透の研究と結びついて、もう一度発達した。その結果、化学変化の本質と化合物の分子構造は、さらにいっそう明らかになった。しかし、生理学上の近代的な研究の成果も、この物理化学上の成果も、さきへいってでなければ述べることはできない。透析法が技術上でも重要であることについては、ここではただほんのつけたしに、製糖(甜菜糖の製造)に応用されていることだけをあげておく。いつも不完全であった以前の圧搾法にかわって、拡散によって糖汁を抽出する方法と、透析によって非結晶質から糖を分離する方法が登場した。


(注)透析によって(羊皮紙を応用して)糖を母液(糖蜜)からわけることは、1863年(明治元年の5年前)にフランスで発明された。
膠質をゼラチン溶液の形で応用することは、細菌学(ゼラチン培地(コッホ、1881年、明治14年)、爆薬工学、写真術(乾板)、乾電池製造に利用された。膠質化学に関するもっとも重要な事柄は、ヴォルフガング、オストヴァルト(ヴィルヘルムの息子、膠質化学の専門学者)の『膠質化学綱要』ドレスデン、1911年、にまとめられている。


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