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比例関係と方程式論の歴史的形成過程 <2>


       
資本論/価値方程式の形成


第1部 古代ギリシャ比例関係の伝統
 ―タレスからデカルトまで―
 1 タレス       ・・・ヘーゲル『哲学史』
 2. ピュタゴラス   ・・・ヘーゲル『哲学史』
 3. プラトン      ・・・『テマイオス』
 4. アリストテレス  ・・・『二コマコス倫理学』

― 比例関係と方程式論の歴史的形成過程― <3>
 5. 中世スコラ哲学とトマス・アクィナス
      シュヴェーグラー著『西洋哲学史』
      トマス・アクィナス『神学大全』
 6. デカルト -比例関係の発展と方程式論
      小林道夫著 『哲学の歴史 5 デカルト革命』
      佐々木力著 『デカルトの数学思想』 比例と方程式
      野田又男著作集 『デカルト研究』
      デカルト 『精神指導の規則』

第2部 ヘーゲル論理学「比例論」と資本論の価値方程式(資本論入門10月号)
 1. ヘーゲル論理学「比例論」
 2. 資本論の価値方程式
   1. 一般的労働時間の形成と比例関係
   2. 価値形態論と価値方程式



第1部 
古代ギリシャ比例関係の伝統 ―タレスからデカルトまで―

1. タレス (B.C.624年頃-546年:イオニア地方のサモス島生まれ)
 〔
ヘーゲル『哲学史』
 1. タレスからはじめて本来の哲学史が始まる。タレスの生涯はイオニアの諸市がクロイソスの圧政をうけた時にあたる。
クロイソスの没後(紀元前548年:リディア王国の最後の王)、自由の兆候が見えたけれどもまたこれらの都市の多くは
ペルシャ人によって征服された。タレスは、この惨事の後なお数年生きたと言われている。彼はミレトスの人であった。
彼の家柄はディオゲネスによれば、フェニキアのテリダイ家の人だという。

 2. 彼が老年になってエジプトにいたことは疑えないようである。そこで彼は特に幾何学を研究したといわれる。
タレスがピラミッドの高さをその影から、人間とその影の高さの比例関係によって計ることをエジプト人に教えたというのを
見れば、彼がそこで幾何学の研究をしたということは、あてにならないようである。比例の内容は、人間の影が
人間の高さに対する比が、ピラミッドの影がその高さに対する比に等しいというのである。

 3. タレスの「学校」
 紀元前590年頃、タレスはミレトスに戻ってイオニア哲学学校と呼ばれる学校を創立し、そこで科学、天文学、数学、
哲学を教えた。・・・・当時のギリシャ人は、この世の生はいろいろな神々のしわざで決まっていると信じていた。
その神話体系によれば、デメテルという神が作物を作り、動物を成長される。ディオニュソスという神は酒の味を
甘くしたり苦くしたりする。・・・・タレスは、神々に関する話を、出来事がそうなる理由の説明としては認めなかった。
世界がしかじかのふるまいをするのはなぜか、それを説明する理由は自然にあるにちがいないと確認していた。
 タレスはイオニア自然哲学の祖と呼ばれているが、物理現象を説明する自然の法則を探ることによって、
科学が発達する地ならしをした。

 4. 
タレスの「比例」   〔マイケル・J・ブラッドリー『数学を生んだ父母たち』
 タレスは学識のある人物だという評判が広まるようになった。どこへ出かけても、難しい問題を解決するための助言を
求められた。エジプトを訪れたときは、国王から、あるピラミッドの高さを求めるように依頼された。
この問題にどう取り組むかを考えているとき、日の光でできるものの影が、時刻が違えば長さも違うことを観察し、
自分の影の長さが自分の身長と同じになるときは、ピラミッドの影もプラミッドの高さと同じになると推理した。
この単純な原理を用いて、首尾よくピラミッドの高さを求めた。
 船が岸から離れているときに船の位置を正確に求めたい商人や船乗りも、その問題をタレスのところへ持ってきた。
岸に立って、港を出入りする船を見ると、その姿がどれだけ小さくなったかをもとにして、どれだけ離れているか、
推定できた。タレスは相似三角形―大きさは違うが、角どうしは等しい三角形―に関する知識を使い、この距離を正確に
求める方法を考えた。相似な三角形については、一方の三角形の二辺の比は、もう一つの三角形の対応する辺の比に
等しいことを知っていればこそのことだ。

