ピケティと現代シリーズ 2. 貨幣が滅ぶとき


      ピケティとグローバル資本主義


■目次

   第1章  『資本論』とグローバル資本主義 

   第1節 資本の世界性について 2月号 

  第2章  『21世紀の資本』 紹介
   第1回 ピケティ報告
   
第2回 ピケティ・コラム01 朝日新聞・仏ルモンド紙より
   第3回 貨幣が滅ぶとき   
岩村 充・朝日新聞インタビュー


 
 第1章 『資本論』とグローバル資本主義

 
    第1節 
資本の世界性について 2月号

  ■目次
第1章 資本主義の発展
第2章 資本のあけぼの
第3章 商人資本に関する歴史的考察
第4章 貨幣の資本への転化
第5章 資本制生産における価値法則

         <注>第1章から第5章の「資本の世界性について」はこちらをクリック



 第3章 商人資本にかんする歴史的考察   (『資本論』第3巻)


1) 資本主義社会の前段階においては、商業が産業を支配する。近代社会においてはその逆である。
もちろん、商業は、相互のあいだに商業が営まれる諸共同体の上に、多かれ少なかれ反作用するであろう。
商業は、享楽と生活維持を、生産物の直接使用よりもより多くその諸関係を分解する。商業は貨幣流通を増加させる。
それはもはや、単に生産の余剰をとらえるのみではなく、次第に生産そのものを蚕食して、
すべての生産部門を自己に依存させる。
といっても、この分解作用は、生産する共同体の性質の如何に懸かるところが大きい。

 
2) 商業と商業資本の発展は、到るところで、交換価値に向けられた生産を発展させ、その範囲を拡大し、
それを多様化し、そして世界化し、貨幣を世界貨幣に発展させる。

 それゆえ、到るところで商業は、種々に異なるその形態の如何を問わず、主として使用価値に向けられている既存の
生産組織の上に、多かれ少なかれ分解的に作用する。しかし、どの程度まで、それが古い生産様式の分解をひき起こすかは、
まず第一に、その生産様式の堅固さと内部構成との如何にかかる。
そして、この分解過程が、どこに帰着するか、すなわち、いかなる新たな生産様式が、
古いそれにかかわって現われるかは、商業にではなく、古い生産過程そのものの
性格にかかる。
古代世界においては、商業の作用と商人資本の発展とは、奴隷経済に結果する。

3) 都市産業が、そのものとして農村産業から分離されるに至れば、その生産物は、初めから商品であり、
したがってその販売には、商業の媒介を必要とすることは、事の性質上当然のことである。商業が都市の発展に依存し、
また他面では、この発展が商業によって規制されていることは、そのかぎりでは自明である。
とはいえ、産業の発展がとこまで商業と手を携えて進むかは、ここでは全く別の事情に懸かっている。


4) 16世紀および17世紀においては、地理上の諸発見に伴って商業において起こり、
商人資本の発展を急速に進めた諸大革命が、封建的生産様式の資本主義的生産様式への移行の促進
で、
一つの主要契機をなしているということには、疑問の余地はない―そしてまさにこの事実が、全く誤った諸見解を生み出した。
世界市場の突然の拡大、流通する商品の幾層倍化、アジアの生産物とアメリカの財宝とを、
我がものにしようとするヨーロッパ諸国民の競争、植民制度、これらのものは、生産の封建的諸制限の粉砕に本質的に寄与した。
しかし、近代的生産様式は、その第一期である工場手工業時代においては、そのための諸条件が、
すでに中世の内部で産み出されていたところにおいてのみ発展した。
たとえば、オランダとポルトガルとを比較せよ。そして16世紀および一部はなお17世紀においても、
商業の突然の拡張と新たな世界市場の創出とが、古い生産様式の没落と、
資本主義的生産様式の興隆とに一つの優勢な影響を及ぼしたとすれば、このことは、逆に、
すでにひとたび作り出された資本主義的生産様式の基礎の上で行なわれたのである。
世界市場は、それ自体、この生産様式の基礎を形成する。
他面、この生産様式に内在する、たえずより大規模に生産することの必然性は、世界市場の不断の拡張に駆り立て、
したがってここでは、商業が産業をではなく、産業がたえず商業を革命する。
今では商業覇権も、大工業の諸条件の大なり小なりの優勢に結びつけられている。たとえばイギリスとオランダとを比較せよ。
支配的商業国民としてのオランダの没落の歴史は、産業資本への商業資本の従属の歴史である。


