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 資本論用語事典2021
 『資本論』物神性と認知考古学

 コリン・レンフルー著 
『先史時代と心の進化』 

   ランダムハウス講談社 2008年発行


  資本論ワールド 編集部まえがき

  これから、コリン・レンフルーの『先史時代と心の進化』(2007年)第2部「心の先史学」を第4回に分けて紹介します。 
 第1回 『先史時代と心の進化』 第2部「心の先史学」 要約
 第2回 第2部「心の先史学」 抄録 
 第3回 「物質的関与と貨幣の読み取りかた」
 第4回 「象徴と価値について-認知考古学」

 なお、著者のコリン・レンフル―については、「ウィキペディア・フリー百科事典」に詳しい紹介がされていますので参考にしてください。
 
 『先史時代と心の進化』は、認知考古学から「商品の物神性」を読み解くための歴史的な素材を提供しています。コリン・レンフルーは 「物質的象徴」、 「制度的事実」そして 「物質的関与」 の概念を創始して、現代の「認知科学 cognitive science」に画期的な分析手段を創造しました。古代地中海世界のアリストテレスの時代から21世紀現代にいたるまで、商品世界 Warenwelt をおおっている「感覚的にして超感覚的な物 sinnlich übersinnliches Ding」の社会的自然属性の解明に役立ち、21世紀『資本論』の新しい探究が始まります。

  コリン・レンフルー Andrew Colin Renfrew 
 考古学者、先史時代言語学、黒曜石等放射性炭素年代測定の権威。1937年英国生まれ。1981年から2004年までケンブリッジ大学の考古学教授。同大のマクドナルド考古学研究所フェロー。英国学士院会員。邦訳書:『文明の誕生』『ことばの考古学』『考古学-理論・方法・実践』。
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.   認知考古学から「商品の物神性」を読み解くための文献集
  ー 認知考古学と 『資本論』 -

  テキスト概要案内・目次 下線部をクリックしてください-
 (1)   『先史時代と心の進化』 第2部「心の先史学」 要約  
 (2)   第2部「心の先史学」 抄録  
 (3)   物質的関与と貨幣の読み取りかた  
 (4)   象徴と価値について-認知考古学   

  ★関連資料:
      第1回 商品生産の考古学
      第2回 「価値形態論の考古学研究
      第3回 心の先史時代 スティーヴン・ミズン


 コリン・レンフルー著  先史時代と心の進化 

 (1) 第2部 「心の先史学」 要約 

 「心の先史学」 と商品の物神的性格の探索
     『資本論』 第1章 第4節 (岩波文庫p.133,134)
  以下3つの分析概念をキーワードとして、「商品の物神性」を参考事例として報告します。  『資本論』第4節商品の物神的性格の当該箇所(第6-8段落)と『先史時代と心の進化』の本文対比については、第2回 第2部「心の先史学」 抄録 を参照してください。
    キーワード 1.物質的象徴:   2.制度的事実:   3.物質的関与:

 (1) 『先史時代と心の進化』第2部「心の先史学」
 <要約・目次>
Ⅰ.ドナルドの発達段階・・・現代的心の起源・・・
  1. 最初は「出来事的」段階   2. 認知革命の「模倣的」段階への移行   3. 「神話的」段階
  4. 「物質的象徴」段階   5. 「理論的」段階
Ⅱ.認知考古学と物質的象徴
  1. 象徴の使用(発生)    2. 象徴表現がもたらす証拠
  3. 心の再定義-象徴の物質性と物心二元論の再検討-
  4. 価値という概念    5. 身体化した心・延長された心
Ⅲ.物質的関与
  1. 物質的世界の出会い    2. 重さの象徴としての重り
  3. 物心二元論(物質世界と認知世界の対比)を超える物質的関与アプローチ
Ⅳ.制度的事実
    人々の置かれた状況の身体化
Ⅴ.物質的関与と制度的事実
  1. 物質世界との新たな関係    2. 社会的概念と物質的現実
  3. 定住と食料生産・・・富の蓄積  
Ⅵ.制度的事実としての価値
  1. 新たな価値体系の発達    2. 商品という概念
  3. 計量制度と都市文明
Ⅶ.世界を理解する営みと「神の創造」
  1. 宇宙の中に位置づける    2. 宇宙を取り込む-王の埋葬に見る制度的事実
  3. エジプトにおける「神の創造」-物質的関与プロセスの頂点
Ⅷ. 資本論入門 (準備作業中)
   社会性と社会関係について、「心の進化と脳科学」そしてコリン・レンフルー理論