 5. 数学と科学に対してタレスが及ぼした第一の影響は、理論的な基盤の必要性と論理的推論の止揚とを確立した
ところだった。タレスの自然哲学は、物理的現象にはすべて自然による説明があり、いろいろな現象は、
根底にある原理によって等一されるという思想を世に出した。幾何学の定理を初めて証明することで、
この分野の論理的構造を立て、数学に証明という概念を導入した。



 2. ピュタゴラス
 (B.C582-496年:イオニア地方のサモス島生まれ)
 〔
アリストテレス『形而上学』
 1. 「ピュタゴラスの徒」は、数学的諸学科の研究に着手した最初の人々であるが、彼らは、この研究をさらに進める
とともに、数学のなかで育った人々なので、この数学の原理をさらにあらゆる存在の原理であると考えた。けだし数学の
諸原理のうちでは、その自然において第一のものは数であり、そして彼らは、こうした数のうちに、あの火や土や水など
よりもいっそう多く存在するものや生成するものどもと類似した点のあるのが認められる、と思った、―ために、数の
これこれの受動態[属性]は正義であり、これこれの属性は霊魂であり理性であり、さらに他のこれこれは好機であり、
そのほか言わばすべての物事が一つ一つこのように数の或る属性であると解されたが、さらに音階の属性や割合[比]も
数で表されるのを認めたので、要するにこのように、他のすべては、その自然の性をそれぞれ数に似ることによって、
作られており、それぞれの数そのものは、これらすべての自然において第一のものである、と思われたので、その結果
彼らは、数の構成要素をすべての存在の構成要素であると判断し、天界の諸相や諸部分や宇宙の全機構となんらか
一致符号するところありと認められる属性があれば、かれらはこうした属性をことごとく寄せ集めて型にはめ合わせた。

 2. 明らかにかれらもまた、数を原理であると考え、諸存在の質料としての原理であると考えているとともに、
またその属性や状態を形成する原理でもあると思っている。



 3.  〔
ヘーゲル『哲学史』
 ピュタゴラスは長い間エジプトに滞在し、そこからサモスに帰って来た。しかし彼は、その間に祖国内部の政情が
乱れているのを見出し、やがてまたそこを去った。・・・・
 アリストテレスに出ているピュタゴラス哲学の古典的な文句、即ちその単純な根本原理は、「数がすべての事物の
本質であり、従って諸規定から成る全宇宙の組織は数とその諸関係との調和的体系である」となっている。この文句は、
いかなる意味に解すべきか。数の根本規定は度量[尺度]である。ところで我々が、すべてのものは量的または質的に
規定されていると言うときには、大きさと度量とは万物の中に存在するもののただ一つの側面、または一つの特性に
すぎない。ところが、このピュタゴラス哲学で言われている意味は、数そのものが諸物の本質であり、実体であって、
それの単なる形式ではないということである。

 4. 本質的なものとしての数規定の他の適用、或いは事例は音楽上の関係の中に見出される。数が規定的な役割を
演ずるのは何よりも音楽関係の場合である。ここでは、区別が数のいろいろの関係として表わされる。
そして音楽的なものを規定するこの方法は独特のものである。音相互の関係は量的区別に基づく。
量的区別は調和を形成するが、他のものは不調和を形成する。
 5. ポルフュリオスによれば、ピュタゴラス派は音楽をもって魂を啓発するもの、または教育的なものと見た。
ピュタゴラスは、音楽関係、即ちこの聴覚上の区別が数学的に規定し得るものであること、我々の聞く調音と不調音との
関係は数学的比例であることを洞察した最初の人であった。この主観的はな、聴覚上の単純な感情が、それ自身において
比をなしていることをピュタゴラスは見、しかもそれが悟性に属するものであるとした。そして一定の規則を与えることに
よって、それを悟性の対象とした。こうして最も単純な数的関係[比]の上に立つ基礎音の発見が彼に帰せられる。