5) かくして、三様の移行が行なわれる。第一には、商人が直接に産業資本家になる。
商業の土台の上に起こされた諸産業のばあいがそれで、ことに、商人によって原料や労働者とともに、
外国から輸入される奢侈品工業たとえば、15世紀にイタリアでコンスタンティノープルから輸入された
それのようなばあいである。第二には、商人が小親方を自分の仲買人とするか、あるいはまた直接に自己生産者から買う

商人は生産者を、名目上は独立のままにしておき、その生産様式を変化させずにおく。
第三には、産業家が商人となって、直接に大規模に商業のために生産する。


6) そして、個々の商人や特定の顧客のために生産することをやめて
  織布業者は、いまや商業世界のために生産する。

生産者がそれ自身商人である。商業資本はもはや流通過程だけを行なう。
元来、商業は、同職組合的および農村家内工業と封建的農業とを、資本主義的経営に転化させるための前提であった。
商業は生産物を商品に発展させる。
それは一部には、生産物のために市場を作り出すからであり、また一部には、新たな商品等価をもたらし、
また生産に新たな原料と補助材料を供給し、したがってまた、初めから商業を土台にして起こされる諸生産部門、
すなわち、市場および世界市場のための生産に基づくともに、世界市場から生ずる諸生産条件に基づいて起こされる、
諸生産部門を開くからである。
工場手工業がある程度まで強固になれば、そして大工業がそうなればなおさら、それはまたそれで市場を作り出し、
その商品によって市場を征服する。
いまや商業は、市場の不断の拡張を生活条件とする産業生産の召使となる。
たえず拡大される大量生産は、既存市場に氾濫を起こし、したがってたえずこの市場の拡大を、その制限の突破を、はかりつつある。
この大量生産を制限するものは、商業ではなく(商業が現存需要のみを表現するかぎりでは)、
機能しつつある資本の大いさと、労働の生産力の発展とである。
産業資本家は、たえず世界市場を前にして、彼自身の費用価格を、
単に自国の市場価格とのみではなく、全世界の市場価格と比較しており、またたえず比較せねばならない。
この比較は、以前の時代には、ほとんどもっぱら商人のことに属し、
かくして商業資本のために産業資本にたいする支配を保証する。

                   (第3巻第20章 商人資本にかんする歴史的考察



 近年世界中を沸かせた、ピケティの『21世紀の資本』。
いまやピケティとグローバルが経済世界の象徴となった感があるが、
『資本論』ワールドでも皆さんと一緒に学習してみよう。 600ページを越える『21世紀の資本』だけに、
一人で読み続けるのは骨が折れる。今日のところは、ほんの入り口から始めよう。



   第2章 第1回ピケティ報告


 まず、ピケティの全体像を見渡してみよう。


1.21世紀の資本』は、第1部 所得と資本、第2部 資本/所得比率の動学、
  第3部 格差の構造、第4部 21世紀の資本規制、以上4部構成となっている。

2. 以下の抄録と要約は著者本人による叙述を中心とし、できるかぎり原文の趣旨を生かすことに努力したが、
 誤解のある部分につきお気づきの読者はご連絡をいただきたい。

 検討の上、改善・訂正を行ってゆきたい。抄録や引用部分は「・」、編集による要約部分は「*」として、
 区別を明確にした
。 最後の「(p.・・)」は、本文の当該ページを示している。

  <ピケティの謝辞>
3. 本書は、主に富と所得の歴史的な変動を理解しようという15年(1998-2013)4にわたる研究に基づいている。
・・・大学時代の私のお手本だったアンソニーは、フランスにおける格差に関する私の歴史研究を初めて読んでくれて、
すぐにイギリスをはじめ何カ国もについての研究にとりかかった。
これは全部で20カ国をカバーし、所得格差の歴史的推移について最も包括的なデータベースとなった。
エマニュエルと私は米国を扱った。1970年から1980年にかけて、
トップ1%の所得がめくるめくほどの増大をとげていることを発見したので、
米国の政治論争においてこの研究はある程度の影響を持つにいたった。
また資本と所得に対する最適課税を扱った理論的な論文も共同でたくさん執筆した。
(本文謝辞)

