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 2019資本論入門12月号-2 デカルト革命—3
 資本論ワールドの科学史ハンドブック 12月号

デカルト革命400年 佐藤隆文『宇宙論への招待』

 ・・・
西洋コスモロジーの崩壊と回復―膨張宇宙の発見・・・
  
 ~ 「物質進化の旅」シリーズ第1回
     
デカルト・ニュートンと『宇宙論への招待』



  
資本論ワールド 編集部 

 デカルト革命—3
 -「デカルト革命400年と『資本論』のElementarform」を巡って、アリストテレスから「ヒッグス粒子」にいたる「物質進化の旅」を2000年有余の宇宙空間を歩んでいます。
 「物質進化の旅」シリーズ第1回として佐藤文隆著『宇宙論への招待』を報告します。この著書は1988年に出版され、
デカルト革命400年の探索に格好の題材が提供されています。ニュートンの陰に隠れがちですが、宇宙論科学史上 「デカルト革命」の道標の役割を果たしています。一般的な「哲学者」の解説とは一味違った読み応えを実感されるものと期待しています。

 『宇宙論への招待』は、「Ⅰ プリンキピアと宇宙」と 「Ⅱ 宇宙の中の物理」の2部構成となっています。
 「Ⅰ プリンキピアと宇宙」は、1 プリンキピアの成立、2 プリンキピアの構成、3 プリンキピアの宇宙論、4 天体宇宙の探究-ビッグバンの発見まで。
 「Ⅱ 宇宙の中の物理」では、5 宇宙のビッグバンと6 統一と多様性-素粒子論の展開 を中心に、現代の「宇宙論」の基礎概念が述べられています。
なかでも、特徴的な論点は、西洋宇宙論の変遷を「
コスモロジーの崩壊と回復」の観点から叙述を進めている観点です。編集部でも, 西洋コスモロジー・「ニュートン宇宙論の崩壊」と回復―膨張宇宙の発見について、中心にしぼって紹介・報告をしてゆきます。
 (A) デカルト・ニュートン的な近代科学の展開
 (B) プリンキピア-天体宇宙の考え方に与えた影響・西洋コスモロジーの崩壊
 (C) 膨張宇宙の発見から宇宙のビッグバン-現代のコスモス的宇宙観

 「デカルト・ニュートン的な近代科学の展開」をはじめ、現代のコスモス的宇宙観の詳細につては、別ファイル / デカルト革命の400年 ー 『資本論』の科学史ハンドブック 
11-1. 佐藤文隆著 『宇宙論への招待』 (抄録) を探索すると・・・-デカルトとニュートンの世界像-を参照してください。(2019.12.25 Up予定
 なお、佐藤文隆著『宇宙物理への道』岩波ジュニア新書2002年発行、山口幸夫著『ハンドブック原発事故と放射能』岩波書店2012年発行の2冊も「現代科学への招待」として、資本論ワールド科学史ハンドブックの書棚にUp出来れば、と来年の抱負です。

   
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 デカルト・ニュートンと『宇宙論への招待』

 *ニュートン「プリンキピア」の正式名 
  『自然哲学の数学的諸原理』(羅: Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica)

 