 6. ピュタゴラスは鍛冶屋の仕事場の処を通ったとき、特別な諧調を出す音に気づいた。そこで彼は一定の和音を出す
鎚の重さの関係を調べ、それによって音の関係を数学的に規定した。そうして最後に、それを適用して、絃の上に試みた。
その際、彼はまず三つの関係、即ち第八度音程、第五度音程、第四度音程を取り上げた。絃音(或いは、それに類似の
もの、即ち吹奏楽器の管の中の気柱の音)が、その長さ、太さ、緊張度の三条件に依存することは周知のことである。

 7. 同一時間における振動数の相違が音の高低を規定する。太さと長さとが等しい場合には、この振動数もまた力に
比例する。第一の比においては、ヨリ強く緊張を加えられた絃は、他のものの2倍の振動をする。第2の場合には、他の
ものが2振動するとき、3振動する等々である。ここでは数が区別を規定する因子である。物体の振動としての音は、
量的に規定された振動または運動であり、空間と時間による規定だからである。或る時間内の数規定または振動数の
外には、相違に対する如何なる規定もないからである。それ故に数による規定が、ここほど切実に活らく処は他にはない。
なるほど、金属線と腸線との、肉声と吹奏楽器との間の質的区別もありはする。しかし、調和音を基調とする或る楽器の
音の他の音に対する本来の音楽的関係は数の関係[比]である。



 8.  〔
マイケル・J・ブラッドリー『数学を生んだ父母たち』
 ピュタゴラスは、惑星、太陽、月、恒星の動きの観察から、同じ比のパターンに基づく革新的な天文学の理論を考えた。
この説によれば、宇宙は球で、その外側の殻に恒星がはりつき、地球はこの球の中心にあった。惑星、太陽、月は、
地球を中心にして円軌道を描いて回る。ピュタゴラスはそれぞれの天体が軌道を一周するのにかかる時間を記録し、
各軌道の半径を求めた。ピュタゴラスの計算によれば、地球から7つの天体―月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星
―までの距離は、イからトに至る音階の7つの音と同じ比を生んだ。そこで、惑星が宇宙を動くときに、それは自然の
和音を生むとし、それを「天球の和音」あるいは「天球の音楽」と呼んだ。
 ピュタゴラスによる音程の数学的な比の発見は、音楽音響学の理論では、今なお基本的な成果となっている。
天球の和音という理論はギリシャ世界では広く受け入れられたが、後の科学者はそれを否定した。しかし天文学の他の
成果は正確だった。月食のときに地球が月に落とす曲線の影を観察して、地球は球形であると断じたし、地球は自転し、
明けの明星と宵の明星は同じ天体であることも正しく唱えていた。



 
3. プラトン (B.C.427-347年)
 1. 
シュヴェーグラー『西洋哲学史』1848年刊
 
 アテナイの古い名門の子としてアテナイに生まれ、20歳のときソクラテスにつき8年間接していた。
399年ソクラテスの死後、他のソクラテス学徒と一緒に祖国を去り、年長の学友でメガラ派の創始者である
エウクレイデスのもとへいった。メガラからキュレネ、エジプト、南イタリア、シシリアを旅行し、南イタリアでは、
当時全盛をきわめていたピュタゴラス哲学を知った。