 (2) 第2部 「心の先史学」 抄 録 

   資本論ワールド編集部 まえがき

1. 商品の物神性とコリン・レンフルーのキーワード
   マルクスは、商品の物神的性格の分析にあたって、現代の「認知科学」の研究領域に該当する概念装置を活用しています。コリン・レンフルーの「認知考古学」によって、「物質的象徴」、「制度的事実」そして「物質的関与と制度的事実」が、「商品世界の物神性」解読に役立つことを学ぶことができます。

2. 『資本論』第1章第4節 商品の物神的性格とその秘密
       (第6段落から第8段落、岩波文庫p.132-135)
① 物の社会的な諸関係として現われる ・・・・・・・・・・・・・・・制度的事実
② 労働の社会的性格を労働生産物の価値性格の形式で反映する ・・・・・ 物質的象徴
③ 労働生産物を交換において「価値」として置く ・・・・・・・・・ 物質的関与と制度的事実


  ① 制度的事実   ・・・ 物の社会的な諸関係として現われる (第6段落)
  「 使用対象が一般に商品となるのは、もっぱらそれが相互に相独立して営まれる私的労働の生産物であるからである。 これらの私的労働の複合が社会的総労働をなす。生産者たちは、彼らの労働生産物の交換によって、はじめて社会的接触にはいるのであるから、彼らの私的労働の特殊的に社会的なる性格も、この交換の内部においてはじめて現われる。いい換えると、私的労働は、事実上、交換のために労働生産物が、そしてこれを通じて生産者たちが置かれる諸関係によって、はじめて社会的総労働の構成分子たることを実証する。したがって、生産者たちにとっては、彼らの私的労働の社会的連結は、あるがままのものとして現われる。すなわち、彼らの労働自身における人々の直接に社会的な諸関係としてでなく、むしろ人々の物的な諸関係として、また物の社会的な諸関係として現われるのである。 」(『資本論』第1章第4節岩波文庫p.132)

  ② 物質的象徴  
    ・・・ 労働の社会的性格を労働生産物の価値性格の形式で反映する (第7段落)
  「 労働生産物はその交換の内部においてはじめて、その感覚的にちがった使用対象性から分離された、社会的に等一なる価値対象性を得るのである。労働生産物の有用物と価値物とへのこのような分裂は、交換がすでに充分な広さと重要さを得、それによって有用物が交換のために生産され、したがって、事物の価値性格が、すでにその生産そのもののうちで考察されるようになるまでは、まだ実際に存在を目だたさせるようにはならない。この瞬間から、生産者たちの私的労働は、事実上、二重の社会的性格を得るのである。これらの私的労働は、一方においては特定の有用労働として一定の社会的欲望を充足させ、そしてこのようにして総労働の、すなわち、社会的分業の自然発生的体制の構成分子であることを証明しなければならぬ。
    これらの私的労働は、他方において、生産者たち自身の多様な欲望を、すべてのそれぞれ特別に有用な私的労働がすべての他の有用な私的労働種と交換されうるかぎりにおいて、したがって、これと等一なるものとなるかぎりにおいてのみ充足するのである。toto coelo (全く)ちがった労働が等しくなるということは、それが現実に不等一であることから抽象されるばあいにのみ、それらの労働が、人間労働力の支出として、抽象的に人間的な労働としてもっている共通な性格に約元されることによってのみ、ありうるのである。私的生産者の脳髄は、彼らの私的労働のこの二重な社会的性格を、ただ実際の交易の上で、生産物交換の中で現われる形態で、反映するのである。すなわち――したがって、彼らの私的労働の社会的に有用なる性格を、労働生産物が有用でなければならず、しかも他人にたいしてそうでなければならぬという形態で――異種の労働の等一性の社会的性格を、これらの物質的にちがった物、すなわち労働生産物の共通な価値性格の形態〔形式〕で、反映するのである。」(同p.134) 