  佐藤文隆 『宇宙論への招待』


 〔序論〕
 ニュートンの「宇宙」― コスモロジーの崩壊

 
〔 1.西洋の伝統的宇宙観 〕
 
 ■
コスモロジー=世界のからくり図
 プリンキピアが招来した宇宙観に入る前に、ここで宇宙体系、コスモロジ一とは何であるかを考えてみる。「宇宙」という漢語は「空間=宇」と「時間=宙」を表す言葉であり、とくに価値意識を含んでいない。宙は由来の由とも通ずる字で、事物の因果的な流れの意味での時間である。「時」という漢語は季節の流れの時間である。
これに対し、
ギリシャ語に発するコスモスには調和、秩序といった価値が含意されている。化粧品を表すコスメティックとは同じ語源であり、「美しさ」の意味を共有している。天体宇宙をコスモスと重ねて呼ぶようになったのは、アルキメデスに始まるという。ギリシャ的審美は静的な完全性であったから、コスモスには要素が過不足なく調和して含まれている秩序ある体系がふさわしい。このコスモスについての世界観がコスモロジーである。
 ユニバースはラテン語に発するもので、普遍性の含意である。ワールドはより身近な世界である。プリンキピア第3篇は「世界」にあたるラテン語の「ムンド」に関するものである。
 いずれにせよ、コスモスの概念は天文学や天体物理学が対象としている宇宙と同一のものではない。では何の関係もないかといえば、そうでもない。実際、
アリストテレス・プトレマイオスの体系はコスモロジーであった。あれは決して太陽系のモデルなのではないのである。人々の世界体験を理解するための世界の“からくり図”であったのである。   
 コスモロジーは人々にとって意味のある空間に秩序を与えるものであるともいえる。あるいは、空間の意味構造である。中世の終りまで、人々の生活空間にも社会構造にも秩序構造が与えられていた。それが人々の行動、思惟の規範、規制、タブーを構成したが、同時にそれらは閉ざされた世界で保証された安らぎを与えてくれるものでもあった。
 もちろん、この「安らぎ」は抑圧でもあったから、秩序は決して安定ではありえなかった。それでも人々は、ギリシャ的な完全静的なコスモスと、現実の渾沌を仲介するコスモロジー、現実の渾沌を鎮めるコスモロジーを求めたのである。

 ■時間・空間の無意味化
 コスモロジーを前述のように限定した意味に用いるなら、
プリンキピアはコスモロジーを排除したものといえる。空間から意味構造を剝奪したのである。絶対的意味を持っていた宇宙の中心も、この世とあの世の境界である天蓋も姿を消した。コペルニクス説に無限の世界を見たブルーノにとっては、未だ諸「世界」の中心が存在していた。しかし、プリンキピアでは、各場所にも、各天体にも何の体系的な意味は与えられていない。太陽系からわれわれの認識が恒星や銀河の世界に拡大しても同様である。
 プリンキピアで招来された宇宙観の最大の特徴は、この意味を剝奪された時間・空間論である。物質がなくとも、変化がなくとも、時間と空間は絶対的なものとしてあるのである。時間には始まりとか終りとかいった絶対的意味のある部分が全然ない。無限に一様に流れるだけである。空間も、中心も辺境もない一様な無限空間である。有限では一様性が保たれないと当時は考えられた。

 ■普遍性を保証する「絶対」
 「絶対的」とは、時間・空間の性質が、そこに事物が持ち込まれても何の影響も受けないという意味である。事物の前に時間・空間を考えることは日常的な発想ではない。われわれは事物の変化と事物の間の空隙として時間と空間を感じる。われわれの関心はいつも事物に集中し、それを表現する枠組みとして時間・空間があるに過ぎない。そして、運動の動因をこれら事物間の関係として理解しようとする。ところが、プリンキピアでは、動因の一部を時間・空間の性質に属さしているのである。時間・空間と事物との関係に法則が普遍的に発現する保証を求めているのである。
 慣性の法則は時間・空間を単なる事物を容れる器としてでなく、運動法則の原因を担う物理的属性をそれらに賦与しているのである。すなわち、この慣性系に対して加速度運動すれば事物に力を働かせるという意味で、時間・空間は一つの物理的存在となったのである。運動法則の根拠を、天体の配置されたコスモスにではなく、無構造の時間・空間との関係に求めているである。
 この時間・空間が普遍的に存在することが、宇宙のどの場所、どの時刻においても運動法則が普遍的に成立することを保証しているのである。それはユニバースである。

