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▼ 2019 資本論入門 11月号-2 2019.11.15

 資本論の科学史ハンドブック

  デカルト系列の探求 Element-Elementarform (2)


ヘーゲル『自然哲学』 抄録        
ヘーゲルのGallertと『資本論』の価値Element


    Ⅱ. ヘーゲルとマルクス



  
(Ⅰ) 資本論ワールド編集部 はじめに

1.  17世紀、デカルトの宇宙・世界論は「自然の機械論系列化 (注1)」を達成して、物質の一元論を構築しました。200年後、ヘーゲル自然哲学は「Gallertと細胞理論注2」を結びつける架け橋-源流として、生命 Element 有機体を近代西洋社会に育みました。

  -
19世紀前半の「細胞理論の発展とコロイド科学」を参照してください-

2.  マルクスの「社会の生産有機体 注3」は、、「自然の機械論系列化」を人間と自然の間の社会的物質代謝 Stoffwechsel 注4として編成・適用しました。さらに、社会的物質代謝の Element (細胞形態の商品)をドイツにおける生命・細胞理論の伝統を継承してGallert (膠状物-生命体の実体あるいは原形質)ウィルヒョウ注5を引き継ぎ* コロイド colloid の用語を使用しないで -を中軸として Elementarform に組み立て直し、構築しました。

3.  現代の資本主義社会では、“ 価値(労働価値)- gleichartige Arbeitsgallerte : 同種の労働膠状物 ” は、つねに “ 商品の物神性 ” として現象し、-感覚的にして超感覚的な物に転化する注6-そのために事柄が複雑になります。新しい科学の創造分野としてマルクスの経済学・論理学は、「私が用いた分析の方法は、まだ経済上の問題に適用されたことのなかったもの」(『資本論』フランス語版序文 1872年 )だけに、西洋科学史の伝統的用語法を注意深く取捨選択し適用する必要に迫られたものと推測できます。


  
(Ⅱ)  ヘーゲル自然哲学の時代背景

1.  ヘーゲル(1770-1831)の『自然哲学』は、第1部力学、第2部物理学(自然学)、第3部有機体の物理学(自然学)の3部となっています。もともとは、『エンチュクロペディ-(百科事典)』(論理学、自然哲学、精神哲学)の3部作の「自然哲学」をとりあげてあります。
 18世紀後半から19世紀の西洋は、産業革命を迎え現代社会への幕開けー資本主義が開始される時代でした。科学技術をはじめ、「機械論世界の全盛期」を迎え、時代はまさに諸学の「百科事典」が渇望され、ヘーゲルは大学の講義用としても活用できる『エンチュクロペディー』を公刊しました。
 ヨーロッパ各地では、物理学、電気化学論をはじめ、生物学、地球宇宙論など科学思想が飛躍的に発展し、カント(1724-1804)、ゲーテ(1749-1832)などの影響下にドイツでも数多くの世界的作家が輩出しました。


2.
  エンゲルス(1820-1895)は、「自然の弁証法」のなかで、19世紀の3大発見(エネルギー転化の証明、生物細胞の発見、ダーウィン進化学説)と、ヘーゲル哲学など諸学の総括を行っています。
 「ヘーゲルの区分(はじめの)、すなわち機械論〔Mechanismus〕、化学論〔Chemismus〕、有機論〔Organismus〕の区分は、その時代にとっては完全だった。機械論-物体運動。化学論-分子的運動(というのは、物理学もまたこれにふくまれるから。両者は-物理学も化学も―じつに同じ序列にあるものである)と原子運動。有機論―両者〔機械論と化学論〕がそのものにおいて不可分となっているところの物質の運動。なぜなら、生物はたしかに力学、物理学、化学を自己のうちに関係づけて一つの全体としているようなより高次の統一であり、しかもこの全体にあっては三者はもはや分離することができないからである。生物にあっては、力学的運動は物理学的・化学的変化によって直接引きおこされる。しかも純然たる筋運動とまったく同程度に栄養、呼吸、分泌等々もそうなのである。
 各群はさらに二分される。力学は、1.天体の力学、2.地上の力学。
 分子的運動は、1.物理学、2.化学。 生物は、1.植物、2.動物。」(「自然の弁証法」p.557)