 ③ 物質的関与と制度的事実  
  ・・・労働生産物を交換において「価値」として置く (第8段落)
  「 したがって、人間がその労働生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が、彼らにとって同種的な人間的労働の、単に物的な外被であると考えられるからではない。逆である、彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において価値として等しいと置くことによって、そのちがった労働を、相互に人間労働として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。 しかし、彼らはこれをなすのである。したがって、価値のひたいの上には、それが何であるかということは書かれていない。 価値は、むしろあらゆる労働生産物を、社会的の象形文字に転化するのである。後になって、人間は、彼ら自身の社会的生産物の秘密を探るために、この象形文字の意味を解こうと試みる。なぜかというに、使用対象の価値としての規定は、言語と同様に彼らの社会的な生産物であるからである。労働生産物が、価値であるかぎり、その生産に支出された人間労働の、 単に物的な表現であるという、後の科学的発見は、人類の発展史上に時期を画するものである。しかし、決して労働の社会的性格の対象的外観をおい払うものではない。この特別なる生産形態、すなわち、商品生産にたいしてのみ行なわれているもの、 すなわち、相互に独立せる私的労働の特殊的に社会的な性格が、人間労働としてのその等一性にあり、そして労働生産物の価値性格の形態をとるということは、かの発見以前においても以後においても、商品生産の諸関係の中に囚(とら)われているものにとっては、あたかも空気をその成素に科学的に分解するということが、物理学的物体形態としての空気形態を存続せしめるのを妨げぬと同じように、終局的なものに見えるのである。 」(同p.135)
   
3. 『先史時代と心の進化』
   「心の先史学」-物質的関与と価値という概念

  「・・・ 基本となる物質的現実が、多くの重要な象徴および象徴的関係を支えているという考え方は、重要である。象徴を定義する際、私たちは単に言葉をもてあそんでいるのではなく、個々の人間が関与するようになる物質世界の特徴を見つけ出そうとしているのである。さらに、この関与はすべての社会で起こるわけではない。社会の影響を受けやすく、実現するにはその社会が持つ他の特徴が整っていなくてはならない。特定の物質に高い価値があるという考え方は、新たなカテゴリーを構築することで生まれる制度的事実そのものである。
    しかし、「価値」という概念は脳が組織し心が作り出したものだが、自然界でそれなりの体験を積み、様々な物質の属性について知らなければ、こうした概念も生まれてこない。これも、物質的関与プロセスの一例である。したがって物質的関与アプローチでは、人々が置かれた状況を身体化する様相を重視する。また、身体化された現実が、知識や経験によって変わり、さらに私たちが現在の社会の中で発達させ利用するようになった様々な物質文化によっても変わることも認めているのである。 」