 
〔 2. コスモスの解体 
 ■位階的構造と起源論
 プリンキピア以後、天体宇宙の研究は世界観をかけた研究ではなくなり、一つの個別科学へと変貌していくことになった。18世紀後半から19世紀初頭にかけて、ラプラスを頂点とする太陽系内の天体運行の研究は精緻を極めた。天体力学が新しい惑星を予言することさえあり、観測的な発見はすべてプリンキピアの威信を高めるのに奉仕した。コペルニクスからガリレオにかけて、世界観を決するものとして注目された天体運行という現象は、その役割を終え、プリンキピアの貫徹を証明する最も精密な実験データを提供するものに変った。天体力学の成功は「原因としての宇宙」というコスモスを完全に解体していった。・・・・
 
 ■恒星界の観測
 光学技術の進歩に支えられて、18世紀から19世紀にかけては望遠鏡も次々と大型化し、恒星世界の観測による探査が進展した。ウイリアム・ハーシェルとジョン・ハーシェルの親子、シャルル・メシエらによる観測は、二重星、恒星の運動、星雲、銀河、などを発見した。しかし、このような発見からは、それらが宇宙の法則を支配する新しい“しかけ”と関係するという発想はもはや生れなかった。それらの天体でもプリンキピアの法則が貫徹しているのであって、それらは「結果としての宇宙」なのである。存在することの必然性が明確でない、偶然的なものなのである。宇宙の具体物はすべてプリンキピアを体現したアトムの「作品」であって、「作品」は創造者の意図を読みとる手段としては必要な対象ではあっても、作品自体が宇宙を支配する原理になったりすることは決してないのである。神はプリンキピアの中に閉じ込められ、人々はプリンキピアでもって宇宙を見はじめたのである。
 ・・・・・中略・・・・

 〔A〕  ニュートンとデカルト 

 
1. 真理をめぐるニュートンとデカルト

 ニュートンは「仮説を立てない」といい、法則が「なぜ」そうなのかを問うことを自制し、「どのように」であるかで十分であるとした。しかし、法則が「なぜ真理なのか」については、超越的存在者としての神を持ち出しているのである。こうした弁明は当時としてはなんら奇異なものではなく、常識的な対応といえる。ニュートン白身もこれにそれほど重きを置いているとは思えない。
 この「なぜ真理なのか」をめぐって、旧来の考えに積極的に挑んだのはデカルトであった。超越的実在論に代って人間理性を根幹にすえた認識論が真理を保証すると考えた。18世紀にはいり、フランス啓蒙主義と結びついてプリンキピアは大きく発展させられた。これとともに、プリンキピアは人間理性の勝利と位置づけられ、デカルト的近代合理主義の華と讃えられることになる。・・・・

 ■延長と運動
 デカルトが物質に何らかの内在的性質を賦与して説明を行うことを拒否したのは、このアニマを排除するためであった。「悟性だけを用いるならば、物質すなわち普遍的な意味での物体の本性は、堅さや重さや色をもったもの、あるいはそのほかなんらかのしかたで感覚を刺激するものであるということに存するのではなく、長さ・幅・深さの延長を有するものであるということのみに存する」(井上庄七・水野和久訳、デカルト「哲学の原理」、野田又夫編『デカルト』(世界の名著第22巻)中央公論社、1967年、所収)という立場からすれば、二ユートンの重力論は「延長」以外の性質を物質に賦与した点において批判の対象とされる。
 しかし、この批判は、科学認識の発展的な性格を考えるなら、いささか酷であろう。あらゆる性質を「延長」と「運動」で説明するというデカルトの目標は彼岸ではあっても、初めから可能なのではない。ニュートンは質を持つアトムを認めており、デカルトと異なっている。
 今日では、銅と金の区別は、延長をもつ原子内部の差で説明できる。すなわち、デカルト的段階が実現されている。しかし、原子を構成する素粒子には、新たに内在的性質が賦与されている。だが、これらの性質を「ストリング」(弦)といった延長しかないものの運動の差によって導く努力もされている。このようにデカルトの夢にはたえず近づいてはいるが、完全に内在的性質を排除した理論は彼岸のものであろう。