<ピケティの序文>
4. ・はじめに
・富の分配は、今日最も広く議論されて意見の分かれる問題のひとつだ。
でもそれが長期にわたり、どう推移してきたかについて、本当にわかっているのは何だろう?
19世紀にマルクスが信じていたように、私的な資本蓄積の力学により、
富はますます少数者の手に集中してしまうのが必然なのだろうか?
・・・18世紀以来、富と所得がどう推移してきたかについて、本当にわかっていることは何だろうか
そしてその知識から、今世紀〔21世紀〕についてのどんな教訓を引き出せるのだろうか?
 本書で答えようとするのはこうした問題だ。そのデータは3世紀にわたる20カ国以上のものだ。
また格差の根底にある仕組みについて、もっと深い理解を与えてくれるような、新しい理論的な枠組みに基づいたものである。
(p.2)



5. ・マルクス ― 無限蓄積

・マルクスが1867年に『資本論』第1部を刊行したのは、リカードの『経済学と課税の原理』刊行のちょうど半世紀あとだったが、
・・・その頃にはすでに全面的に花開いていた工業資本主義の力学を理解することだった。
 当時の最も衝撃的な事実は、工業プロレタリアートの悲惨だった。
経済成長にもかかわらず、あるいは部分的にはそのせいもあって、
そして人口増と農業生産性向上からの大規模な人口脱出のおかげで、労働者は都市のスラムに殺到した。
1日の労働時間は長く、賃金はとても低かった。・・・
 実は、今日使えるどの歴史的なデータを見ても、賃金の購買力がかなり上がったのは、
19世紀後半 ― いや最後の3分の1世紀かもしれない ― になってからだった。
この長期にわたる賃金停滞は、フランスだけでなくイギリスでも見られるが、
この時期に経済成長が加速していたことを考えるとなおさら目立つものとなる。


国民所得に占める資本の比率―工業利潤、地代、建物賃料―は今日得られる情報源から推定できるかぎり、
英仏どちらでも19世紀前半に大きく高まった。・・・私たちの集めたデータを見ると、
第1次世界大戦まで格差が構造的に減った様子はない。
1870―1914年でうかがえるのは、せいぜいがきわめて高い水準で横ばいになったということでしかなく、
ある意味では特に富の集中増大を特徴とする、果てしない非博愛的なスパイラルなのだ。
戦争がもたらした大規模な経済的、政治的なショックがなかったら、
この方向性がどこに向かっていたかを見極めるのはとてもむずかしい。
歴史分析と、ちょっと広い時間的な視野の助けを借りると、
産業革命以来、格差を減らすことができる力というのは世界大戦だけだったことがわかる。(p.9)


実際、マルクスの主要な結論は、「無限蓄積の原理」とでも呼べるものだ。
つまり、資本が蓄積してますます少数者の手に集中してしまうという必然的な傾向だ。
これがマルクスによる資本主義の破滅的な終末予測の基盤となる。
資本収益率がだんだん下がってくるか(そうなると蓄積の原動力がなくなり、資本家同士の暴力的な紛争が起こる)、
国民所得における資本の比率が無限に上昇するか(そうなると遅かれ早かれ労働者たちが団結して反乱をおこす)、
いずれにしても、安定した社会経済的、政治的な均衡はあり得ない。・・・
・・・たしかに共産主義革命は起こったが、ヨーロッパの最後進国だったロシアで生じたもので、
ほとんどのヨーロッパ先進国は他の社会民主主義的な方向性へ向かった・・・(p.11)


・こうした制約にもかかわらず、マルクスの分析はいくつかの点で、いまだに有意義なものだ。
まず、出発点となる問題は重要だ(産業革命中の、空前の富の集中という問題だ)。
そしてそれについて、手持ちの手段で応えようとした。・・・
言い換えると、低成長だとマルクス主義的な無限蓄積に対して十分に拮抗できなくなる。
その結果として生じる均衡は、マルクスが予測したほど暗澹たるものではないにしても、かなり困ったものになるのはたしかだ。
蓄積は有限の水準で終わるが、その水準は安定を乱すほど高くなるかもしれない。
特に1980年代から1990年代以来、ヨーロッパの富裕国や日本で実現された、
きわめて高い水準の民間財産水準(国民所得の年数で測ったもの)は、マルクス主義の論理そのまま反映したものだ。(p.12)

・・・・・  ・・・・

以上が、第1回「ピケティ報告」となる。
 
★ピケティ著者略歴(Thomas Piketty)
 1971年、フランス・クリシ―生まれ.パリ経済学校経済学教授.社会科学高等研究院(EHESS)
 経済学教授.2007年からパリ経済学校教授
.