  (Ⅲ)  『資本論』のなかのヘーゲル

 
A 社会的分業とヘーゲルの抽象的労働
 B 
ヘーゲル論理学の「貨幣形態の発生」の証明
 C 「
仮象」-商品の物神性とヘーゲル論理学


  マルクス(1818-1883)が、ボン大学からベルリン大学に転校した1836年には、ヘーゲルはすでに他界し、直接の交際はありませんでした。後年、『資本論』第2版公刊(1873年)に際して、マルクスはヘーゲルとの関係について次のように語っています。
 「私の弁証法的方法は、その根本において、ヘーゲルの方法とちがっているのみならず、その正反対である。・・・しかし、ちょうど私が『資本論』第1巻の述作をつづけていた時には、いま教養あるドイツで大言壮語しているあの厭わしい不遜な凡庸の亜流が、誇り顔に、レッシングの時代に勇ましいモーゼス・メンデルスゾーンがかのスピノザを取り扱ったようにすなわち、「死せる犬」として、ヘーゲルを取り扱っていた。したがって私は、公然と、かの偉大な思想家の弟子であることを告白した。 そして価値理論にかんする章の諸所で、ヘーゲルに特有の表現法を取ってみたりした。
 弁証法は、ヘーゲルの手で神秘化されはしたが、しかし、そのことは、決して、彼がその一般的な運動諸形態を、まず包括的に意識的な仕方で証明したのだということを妨げるものではない。弁証法は彼において頭で立っている。神秘的な殻につつまれている合理的な中核を見出すためには、これをひっくり返さなければならない。・・・」 

  A 社会的分業とヘーゲルの抽象的労働
    
①-1 マルクスは、第1章第2節「商品に表わされた労働の二重性」で、社会的分業と生産物交換から労働の抽象的に人間的な労働の共通な性格が「労働生産物の共通な価値性格の形態で、反映する」論理を展開しています。さらに、「商品の価値は人間労働そのものを、すなわち人間労働一般の支出を表わしている。(同p.83)」と述べて、この文脈のなかで人間労働の役割に関する、ヘーゲルの『法の哲学』を参照するよう注記しています(ヘーゲル『法の哲学』 注14 岩波文庫p.84)。

 一方のヘーゲルは 「労働における普遍的で客観的な面は、それが抽象化してゆくことにある。この抽象化は手段と欲求との種別化をひきおこすとともに、生産をも同じく種別化して、労働の分割 die Teilung der Arbeiten(分業)を生み出す。」
 「
生産活動の抽象化 Die Abstraktion des Produzierens は、労働活動をさらにますます機械的にし、こうしてついに人間を労働活動から解除して機械をして人間の代わりをさせることを可能にする。」(『法の哲学』 第2章市民社会 b労働の仕方§198 )
 このようにヘーゲルは、市民社会の「A欲求の体系」から「労働」のもつ“歴史性”を鋭く把握しています。ヘーゲルの指摘に対してマルクスは、「資本の物神性」を近代社会の「大工業の発達」として解明します。

①-2 第13章 機械装置と大工業
    
第1節 機械装置の発達

 「生産様式の変革は、工場手工業にあっては労働力を、大工業にあっては、労働手段を出発点とする。したがって、まず第一に研究すべきは、何によって労働手段は、道具から機械に転化されるか、あるいは、何によって機械は、手工用具から区別されるか、ということである。・・・機械装置のこの部分、道具機こそ、18世紀の産業革命がそこから出発するものである。・・・」(岩波文庫(二)p.326)
 「配力機装置を介してのみ、中心的な自動装置から、それぞれの運動を受取る諸作業機の組織された体系となれば、機械経営はそのもっとも発達した態容をもつことになる。ここでは個々の機械にかわって、一つの機械的怪物が現われ、その体躯は、工場の建物をいっぱいに充たし、そしてその悪魔的な力は、初めは、その巨肢の荘重ともいうべき整った運動によって、隠されているが、その無数の本来の作業器官の熱病的な狂騒旋舞において爆発する。・・・」(同(二)p.341)
 「かくして、大工業は、その特徴的な生産手段である機械そのものを、自己の支配下に置き、機械によって機械を生産せざるをえなかった。かくて初めて、大工業はそれに適合する技術的基礎を創出して、自分自身の足で立ったのである。19世紀の最初の数十年間における機械経営の増大とともに、機械装置は、実際に道具機の製造を、次第に支配するにいたった。」(同岩波文庫(二)p.345)