 
 2. デカルトと近代
 ■理性=真理の保証

 デカルトは、ニュートンと並んで、近代科学の創建者といわれる。それは
彼の渦動説などの科学理論を指していうのではない。彼の哲学における「方法論」が現在につながる科学を支えているという意味である。先にも述べたように、ニュートンは近代科学を支えているこの哲学を実行しながら、意識においては旧体制に属していたのである。
 デカルトは真理の保証を神を頂点とする実在的な体系に求めず、人問の理性に求めたのである。デカルト自身は神にも隠遁者を遇するやり方で名誉ある地位を与えてはいるが、それは新しい考えにとって重要な部分ではない。
 彼は個人を重視する近代の開幕にふさわしく、盛んに自分の経験や体験を持ち出して哲学的議論を行った。「デカルト的懐疑」はその最たるものである。真理の基礎を探るため、彼は疑いうることをすべて疑うことから始める。感覚は幻覚であることがあるので信用できない。しかし、夢の中でも算術の論理が通用するのをみると、数学は物理学より確実である。しかし、数学でさえ、自分を誤らせる悪魔がいて、錯覚かもしれない、云々と。・・・

 ■二元論と機械論
 ガリレオの頃より自然学におこりつつあった「二元論」と「機械論」という二つの思想はデカルトの哲学によって完全に定着し、今日に至っている。「二元論」は精神界と物質界は二つの併存する独立の世界であって、おのおのは他に言及することなく探究できるという信念である。主観と客観、意識と物質、心と身体、といった問題は近代においても最大の関心事ではあったが、当面は二元論を維持するという節度を科学はあえて破らなかった。しかし、併存を前提とした研究は、今日ようやく両者の間にある垣根を低くする方向に進んでいる。
もう一つの「機械論」は自然を物質と運動でのみ捉えるアニマ排除論である。真理の根拠を人間理性に求め、人間の意識を唯一の開かれた窓とした。したがって、人間にとって一切が「原理的には」見通せるはずなのである。どのような小部分でも、機械のように不可知の部分はないはずなのである。
 「機械論」は、今日では、論理の単純さを批判する言辞になっている。また、「機械論」が示唆する決定論は、人間の自由のあり方に矛盾を持ち込む。しかし「機械論」の眼目は機械のように自然はすべて認識しえる要素から成るという信念にある。ただし、先にもふれたように、「認識」はたえず拡大はするが、常に不完全なものである。既知の要素で組み立てられた機械と考えてはならない。しかし、絶対的に認識しえない要素が自然に存在するという立場をとらないという意味においては、今日でも科学はデカルト機械論の信奉者である。
 このようにして、人類史上初めて、人間の精神活動の広大な領域が科学に託されるようになったのである。もちろんその後も、哲学的には科学の位置づけをめぐって種々な議論が繰り返された。しかし、二元論と機械論の枠内でも科学は十分に人間の精神活動を魅了しつづけてきたし、その果実は産業化され社会を変動さしてきたのである。この社会変動はもちろん、政治、経済、文化などの多方面にわたるが、この中で人々の精神構造を変えてきた原因としてデカルトとニュートンを無視することはできないであろう。デカルトは科学に明け渡されるべき領域を明示し、プリンキピアはその領域での巨大な第一歩であったのである。ニュートンの精神構造がまだデカルト的でなかったにせよ、客観的にはニュートンは近代を開く役目を演じたのである。