■マスコミ報道~ウィキペディア.フリー百科事典~から見たピケティ

「ピケティは社会党に近い立場をとっており、1995年から1997年まで社会党の経済委員会に参加していた[1]。
2007年の大統領選挙の際には、セゴレーヌ・ロワイヤルを支持して運動に関わり[27]、経済顧問を務めた。
ピケティはまた、ミシェル・ロカールとドミニク・ストロス=カーンが設立した組織であるヨーロッパを左に
(À gauche, en Europe) の科学政策委員会のメンバーを2003年11月11日から務めた。
2012年4月17日には、他の数多くの経済学者たちとともに、フランソワ・オランドへの支持を『ルモンド』紙上で表明した[28]。
しかし、2015年1月1日にはレジオンドヌール勲章の受勲候補を「だれに名誉を与えるか決めることは政府の役割ではない」
「政府はフランスとヨーロッパの経済回復に専念した方がよい」と述べて辞退するなどフランソワ・オランドと距離を置くようになった」
注1.
  
注1:AFP通信2015年1月2日「仏経済学者ピケティ氏、最高勲章候補を辞退 現政権批判で」  (2015年1月2日閲覧)

<アベノミクスについて>
週刊東洋経済の2014年7月26日号のインタビューでは野村明弘[33] 副編集長の
「日本はどちらかと言えば金融政策に頼りがちです。アベノミクスは資産バブルを誘発しています。」
との問いに対して「日本にとっては欧州や米国と同じように金融政策は魅力的だろう。
何十億円もの紙幣を印刷するのは簡単だからだ。」と語り、特定のセクターがバブル化して富が偏る危険性を指摘し、
アベノミクスのやり方は「間違い」だと論じた。
 ■
2014年12月22日の日本経済新聞のインタビューに対しては
「安倍政権と日本銀行が物価上昇を起こそうという姿勢は正しい。」と述べ、2-4%程度のインフレーション無しに
公的債務を減らすのは難しいとした。2014年4月の消費増税には否定的で、景気後退につながったとした。
 ■
2014年12月31日の朝日新聞のインタビューでは、グローバル経済のなかでのアベノミクスのインフレ政策が、
実際の物価上昇につながるかについて疑問を示した。またインフレが庶民の生活に影響する負の面にも触れ、
通貨発行による株価バブルの形成は特定のグループに大きな利益をもたらすなどとした。
ピケティはインフレ率を上げる唯一の方策として、賃金の上昇、特に公務員の給与をあげることを提案し、
それに加えてインフレによる悪影響のない、代替的なもっとも良い政策として、民間資産への累進課税を提示した。
2015年1月31日の日本記者クラブでの記者会見では「アベノミクスは格差を拡大する一方で、
経済は低成長になるという最悪の事態に陥るリスクがある。」とし、賃上げの強化を主張。
所得税の最高税率が高かった時代は格差が小さく経済成長率も高かったと分析し、
高齢者を中心とした富裕層への課税を提言。固定資産税への累進制の導入や相続財産への課税も主張する一方で、
低所得者層への課税の引き下げや若者に有利な税制改革を求めた。
日本の公的債務については「私は日本も欧州と同様に、資本への課税を増やすことを提言する。」と語り、
日本のように国民所得に比べて民間資本が大きい国は、労働所得に減税をし資本に増税するのが自然な解決策だとした。
逆に日本がしてはいけない事として「歳出削減」を挙げ、「予算を黒字化させて公的債務を減らすという、
オーソドックスなやり方」で財政問題を乗り越えたイギリスは、教育への投資を減らしたと指摘。
日本や欧州は「同じ轍を踏まない」ように求めた[34]。
2015年1月30日のニコニコ生放送における萱野稔人とのインタビューにおいても、
上述のイギリスの例を挙げた上で「成長に投資をし、教育に投資をし、次世代に投資をすることによって、
公的債務を急激に減らしていく方法がいい」と述べ、若干のインフレ誘導と若干の債務リストラクチャリングを
組み合わせるのが良い方法だとした。
注2.
ピケティは、消費税の増税が日本の所得格差を拡大させることを指摘した 。
注2
トマ・ピケティ氏
   「民主主義は闘争。誰もが関わらなければならない」と日本の若者にメッセージ
                                            blogos 2015年1月30日

<ピケティに対する識者の意見>
早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄は「日本において所得分布の不平等化が見られるとしても、
それは税制の変更や非正規雇用の増大といった別の要因によって引き起こされたものである」とし、
ピケティの主張は欧米を検証したもので日本経済には当てはまらないものであると述べている」
注3.
注3: ピケティの主張は欧米に対して検証したもので日本経済には当てはまらない。 

      ダイヤモンド・オンライン 2015年2月5日



★第1回ピケティとグローバル資本主義 2016年2月5日

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