①-3 
  第1章第4節 商品の物神的性格とその秘密
  〔 使用価値の抽象化―現実の不等一からの抽象―
      ―労働生産物の共通な価値性格の形態で反映する 〕

 「 労働生産物はその交換の内部においてはじめて、その感覚的にちがった使用対象性から分離された、社会的に等一なる価値対象性を得るのである。・・・toto coelo(全く)ちがった労働が等しくなるということは、それが現実に不等一であることから抽象されるばあいにのみ、それらの労働が、人間労働力の支出として、
抽象的に人間的な労働 abstrakt menschliche Arbeit としてもっている共通な性格に約元されることによってのみ、ありうるのである。私的生産者の脳髄は、彼らの私的労働のこの二重な社会的性格を、ただ実際の交易の上で、生産物交換の中で現れる形態で、反映するのである。すなわち― したがって、彼らの私的労働の社会的に有用なる性格を、労働生産物が有用でなければならず、しかも他人にたいしてそうでなければならぬという形態で― 異種の労働の等一性〔Gleichheit:相当性〕の社会的性格を、これらの物質的にちがった物、すなわち労働生産物の共通な価値性格の形態で、反映するのである。(岩波文庫p.133)」


①-4  ヘーゲルの抽象的労働

 ヘーゲルは、イギリス社会で進展する「産業革命」の機械化・工業社会ー人間を労働活動から解除して機械をして人間の代わりをさせるーを研究し、アダム・スミスの「商業社会と分業」を『法の哲学』に取り入れています。当時のドイツの実情は、近代的統一国家としての産業立国からは程遠い状態でしたが、ヘーゲルの世界史=「論理的に、歴史的」は、透徹していました。

 ■ ヘーゲル『 法の哲学 要綱(自然法と国家学 要綱) 』
   第2章 市民社会 A 欲求の体系、
b 労働の仕方

   
§198 〔-抽象的労働-〕
 「ところで労働における普遍的で客観的な面は、それが抽象化してゆくことにある。この抽象化は手段と欲求との種別化をひきおこすとともに、生産をも同じく 種別化して、労働の分割 die Teilung der Arbeiten(分業)を生み出す。個々人の労働活動はこの分割によっていっそう単純になり、単純になることによって個々人の抽象的労働 abstrakten Arbeit における技能も、彼の生産量も、いっそう増大する。
 同時に技能と手段とのこの抽象化は、他のもろもろの欲求を満足させるための人間の依存関係と相互関係とを余すところなく完成し、これらの関係をまったくの必然性にする。生産活動の抽象化 Die Abstraktion des Produzierens は、労働活動をさらにますます機械的にし、こうしてついに
人間を労働活動から解除して機械をして人間の代わりをさせることうを可能にする。」
  ・・・以上で、終わり・・・
 
なお、「社会的分業」では、アダム・スミス→ヘーゲル→マルクス」の系譜を参照してください。


    ***    ***   ***

  B ヘーゲル論理学の「貨幣形態の発生」の証明 ・・作業中デス

     ***    ***   ***


  C
 「仮象ー商品の物神性とヘーゲル論理学 ・・作業中デス

      ***    ***   ***


 (Ⅳ) 資本論ワールド編集部はじめに の注記一覧
  (注1)自然の機械論系列化(注1)
  (注2)Gallertと細胞理論(注2)
  (注3)社会の生産有機体(注3)
  (注4)物質代謝 Stoffwechsel (注4)
  (注5)ウィルヒョウ (注5)
  (注6)感覚的にして超感覚的な物に転化する (注6)

 (Ⅴ) ヘーゲルとマルクスー文献資料
  1. 
資本論』の Gallerte 細胞理論の源泉
  2.
 『資本論』とヘーゲル哲学
  3.
 社会的分業-アダム・スミス_ヘーゲル_マルクス