 〔B〕 プリンキピアの構成と意義

 
1. プリンキピアの構成
 ■幾何学のように
 今日、物理学を勉強するのにプリンキピアを繙く人はいないであろう。数学手段としてユークリッド幾何のみを使って書かれているので、現在の力学の教科書とは似ても似つかない趣きである。ニュートン自ら発見した微積分法(フラクション=流率法と呼ばれた)が一切姿を現さない。彼自身も実際の計算ではより便利な微積分法を用いたようであるが、当時まだ一般化していなかった段階でこれを用いたのでは、プリンキピアの本題に入る手前で論争になるのを恐れてこうしたのであるとされている。ユークリッド幾何は論理学そのものであり、「数学的に厳密」とは「ユークリッド幾何的」と同意義にとられていたのである。
 さらにこの幾何学には、数学的手段としてだけでなく、力学と重力の理論の提示する方法においても見習っている。すなわち、まず「定義」を述べ、その後に「公理」がくる。そして次に「命題」、「定理」が、「補助定理」などを経て「証明」され、さらにいくつかの「系」も導き出される。こうした厳格な論理構成を彼が「数学的」諸原理と呼んだ理由であろう。「数学的」とは、手段ではなく、数少ない公理から演繹的に命題が導出されることを意味している。
 このような記述の仕方は珍しいものである。自然科学の書では、まずいくつかの観測・実験をもとにした事象を述べるのが普通であるが、プリンキピアでは、観測・実験は演繹された命題や系を裏づけるものとして提示される。このような一見したところ逆転した提示の仕方がプリンキピアの最大の特徴である。

 
2. プリンキピア
第1篇 運動の物体について
 第1篇「運動の物体について」は14章からなり、円運動、円錐曲線上の運動それに放物運動を扱っている。・・・
第2編 媒質中の「物体の運動について
 第2篇は、抵抗のある媒質中の「物体の運動について」で、9章よりなる。トリチェリによる大気圧測定、パスカルによる高度による大気圧の変化、ゲーリケによる真空ポンプ、ボイルの法則、トリチェリらによる流体の動圧の考え、などである。・・・

 第3篇「世界体系について」の意義
 

 存在と法則

 プリンキピアは地上での運動法則と天体の運動法則との統一理論であるといわれる。具体的には、ガリレオの落下法則とケプラーの天体運行の三法則の統一というわけである。しかし、このような観点自体がすでにプリンキピア的なのである。
 プリンキピア第3篇は、「世界体系について」の標題が示すように、われわれをとり囲む「世界」の正体を述べたものである。「法則」ではなく「存在」について述べたものである。そして、今日では、「存在」に「法則」を適用して述べるのが普通である。そして、これこそがプリンキピア以後定着したわれわれの観念である。

 ■太陽系は一例題
 「アリストテレス・プトレマイオス宇宙体系の崩壊」というのは、運動の規則や天体の配置があれこれ変更されたということだけを指すのではない。存在としての宇宙を見る視点が変ったことを意味している。アリストテレスの自然学のなかで、天文学は公認の観測に基づく実証の科学であり、抜群の精密さを誇る学問であった。こうしてプトレマイオスの宇宙体系は精巧をきわめ、そのことによって自壊したのであった。では、その後にプリンキピアはどんな宇宙体系を招来したのであろうか。
 プトレマイオスの体系は、太陽、惑星などの太陽系内天体を素材にして組み立てられていた。プリンキピア第3篇は、この体系に何の先輩としての地位を与えることもなく無視している。プリンキピアの宇宙体系にとって太陽系問題は大して重要でない一例題の地位に格下げになったのである。もちろん、この問題は当時最も精密な実証的データが集積されたものであり、天体宇宙認識の再前線の問題であった。しかし、この現象に対してプリンキピアが行った分析は決してアリストテレス・プトレマイオス宇宙体系に代る宇宙論を提出したものではなかった。この宇宙論を壊す過程では、定量化されていた天体運行をめぐって激しく争われたが、その宇宙論が壊れた新しい観点から振り返ってみれば、この問題は大して重要でもないきっかけの一つに過ぎなかったわけである。