4. コリン・レンフルー著 『先史時代と心の進化』
    第1部 先史時代の発見  第2部 心の先史学


 (3) 『先史時代と心の進化』
   物質的関与と貨幣の読み取りかた

<コラム7>コリン・レンフルーの貨幣制度 20170705
       -商品の物神的性格の研究-
→ 価値のひたいの上には・
→ 「ヨハネの黙示録」新約聖書第13章
→ 商品の物神的性格とその秘密
    物質的関与と貨幣の読み取りかた
  コリン・レンフルー:『先史学と心の進化』「貨幣制度」
  「硬貨に認められた価値は、第六章で論じた「制度的事実」だ。硬貨に利用された高価な物質の「本来的」価値は(金であれ銀である青銅であれ)新たな形の物質的関与を象徴し、それによって行為者である人間は、こうした硬貨に認められた価値を利用して自分の日常を組み立て、世界を動かす方法を構築する。」
  カール・マルクス『資本論』「商品の物神的性格」
   「労働生産物が、価値である限り、その生産に支出された人間労働の、単に物的な表現であるという、後の科学的発見は、人類の発展史上に時期を画するものである。」
   <目 次>
   1. 資本論ワールド編集部 まえがき
① 価値のひたい   ② 社会的な象形文字  ③ 言語と同様に社会的な生産物
   コリン・レンフルー『先史時代と心の進化』 抄録
  2. 文字で書かれた歴史 
  3. 文字の使用と心の発達 ・・・物質的象徴の進化
  4. 貨幣制度と識字能力 ・・・貨幣の読みとりかた
  5. 硬貨の鋳造と物質的関与
  6. 制度的事実としての貨幣制度



 (4) 『先史時代と心の進化』 
  象徴と価値について・・・認知考古学

1. 象徴の使用

 認知考古学とは、現存する遺物から、過去の思考様式を推測して研究する学問である。この認知考古学が、人類の思考プロセスの変遷を探り、社会や文明が発達する裏で起きていた人類の行動の長期的変化を理解するための中心的アプローチとならなくてはならない。近年では課題として、対象とする古代共同体で人々の心がどのように働き、その働いた結果が人々の行動をどのように形成したかを知ることができる確実な方法論を打ち立てることが重視されている。(p.158、中略)

2. 象徴表現がもたらす証拠

 社会は象徴のカテゴリーによって組織されていると言っても過言ではない。さらに重要なことに、社会が違えば、組織している象徴のカテゴリーも違う。たとえば、象徴は世界を計測したり、計画を立てたりするのに使われる。新たな形の社会関係が作られると、それによって象徴は変わるし、また社会関係の方も、象徴を使うことで、個人間の行動を形作り規制しようとする。権威を示す象徴も、ある程度の規模の社会には必ず必要だ。さもないと、誰がどういう人物なのかわからなくなってしまう。警察官なのか検札係なのか銀行員なのか、それぞれの役割がきちんと認識されなくてはならない。外見的には、警察官は警帽でわかるし、検札係は制服か名札でわかる。銀行員は、身なりや座っている場所を見れば一目瞭然だ。こうしたことは、どれも象徴表現である。しかし、本をただせば、こうした社会的役割は制度の発達によって生まれるものだ。それぞれ、警察組織の成立、輸送手段の発達、金融機関の設立があって、初めて成り立つものである。
  先史学では、目の前に立ちはだかる課題として、こうした社会的カテゴリーや制度、特に統治制度と権力制度が、どのように始まり発達していったかを、より詳しく理解しなくてはならない。具体的な社会が、どのようにして組織されたのか? 農業生産は、どうやって調整していたのか? 社会の規模や成員を決める要因は何か? こうした疑問も、現代を研究する人類学者なら、ある共同体で数カ月生活し、その地の言語を習得すれば、すぐに答えを出すことができる。しかし考古学者は、成員がはるか昔に死に絶え、文字で書かれた証拠を何も残していない社会を研究しているのであり、答えをこれほど簡単に見つけることはできない。そうしたときに非常に役立つのが、象徴表現がもたらす証拠なのである。
 考古学者が死者の埋葬に強い関心を寄せているのは、実はここに理由がある。死者が一人一人埋葬されている場合、副葬品の中に、こうした象徴的な意味を持っていた可能性のある人工物が残っていることが多い。たとえば、支配者が役職の紋章とともに埋葬されている場合があり、これを詳しく分析することで、生前の地位について様々なことを解明できる。もちろん副葬品は社会考古学の基礎を築く可能性のある象徴の一例にすぎない。ほかの例は次の三つの章で取り上げることにする。
 また、構築段階の初期(後期旧石器時代)には、多くの社会が超自然的な事柄についても考えるようになり、他の世界と交信したり、来世とやり取りしたりするのに象徴を用いるようになった。これが宗魏の始まりである。後で詳しく見るように、この変化では物質的象徴が重要な役割を担っている。そのため多くの場合、こうした品々を通して超自然的な存在に対する信仰が生まれる経緯を追ったり、祭祀が発達する様子を調べたりすることができる。世界のどの地域であれ、宗教の誕生と発達と研究する際は、祭祀など象徴的行動の物的証拠を基礎として進めなくてはならない。 (p.162)