 2. アテナイへ帰るとプラトンは多くの弟子を集め、父の遺産の荘園でアテナイ郊外に学校アカデメイアを設立した。
 3. プラトンの哲学的著作活動は3つの時期に分かれている。われわれはこれを、年代順あるいは伝記的には修業時代、
遍歴時代、円熟時代の著作期と名づけ、この時々の主な外的影響および機縁からすれば、ソクラテス的時期、
ヘラクレイトス=エレア的時期、ピュタゴラス的時期と名づけ、内容からすれば、反ソフィスト的=倫理的時期、
弁証法的あるいは媒介的時期、体系的あるいは構成的時期と名づけることができる。


 
4. プラトンの自然哲学
 1. プラトンの自然哲学は、自然の根本性質をなしている生成の概念によって、および善として理解されるとき自然の
あらゆる目的論的説明の根底にある真実在の概念とによって弁証法に結びついている。・・・・
自然研究をするようになったのはようやく晩年になってからであった。彼が自然研究にあてた対話篇は
ただ一つ『ティマイオス』のみであるが、これは他の対話篇よりも独自性が少なく、ピュタゴラス主義の色彩が濃い。

 2. そこに述べられていることをそのまま言うと、世界創造以前には、動かし熟慮する原理としてデーミウルゴス(世界の
形成者)があり、それと並んで一方には、永遠の原型として常に自己同一にとどまっているイデアの世界、他方には、
物質界の萌芽を含んではいるがまだ一定の姿も本質ももっていない、混沌として形のない、不規則な波動をなしている
塊がある。この二つの要素を混合してデーミウルゴスは世界霊魂、すなわち世界に秩序と運動をあたえるところの、
目に見えない動的原理(しかしそれ自身空間的拡がりをもっている)をつくる。デーミウルゴスはこれを巨大な網か
骨組のように、のち目に見える世界がもっているほどの大きさに八方に拡げ、これを恒星天と遊星天との2圏に分割し、
後者をさらに遊星軌道の7圏に分割する。この骨組の中へ、混沌たる塊が4元素に分かれることによって
現実性に達した物質界が造りいれられ、その内部向自は有機界の形成によって完成される。

 3.  『ティマイオス』に見られるこのような宇宙発生論のごこまでが神話でそこまでが哲学であるかを分けるのは困難である。
とくに、その歴史的要素、すなわち創造行為の時間的継起がどの程度までたんなる形式なのかを決定するのは困難であ。
世界霊魂のもつ意義はもっと明白である。プラトンの体系では魂は一般にイデアと物体的なものとの中間であり、
質料が形成され、個別化され、生命をあたえられ、支配される媒介物である。

 4. これとまったく同じように、プラトンにおいては、数もまたイデアと現象との間にある中間物であって、物質の総量は
数によって、多さ、大きさ、形、部分、位置、距離などの一定の量的関係にもたらされるのである。一口に言えば、境界の
区別もない魂でなく、算術的および幾何学的に組織されるのである。世界霊魂のうちでは、この二つのこと[魂と数の機能]が
合一されているのであって、それはイデアと質料との間にはいってくる普遍的な媒介物であり、質料にその形成と組織を
大規模にあたえる大きな世界図式、質料(例えば天体)をこの秩序のうちに保ちかつ動かし(回転させ)、この秩序ある
運動によって質料をイデアの真の映像とする大きな世界的力である。

<回顧>
 5. プラトンによってギリシャ哲学は、その発展の頂点に達した。プラトンの体系は、自然的および精神的宇宙の全体を
一つの哲学的原理から最初に完全に構成したものである。それはすべての高い思弁の原型であり、形而上学的および
倫理的観念論の原型である。ソクラテスによっておかれた単純な土台に立って、哲学の理念は、ここではじめて包括的に
実現された。ここで哲学的精神は完全な自己意識に達したのであって、それはソクラテスのうちではまだ、おぼろげで
おずおずした本能のようにしかはたらいていなかった。ソクラテスがはじめたものを完全な現実にまで展開するためには、
プラトンの天才の高翔が必要であった。しかしそれと同時にプラトンは、哲学を与えられた現実に観念論的に対立させた。
このことは、ギリシャ精神の本質に根ざすという以上に、プラトンの性格と時代に根ざすものであって、これはより実在論的な
物の見方によって補われなければならなかった。そしてそれはアリストテレスにはじまるのである。



