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コリン・レンフルー
『先史時代と心の進化』 
   ランダムハウス講談社 2008年発行


   

  象徴と価値について・・・認知考古学



 
 象徴の使用


 
認知考古学とは、現存する遺物から、過去の思考様式を推測して研究する学問である。この認知考古学が、人類の思考プロセスの変遷を探り、社会や文明が発達する裏で起きていた人類の行動の長期的変化を理解するための中心的アプローチとならなくてはならない。近年では課題として、対象とする古代共同体で人々の心がどのように働き、その働いた結果が人々の行動をどのように形成したかを知ることができる確実な方法論を打ち立てることが重視されている。(p.158、中略)



 
 象徴表現がもたらす証拠

 
社会は象徴のカテゴリーによって組織されていると言っても過言ではない。さらに重要なことに、社会が違えば、組織している象徴のカテゴリーも違う。たとえば、象徴は世界を計測したり、計画を立てたりするのに使われる。新たな形の社会関係が作られると、それによって象徴は変わるし、また社会関係の方も、象徴を使うことで、個人間の行動を形作り規制しようとする。権威を示す象徴も、ある程度の規模の社会には必ず必要だ。さもないと、誰がどういう人物なのかわからなくなってしまう。警察官なのか検札係なのか銀行員なのか、それぞれの役割がきちんと認識されなくてはならない。外見的には、警察官は警帽でわかるし、検札係は制服か名札でわかる。銀行員は、身なりや座っている場所を見れば一目瞭然だ。こうしたことは、どれも象徴表現である。しかし、本をただせば、こうした社会的役割は制度の発達によって生まれるものだ。それぞれ、警察組織の成立、輸送手段の発達、金融機関の設立があって、初めて成り立つものである。


  
先史学では、目の前に立ちはだかる課題として、こうした社会的カテゴリーや制度、特に統治制度と権力制度が、どのように始まり発達していったかを、より詳しく理解しなくてはならない。具体的な社会が、どのようにして組織されたのか? 農業生産は、どうやって調整していたのか? 社会の規模や成員を決める要因は何か? こうした疑問も、現代を研究する人類学者なら、ある共同体で数カ月生活し、その地の言語を習得すれば、すぐに答えを出すことができる。しかし考古学者は、成員がはるか昔に死に絶え、文字で書かれた証拠を何も残していない社会を研究しているのであり、答えをこれほど簡単に見つけることはできない。そうしたときに非常に役立つのが、象徴表現がもたらす証拠なのである。


 考古学者が死者の埋葬に強い関心を寄せているのは、実はここに理由がある。死者が一人一人埋葬されている場合、副葬品の中に、こうした象徴的な意味を持っていた可能性のある人工物が残っていることが多い。たとえば、支配者が役職の紋章とともに埋葬されている場合があり、これを詳しく分析することで、生前の地位について様々なことを解明できる。もちろん副葬品は社会考古学の基礎を築く可能性のある象徴の一例にすぎない。ほかの例は次の三つの章で取り上げることにする。


 また、構築段階の初期(後期旧石器時代)には、多くの社会が超自然的な事柄についても考えるようになり、他の世界と交信したり、来世とやり取りしたりするのに象徴を用いるようになった。これが宗魏の始まりである。後で詳しく見るように、この変化では物質的象徴が重要な役割を担っている。そのため多くの場合、こうした品々を通して超自然的な存在に対する信仰が生まれる経緯を追ったり、祭祀が発達する様子を調べたりすることができる。
世界のどの地域であれ、宗教の誕生と発達と研究する際は、祭祀など象徴的行動の物的証拠を基礎として進めなくてはならない。 (p.162)



 
 価値という概念

 
基本となる物質的現実が、多くの重要な象徴および象徴的関係を支えているという考え方は、重要である。象徴を定義する際、私たちは単に言葉をもてあそんでいるのではなく、個々の人間が関与するようになる物質世界の特徴を見つけ出そうとしているのである。さらに、この関与はすべての社会で起こるわけではない。社会の影響を受けやすく、実現するにはその社会が持つ他の特徴が整っていなくてはならない。ここでも、計量制度がいい例になる。計量制度は、異なる発達経路を進む異なる社会で、それぞれ独自に発達してきた。しかし、国家社会など非常に複雑な社会で現れることが多く、発達経路の初期段階ではあまり見られない。


 同様のことが、
任意の物質が持つ固有の属性としての「価値」という概念についても言えるだろう。現代社会で、そうした価値が特定の物質または品物に固有のものだと最も強く実感できるのは、おそらく金と銀だろう。金を使っていたことがわかっている最古の遺跡はブルガリアのヴァルナである(ここから見つかった紀元前4500年ころの出土品の持つ意味については、第8章で論じることにしたい)。今日も、古典古代の世界と同じように、貴金属(金や銀など)と貴重な石(ダイヤモンドなど)には高い価値が付けられている。しかし、この事実をよく考えてみると、金には変色しないという特徴はあるが、実際のところ、貴金属や宝石に非常に役に立つ属性があるわけではない(工業用ダイヤモンドは別だと言ってもいいが、これも大きな宝石よりは「価値」が低いと見なされている)。「利用価値」は特ニ高くはないのだ。「交換価値」は高いと一般に認められているが、それは、魅力があると考えられているからであり、あるいは金の場合は、価値基準として現在広く認められて利用されているからである。また、高い価値を持つためには当然ながら、その品物が珍しいものでなくてはならない。苦もなく大量に入手できるようでは、だめなのだ。しかし、珍しいだけでは不十分である。金よりも希少なのに、通貨としては高価と見なされていない鉱石がたくさんあるからだ。


 ここで重要なのは、
金に付与された価値は、ある意味、恣意的なものであり、その価値を認めた者にとっては現実なのだという点だこれが、後で見る制度的事実である。金の価値は、それを認めた社会では現実のものとなり、人が日々の生活を送り行動を決める拠りどころとなる現実に変わるのである。しかも、どんな場合でも、その価値は物体や物質が本来持っていた固有のものだと実際に考えられている。                                          
 
 こうした議論は、ごく当たり前のことを改めて言っているだけと思えるかもしれない。しかし、これについて非常に興味深いのは、
先史時代の初期には、金も含め、品物に固有の価値があるという考えがなかったことだ。これは、人類の歩みの中で生まれた考え方なのである。詳しくは第8章で論じるが、価値という概念の構築は、西アジアとヨーロッパでは発達経路における重要なステップであった。これをきっかけに古典世界で経済システムが発展し、さらにルネサンス期ヨーロッパを経て、現代の世界経済の発達にまでつながってくる。同じく個々の経路に固有の特徴である「金銭」の概念も、やはりここで発達した。こうした事情は発達経路によって異なり、他の地域ではヒスイなど別の物質や、貴重な鳥の色鮮やかな羽などが、各地の価値体系で中心的な地位を占めた。(p.171)

 ・・・以下、省略・・・