 ■
最大の関心は第3篇
 プリンキピアの四部構成について次のような二つの見方がありえよう。一つは、第三篇の天体論がクライマックスの結論的部分であって、他はそのための準備である、という見方である。この場合、第二篇の抵抗のある媒質中の運動の位置づけがあいまいになる。もちろんこれについてもデカルトの渦動説〔「デカルトの渦」参照〕を意識したもので、あくまでも天体論が貫いている筋道たといえないことはない。あるいは、地上の運動から媒質の効果を取り除いてみれば天体と同じ法則が成り立つことを示して、第三篇で用いる法則の地上現象での検証にあてた、という見方もできるかもしれない。しかし、いずれも無理な見方である。
 第二の見方は、序の「公理、運動法則」が全体の核心であって、第一篇はその展開のための数学的準備、第2、第3篇は対等な位置づけであって、それぞれ媒質中の運動と天体運動という個別問題への応用である、とするものである。天体論は流体などと同等な一つの応用問題だというわけである。今日の科学者は圧倒的にこの見方をするであろう。そのことは、いかにプリンキピアの洗礼を今日の科学者が受けているかの証しといえる。
 プリンキピア発表当時は、人々の関心は第三篇にあった。それは世界観のかかった古代以来の大問題であった。ニュートンも大分それを意識している。しかし、ニュートンは一時はこの第3篇をはぶいてプリンキピアを発表しようと考えたこともあった。重力法則でのフックとの先取権紛争もからんでいるし、またもう少し内容を完全にして発表したいという希望もあったためであろう。プリンキピアの改訂版のたびに第3篇の内容が補充されていることも、これを裏づけている。したがってニュートンがこれの四部構成をどう位置づけていたかは、必ずしも明白ではない。

 ■第3篇の現代的意義
 今日的観点からすれば、第3篇なしのプリンキピアの方が趣旨がすっきりしていたといえよう。第3篇の内容は相当に複雑な自然現象を相手にしているから、法則の応用においても相当に無理な近似を行わざるをえない。「数学的原理」というにしては、観測とのつき合せに相当多くのスペースが費やされている。したがって、第3篇は天体現象を扱う、プリンキピアに続く別の本とした方がすっきりする。しかし、プトレマイオスの体系を徹底的に一掃するには、天体論は一例題としての位置を遥かに凌ぐ歴史的課題を背負わされていたのである。こうしてプリンキピアでの天体論は、それ「以前」から見た場合と「以後」から見た場合とで異なる位置づけにならざるをえないのである。
 しかし、ニュートンは、この本の標題及び4部の配列の仕方においては、明らかに未来を向いていたといえよう。それは天体運行を一例題として見る視点とともに、太陽系を含む宇宙に関してもまったく新しい見方を導入することとなるのである。それは必ずしもプリンキピアで具体的に論じられているわけではないが、次第に人々の宇宙観を変えていったのである。



 〔C〕 膨張宇宙の発見から宇宙のビッグバン-現代のコスモス的宇宙観


 ■コスモスの回復
 宇宙ビッグバンの発見が持っている意味は、われわれの天体宇宙観についても重大な意味をもつ。プリンキピアはそれまでのコスモス的宇宙観を廃して、天体構造の無意味化を行った。しかし、ビッグバンの発見は、すべての天体、物質が一つの出来事の結果生じたものであるという意味での一体感を宇宙を構成するものの間に再び取り戻したのである。実際、ハッブルの膨張や宇宙黒体轜射は、宇宙の各部分が独立したものではなく、全体として有機的に作動している、ある実体の部分であることを如実にわれわれに教えている。
われわれは300年の歳月を経て、再びコスモスを捉えたといえるのである。
 宇宙のビッグバンを基礎にするなら、プリンキピアが想定したような、絶対的で不変な時間・空間の舞台で物質が、不変な法則に支配され、全体としての目的もなく相互に勝手な運動をしている、という見方は崩れてくる。
ビッグバンは、時間・空間も物質も一体として相互に関連して生まれ、法則も宇宙の物理状態の変化に応じて定まってきた歴史的な所産であることを含意している。このような見方を示唆する、いくつかの例を、われわれはこの本の後半でみるであろう。宇宙は再び法則の“しかけ”としての機能を取り戻すかもしれない。・・・・

・・・以上、デカルト・ニュートンと佐藤文隆『宇宙論への招待』、終わり・・・