 6. 
プラトン著『ティマイオス』  宇宙の統合と秩序に表われる比例関係
  

  『ティマイオス』 6

 1. それでは、生成する事物すべてとこの宇宙万有との構築者が、いったいどのような原因によって、
   これを構築したのかということを話しましょう。
 構築者は、すべてのものができるだけ。構築者自身によく似たものになることを望んだのでした。まさにこれこそ、生成界と
宇宙との最も決定的な始めだとすることを、賢者たちから受け入れるなら、それが一番正当な受け入れ方でしょう。
すなわち、神は、すべてが善きものであることを、そして、できるだけ、劣悪なものは一つもないことを望み、こうして、
可視的なもののすべてを受け取ったのですが、それはじっとしていはいないで、調子外れに無秩序に動いていましたから、
これを、その無秩序な状態から秩序へと導きました。それは、秩序のほうが無秩序よりも、あらゆる点でより善いと
考えたからです。・・・・
 2. 神は、理性を魂のうちに、魂を身体のうちに結びつけて、この万有の造作をまとめ上げましたが、それ本性上最も
立派で最も善き作品を完成したことになるように、ということだったのです。さて、このようにして、かのありそうな言論に
従えば、こう言わなくてはなりません。この宇宙は、神の先々への配慮によって、真実、魂を備え理性を備えた生きものと
して生まれたのである、と。・・・・

 3. じっさい、理性の対象となる生きものすべてを、かの宇宙のモデルが自己自身のうちに包括してもっていることは、
ちょうど、この宇宙が、われわれや、その他可視的なものとして構築された限りのすべての生物を包括してもっているのと、
同様だからです。つまり、理性によって把握されるもののうちでも、最も立派な、あらゆる点で完結しているものに、
一番よくこの宇宙を似せようと神は欲したので、自分自身のうちに生来自分と同族である生きものすべてを含んでいる
ような、一個の可視的な生きものとして、この宇宙を構築したのです。
 4. ところで、生じたものと言えば、これは物体的なもの、可視的・可触的なものでなくてはなりません。ところが、火を
欠いては、どんなものもけっして可視的なものとはなりえないでしょうし、また、何か固体のものがなくてはどんなものも
可触的なものとはなりえず、土なしには何ものも固体とはなりえないでしょう。こうしたことから、この万有を構築しはじめるに
あたって、神はこれを、火と土とから作ろうとしたのです。ところが、二つのものが、第三のものなしに、二つだけでうまく結び
合わさることはできなせん。というのは、一種の絆のようなものがその両者の中間にあって、それらを結合させるものに
なってくさなければならないからです。ところが、絆のうちでも最も立派なものと言えば、それは、自分が結び合わせる
当のものを、さらに自分自身とも最大限に一体化させるものがそれでしょうし、またこのことを、その本性上、最も見事に
やってのけるのが、比例〔注1〕というものなのです。

  
〔注1:訳者の注「比例(もしくは類比)類似άναλογίαアナロギア」は、ユークリッドの定義によると、
   「第一の数が第二の数の何倍か、何分の一か、何分の何かという関係が、第三の数の第四の数に対する
   それらの関係と同じである時、それらの数は比例関係を持つ」(『原論』第7巻定義21〕)〕


