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 第2章で引用される編集部の各(*注)については、引用先のヘーゲル論理学等について、後日リンクを作成しますので、ページ作成日のチェックをお願いします。 *2018.06.23




        『資本論』
 
第2章 交換過程 の “転化”  〔Verwandlung:姿を変えること〕 について

   交換過程―
商品の形態変化 ( Verwandlung ) ・・・『資本論』の形態学序論として・・・


 ― 
交換過程で、種類のちがう労働生産物がおたがいに事実上等しく置かれ、したがってまた、事実上商品に転化される ―



1.
 彼の商品は、彼にとってはなんら直接の使用価値ではない。そうでなければ、彼はこれを市場に心ってば行かない。商品は他人にたいする使用価値をもっているのである。彼にとっては、商品は直接には、交換価値の担い手であり、したがって交換手段であるという使用価値をもっているだけである


2.  すべての商品は、その所有者にたいしては非使用価値であり、その非所有者にたいしては使用価値である。商品は、こうして全般的に持ち手を換えなければならない。しかし、この持ち手変更がその交換をなすのである。そしてこの交換が商品を価値として相互に関係させる。さらにこれを価値として実現する


3.  あらゆる他人の商品は、彼の商品の特別な等価 〔 besondres Äquivalent:特別な等価物、同等のもの〕となっている。したがって彼の商品は、また他のすべての商品の一般的な等価 allgemeines Äquivalent となる。しかしながら、すべての商品所有者が、同一のことをするのであるから、いずれの商品も一般的の等価  allgemeines Äquivalent ではなく、したがって、諸商品は、それが価値として等置され、また価値の大いさとして比較さるべき、なんらの一般的相対的価値形態 allgemeine relative Wertform をもっていない〔*(注)〕



  
〔*(注1):一般的相対的価値形態 allgemeine relative Wertform、>普遍的な、他の一定の関係においての価値の形式をもたっていないこと 

 


4.
  彼らは、その商品をただ価値としてのみ、それゆえにまたただ商品としてのみ、相互に相関係せしめることができるのであるが、それをなすのに彼らは商品を、対立的に gegensätzlich 、一般的等価allgemeines Äquivalent として〔*注1〕のなんらかの他の商品にたいして相関係せしめていたのである。


 〔*注1:対立的に gegensätzlich 、一般的等価 allgemeines Äquivalent として> “意見が対立する”の場合での対立ではなく、(ヘーゲル小論理学119節にあるような)自己に固有の他者として、普遍的に同等なものとして

 

5.  しかし、ただ社会的行為のみが、一定の商品を一般的等価となすことができるのである。したがって、すべての他の商品の社会的行動は、諸商品が全般的にその価値を表示する一定の商品を除外する。このことによって、この商品の自然形態は、社会的に用いられる等価形態となる。一般的な等価であることは、社会的の過程によって、この除外された商品の特殊的に社会的な機能となる。こうして、この商品は ― 貨幣となる〔*注2〕



  〔*注2:この商品は貨幣となる > この商品は、特殊的に社会的な機能を有する商品ー貨幣商品となる



6.
  貨幣結晶 Geldkristall は交換過程の必然的な生産物である

交換過程で、種類のちがう労働生産物がおたがいに事実上
等しく置かれ gleichgesetzt、したがってまた、事実上商品に転化される〔 verwandel→verwandlung:姿を変えること。変態(動物学)〕。交換の歴史的な拡がりと深化は、商品性質の中にねむっている使用価値と価値の対立〔*注1〕を展開させる。この対立を、交易のために外的に表示しようという欲求は、商品価値の独立形態の成立へとかり立てる。そしてこの独立形態が、商品を商品と貨幣とに二重化することによって、終局的に確立されるまでは、安定し憩うことを知らない。したがって、労働生産物の商品への転化が行なわれると同じ程度に、商品の貨幣への転化が行なわれる〔vollzieht sich die Verwandlung von Ware in Geld〕.(40)。
In demselben Maße daher, worin sich die
Verwandlung der Arbeitsprodukte in Waren, vollzieht sich die Verwandlung von Ware in Geld.(40)



7.
  交換の絶えざる反復は、これを一つの規則的な社会過程〔*注3〕とする。したがって時の経過とともに、少なくとも労働生産物の一部は、故意に交換のために生産されなければならなくなる。この瞬間から、一方においては直接的欲望のための物の有用性と、その交換のための有用性との間の分裂が固定化するその使用価値はその交換価値から分離する〔*注4〕。他方において、それらが交換される量的関係は、その生産自身に依存するようになる。習慣は、それらの生産物を価値の大いさとして固定化する。(岩波文庫p.158)


 
  〔*注3: ヘーゲル小論理学 「a 生命」 217~222節参照

  〔*注4: その使用価値はその交換価値から分離する >
Ihr Gebrauchswert scheidet sich von ihrem Tauschwerte。scheiden →分離、関係を断つ、死別すること



8.  商品所有者が自分の物品を、ほかのいろいろな物品と交換し、比較する交易は、各種の商品所有者の各種の商品が、その交易の内部で同一の第三の商品種と交換され、また価値として比較されるということを必ず伴う。このような第三の商品は、各種の他の商品にたいして等価 Äquivalent となることによって、狭い限界内においてではあるが、直接に、一般的な〔普遍的な〕または社会的な等価形態 allgemeine oder gesellschaftliche Äquivalentform となる。・・・

