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コラム25> 機械論の原理

  
 機械論の原理による自然説明のはじめての試み」
  
 始原物質の探求と元素説のはじまり
   
 機械論から原子論へ
   
 現象の測量ー質から量へ還元

    →
「歴史的に、論理的に」アシモス科学史と『資本論』のElement
       *
Ⅱ. “元素Element”概念の形成史の“原子論



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 ダンネマン 『大自然科学史』 第1巻
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機械論の原理 -1-

  
Ⅱ. ギリシャ人における科学の発展 アリストテレス以前



    -原子論-

   ・機械論の原理による自然説明のはじめての試み
   ・イオニア自然哲学 「一つの新しい要素が人間の精神生活に入った」



  
〔始原物質の探求〕

1. 自然科学はその後まもなく現象間の法則的関係を発見するという、もっと謙虚であるが、だれでも手出しのできる目的に専心することになった。人びとがこの目的をはっきり見定めるにしたがって、たとえば錬金術や占星術にあらわれたようなよけいな空想分子は取りのぞかれ、人びとはしだいに今日の形の科学に近づくようになった。
 イオニア自然哲学とともに「一つの新しい要素が人間の精神生活に入った」。ここにはじめてたゆまぬ精神活動によって、各自の成果に達するという、自己自身の信念をもった科学上の個性があらわれた。ほんとうの科学のその後の発展にとって、こういう個性の出現は欠くことのできない前提であった。
 純粋な哲学的考察方法は、精密研究にくらべて、固有な欠点があるにもかかわらず、経験科学をたえず刺激した点では、無視することのできない功績をもっている。ギリシア的古代が発展させた多くの哲学観はずっと近世の自然科学にまで影響を与えた。たとえば、物質の多様性をただ一つの始原物質に還元するという試みは、今日までつづいている。はじめはイオニア哲学者によって、空気あるいは水のような周知の物質の一つが、そういう始原物質であるときめられた。
 その後アリストテレスは空気、水、土、火を、同一の根元の、異なった現象形態と理解した。その結果、この周知の物質をたがいに転化させることが、可能であると考えられるようになった。中世において、卑金属を貴金属に変える努力が、とくにアリストテレス哲学によって支えられていたのもそのためであった。



  
〔元素説のはじまり〕

2. 元素説の源をたどれば、アクラガス(アグリゲンツム)のエンペドクレス(紀元前440年頃)に達する。彼は元素を永久的、自立的であり、たがいに転化させることはできないとした。この元素は、2種の起動力、すなわち、親和(※愛)およびヘラクレイトスが万物の父とよんだ戦い(※憎)の二つによって混合されて、事物につくりあげられる。分解というのは、目に見えないが、一つの物質の小分子が他の物質の小分子から、分離することによっておこなわれるとした。エンペドクレスは、感覚もやはりこういう方法で生ずるとした。



 3. 
機械論の原理による自然説明のはじめての試み

 いたるところに見られる物質変化を、一般の人びとがはじめは発生と消滅として理解していたときに、あらゆる変化は混合と分解に還元されること、しかもそのさい物質そのものはつくられもせず、いなくなりもしないことを教えたのは、哲学者であった。さらに同じ哲学的思惟から、物質は最小微分子からなり、右の混合と分解はそれら徴分子の移転に基づくという考えが生まれた。研究によってえられたこの2原理は、ついで自然の思惟的把握を目ざす研究の努力を導く北極星として役立った。


 
 〔機械論から原子論へ〕

 機械的自然説明のあらましの仕上げは、エンペドクレスの説を機縁として、原子論者とよばれる哲学者、レウキッポスおよびデモクリトスによっておこなわれた。
 彼らの考えはつぎのような命題にまとめることができる。万物ははじめがなく、何ものによっても創造されたのでない。そもそも在ったものも、在るものも、在るであろうものも、すべて永遠のかかしから必然に基づいて在るのである。宇宙は質的に均等な微分子、つまり原子からなるが、これらは形態を異にして、相互の位置を変える。位置を変えることが可能であるためには、なおこのうえに、空間は空虚でなくてはならない。原子は永久的で消滅しない。無からは何も生じない。何物もなくすることはできない。すべての変化は原子の結合と分離によってのみ生ずる。原子の数、形態、合一および分離によって、事物の多様性が生ずる。自然におけるすべての過程は、超自然的なものの気まぐれによるものではなく、因果的に制約されていて、何ものも偶然にはおこらない。原子の運動はそもそものはじめからあり、それによって無数の世界の形成が導かれた。原子と空虚な空間のほかには、何ものも存しない。この原子説の弱点は、今日の原子説にもやはりつきまとっている弱点であるが、霊魂的なものも原子から、しかもいっそう微細な原子からなり、この微細な原子は、はるかに粗大な物体原子に浸透し、非常に動きやすく、このようにして生命現象をよびおこすと考えたところにある。・・・・・



 
 〔現象の測量―質から量へ還元〕

4. 哲学的見地から機械的世界説明に価値を認めようと、あるいはそれをすでに打破されたものと考えようと、私たちはともかくこの世界説明の建設者たちのこれまでの偏見を脱した、徹底的な考え方だけは、認めなければならないであろう。今日でも科学研究の努力は、質を量に還元し、現象の測量できるという点に、その説明を見いだすところに、おかれているからである。「この方法によってはじめて、自然科学の偉大な勝利がえられたことを知る者は、デモクリトスの考えの偉大さを評価できるであろう。原子論はたしかに仮説の網である。しかし、自然現象を私たちが理解のために捕獲するのに、私たちはこれ以上によい網をもっていない。」
 原子説は奇妙な運命をもった。原子説はそれが成立した時代にたいしては、わずかな影響しか与えなかった。2,000年後にはじめてガサンディと、とくにドールトンによって、復活をみた。それ以来原子説は最大の科学的意義を勝ち取った。なぜなら、原子の力学がいっさいの自然現象の根底におかれたからである。
 (ダンネマン『大自然科学史』第1巻p.236)



 < 『大自然科学史』 第1巻から第11巻 >

第1巻 古代の科学 ・・・アジアとエジプトから科学がおこる / ギリシャ人の科学
     ・
機械論の原理による自然説明のはじめての試み
第2巻 古代科学の終わり ・・・アレクサンドリア時代 / 中世における科学の衰亡
第3巻 アラビアの科学からルネサンスまでの科学 ・・・コペルニクスの太陽中心説

第4巻 ルネサンスから17世紀までの科学 ・・・
ボイルによる化学の確立
第5巻 17世紀から18世紀までの科学  ・・・ニュートンとホイゲンスの業績
第6巻 18世紀の科学     ・・・電気学、リンネ分類学、
ドールトンの原子仮説

第7巻 19世紀初頭の科学  ・・・ガルヴァーニ電気の発見、古生物学の成立
第8巻 19世紀の科学     ・・・
膠質化学の成立、ファラデーの業績
第9巻 19世紀の科学     ・・・有機化学、細胞説の成立、エネルギー保存則の確立

第10巻 19世紀の科学    ・・・
進化論の確立、周期律の発見、物理化学の進歩
第11巻 20世紀初頭の科学 ・・・
レントゲン線・ラジウムの発見と古典量子論の成立

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