3. 価値という概念

 基本となる物質的現実が、多くの重要な象徴および象徴的関係を支えているという考え方は、重要である。象徴を定義する際、私たちは単に言葉をもてあそんでいるのではなく、個々の人間が関与するようになる物質世界の特徴を見つけ出そうとしているのである。さらに、この関与はすべての社会で起こるわけではない。社会の影響を受けやすく、実現するにはその社会が持つ他の特徴が整っていなくてはならない。ここでも、計量制度がいい例になる。計量制度は、異なる発達経路を進む異なる社会で、それぞれ独自に発達してきた。しかし、国家社会など非常に複雑な社会で現れることが多く、発達経路の初期段階ではあまり見られない。
 同様のことが、任意の物質が持つ固有の属性としての「価値」という概念についても言えるだろう。現代社会で、そうした価値が特定の物質または品物に固有のものだと最も強く実感できるのは、おそらく金と銀だろう。金を使っていたことがわかっている最古の遺跡はブルガリアのヴァルナである(ここから見つかった紀元前4500年ころの出土品の持つ意味については、第8章で論じることにしたい)。今日も、古典古代の世界と同じように、貴金属(金や銀など)と貴重な石(ダイヤモンドなど)には高い価値が付けられている。しかし、この事実をよく考えてみると、金には変色しないという特徴はあるが、実際のところ、貴金属や宝石に非常に役に立つ属性があるわけではない(工業用ダイヤモンドは別だと言ってもいいが、これも大きな宝石よりは「価値」が低いと見なされている)。「利用価値」は特に高くはないのだ。「交換価値」は高いと一般に認められているが、それは、魅力があると考えられているからであり、あるいは金の場合は、価値基準として現在広く認められて利用されているからである。また、高い価値を持つためには当然ながら、その品物が珍しいものでなくてはならない。苦もなく大量に入手できるようでは、だめなのだ。しかし、珍しいだけでは不十分である。金よりも希少なのに、通貨としては高価と見なされていない鉱石がたくさんあるからだ。
 ここで重要なのは、金に付与された価値は、ある意味、恣意的なものであり、その価値を認めた者にとっては現実なのだという点だ。これが、後で見る制度的事実である。金の価値は、それを認めた社会では現実のものとなり、人が日々の生活を送り行動を決める拠りどころとなる現実に変わるのである。しかも、どんな場合でも、その価値は物体や物質が本来持っていた固有のものだと実際に考えられている。                                        
 こうした議論は、ごく当たり前のことを改めて言っているだけと思えるかもしれない。しかし、これについて非常に興味深いのは、先史時代の初期には、金も含め、品物に固有の価値があるという考えがなかったことだ。これは、人類の歩みの中で生まれた考え方なのである。詳しくは第8章で論じるが、価値という概念の構築は、西アジアとヨーロッパでは発達経路における重要なステップであった。これをきっかけに古典世界で経済システムが発展し、さらにルネサンス期ヨーロッパを経て、現代の世界経済の発達にまでつながってくる。同じく個々の経路に固有の特徴である「金銭」の概念も、やはりここで発達した。こうした事情は発達経路によって異なり、他の地域ではヒスイなど別の物質や、貴重な鳥の色鮮やかな羽などが、各地の価値体系で中心的な地位を占めた。(p.171)
 ・・・以下、省略・・・