 
商品交換の発達とともに、一般的等価形態は、もっぱら特別な商品種 〔besondere Warenarten:「*注3」の「a 生命」参照〕 に付着する、すなわち、結晶して貨幣形態 kristallisiert zur Geldform となる。どの商品種に付着してしまうかは、まず初めは偶然である。だが、大体においては二つの事情が決定する。貨幣形態は、あるいは、外域からのもっとも重要な交換品目に付着する。それらの物品は事実上、領域内生産物の交換価値の自然発生的な現象形態である。あるいはまた、例えば家畜のように、領域内の譲渡しうべき所有物の主要素をなす使用対象に付着する。遊牧民族が、最初に貨幣形態〔Form:形式〕を発展させる。というのは、彼らの一切の財産は動かしうる、したがって直接に譲渡しうる形態にあるからであり、また彼らの生活様式は、彼らをつねに他の共同体と接触させ、したがって、生産物交換をひき起こしていくからである〔*注5〕


  
*注5貨幣性商品の考古学:ヒツジと小麦参照〕



9.
  商品交換が全く地方的な束縛を突き破るのに比例して、したがって、商品価値が人間労働一般の体化物 Materiatur に拡がっていくのに比例して、貨幣形態は、本来一般的等価の社会的機能に適する商品、すなわち、貴金属に移行する。(岩波文庫p.160)


10.  貨幣商品の使用価値は二重となる。商品としてのその特別な使用価値、例えば、金は、むし歯を充填するためとか。奢侈商品の原料等々に用いられるほかに、その特殊な社会的機能から生ずる、一つの形式的な使用価値〔formalen Gebrauchswert:形式上の使用価値〕を得るのである


11.  すべての他の商品は、貨幣の特別の等価 besondre Äquivalente des Geldes にすぎず、貨幣はそれらの一般的等価 allgemeines Äquivalent なのであるから、それらの商品は、一般的商品 allgemeinen Ware としての貨幣にたいして、特別の商品 besondre Waren としてたいするわけである。



   ・・・~  ・・・~  ・・・~

  
以下の参考資料は、第2章交換過程の叙述を踏まえー根底にしてGrundlage
  『資本論』 第3章貨幣または商品流通 第2節流通手段 へと引き継がれてゆきます。

   
 a 商品の変態

 
 ~商品のこれらの対立的な形態は、
その交換過程の現実的な運動形態である~

1. 商品の交換過程は、矛盾したお互いに排除し合う関係を含んでいることを知った。商品の発達は、これらの矛盾を止揚しないで、それが運動しうる形態を作り出している。これがとりもなおさず、一般に現実の矛盾が解決される方法である。・・・中略・・・

2. 交換過程は、諸商品を、それが非使用価値である持ち手から、使用価値となる持ち手に移すかぎり、社会的な物質代謝である。・・・中略・・・
われわれは全過程を、その
形式的側面 Formseite から、したがって、ただ商品の形態変化 Formwechselまたは社会的物質代謝 gesellschaftliche Stoffwechsel を媒介する、その 変態 Metamorphose der Waren をのみ、考察しなければならぬ。

3. この形態変化を、きわめて不充分にしか理解しないのは、価値概念そのものにかんしてはっきりしていないのを別とすれば、次の事情によるのである。すなわち、ある商品の形態変化は、すべて二つの商品、すなわち、普通の商品と貨幣商品の交換において行なわれるということである。この素材的要素である商品と金との交換をのみ固執すると、人は、まさに見なければならぬもの、すなわち、形態について起こることを看過する。金は単なる商品としては貨幣でないということ、そして他の諸商品自身がその価格を金で表わすことによって、金は商品そのものの貨幣態容 Geldgestalt となっているということ、人はこれを見のがしている。

4.  商品は、まず最初は金メッキもされないで、砂糖もふりかけられないで、あるがままの姿で交換過程にはいる。交換過程は、商品の商品と貨幣とへの二重化を生ぜしめる。すなわち、一つの外的な対立 einen äußeren Gegensatz 〕 を生ぜしめる。この対立の中に、商品は、使用価値と価値の内在的対立を示しているのである。この対立において、諸商品は使用価値として、交換価値としての貨幣に相対する。他方において、対立の両側は商品である。したがって、使用価値と価値の統一である。しかしながら、この差別〔Unterschied:区別(ヘーゲル小論理学116節)〕の統一は、両極のおのおのにおいて逆に表示されている。そしてこのことによって、同時に、両極の相互関係が示されているのである。商品は現実に使用価値である。その価値たることWertsein:価値存在〕は、ただ観念的に価格に現われる。価格は、商品を、その実在的な価値態容 〔Wertgestalt:ヘーゲル自然哲学310節〕として対立する金に、関係せしめる。逆に、金材料 Goldmaterial は価値体化物 Wertmateriatur として、貨幣としてのみ働いている。したがって、貨幣は現実に交換価値である。その使用価値は、ただ観念的に相対的な価値表現の序列の中に現われるにすぎない。この表現において貨幣は、相対する諸商品に、これをその現実的な使用態容 Gebrauchsgestalt の全範囲として関係する。商品のこれらの対立的な形態は、その交換過程の現実的な運動形態である 」

 〔注:ヘーゲルの「小論理学」A現存在の根拠としての本質115、116節と「自然哲学」C統合された個体性の物理学a形態を参照〕
  ・・・以下、省略・・・