 5. というのは、三つの数のうちで、任意の立法数なり平方数なりの間に中間となるものがあって、初項対中項が、
中項対末項に等しく、また逆に、末項対中項が、中項対初項に等しいという関係がなりたっているとすると、その場合には
いつでも、中項は初項にも末項にもなり、また、末項と初項は、両者ともに、今度は逆に中項となるものなのでして、
このようにして、すべては必然的に同じものがという結果になるでしょうし、お互いとの関係で同じものになるのだとすると、
そのすべては一つだということになるだろうからです。
 6. さて、この万有の身体が、・・・・実際には、立体的なものであるのが、宇宙の当然のあり方でなくてはならなかった
のですし、また、立体の場合は、けっして一つの中項がではなく、いつも二つの中項がこれらを結び合わせるのです。
まさにこのようなわけで、神は、火と土の中間に水と空気を置き、そして、それらが互いに、できるだけ比例するように
仕上げました。つまり、火対空気が空気対水に等しく、また空気対水が水対土に等しいように仕上げたのでして、こうして
可視的で可触的な宇宙を、結び合わせ、構築したのでした。そして、以上のような理由によって、また以上述べたような数に
して四つのものを材料にして、この宇宙の身体は、比例を通じて整合され生み出され、またそのところから親和力を
得たのでして、その結果、それは、自己同一的な一体をなして結合し、これを結合させた当事者以外の何ものによって
解かれえないものとなったのでした。
 ・・・以下省略・・・



 
4. アリストテレス (B.C.384-322年)
 
1.
 シュヴェーグラー『西洋哲学史』1848年刊
 アリストテレスは、紀元前384年トラキアのギリシャ植民市スタゲイラに生まれた。父二コマコスは医者で、マケドニア王
アミュンタスの侍医であった。後年アリストテレスがマケドニアの宮廷に招かれるようになったのは、父が侍医であった
関係によるところがあると思われる。17歳でアテナイへ行ってプラトンの門に入り、20年間プラトンの死までその教えを
うけた。プラトンの死後アリストテレスは小アジアのアタルネオシのところへ行き、その後マケドニア王フィリッポスに招かれて、
当時13歳であった王子アレクサンドロスの教育にあたった。335年アリストテレスはアテナイへ帰り、リュケイオンで教えた。
 
 
2. アリストテレス哲学の一般性格と区分
 プラトンではまだ形式からいっても内容からいっても民族的であった哲学は、アリストテレスとともに普遍的となり
ギリシャ的特殊性を失う。プラトンの対話篇は飾り気のない散文に変わり、神話と詩的表現とのかわりに堅実で冷静な
述語があらわれる。プラトンでは直観的であった思考がアリストテレスでは論証的になり、
プラトンの直接的な理性直観はアリストテレスでは反省および概念となる。
 3. アリストテレスは、かれ以前には知られていなかった多くの学の創始者である。かれは論理学の父であるばかりでなく、
また倫理学、美学、博物学、心理学、〔生物学、自然哲学〕、自然法の父である。

 
4. 論理学と形而上学
 両者の概念および関係。「形而上学」という名称は、アリストテレスの注釈者たちによってはじめてつくられたのであって、
なぜこう呼ばれたかと言えば、この著作がアリストテレスの全集のうちで自然学の後に置かれていたからである。
プラトンは形而上学を弁証法と読んでいたし、アリストテレスは「第一哲学」という名称を用いている。これにたいして、
自然学が「第二哲学」なのである。第一哲学と他の諸学との関係をアリストテレスは次のように規定している。
あらゆる学は特定の領域、特殊の存在を選んで研究し、存在一般の概念を取扱わない。したがって、他の諸学が経験から、
あるいは仮説的にとり上げているものを、あらためて研究の対象とする学が必要である。第一哲学は、他の諸学が
特定の具体的存在を取扱うに反して、存在としての存在を研究することによって、これをなすのである。



 5. 
アリストテレス著『二コマコス倫理学』
 
    『資本論』のアリストテレス : 「巨人の肩の上のマルクス」は、『経済学批判』(1859年)において、
    アリストテレスの引用から始めている。(『資本論』では第2章交換過程で引用)
 
 
「何故かというに、各財貨の使用は二重になされるからである。・・・その一つは物そのものに固有であり、他の一つは
 そうではない。例えていえば、サンダルの使用は、はきものとして用いられる共に交換されるところにある。両者共に
 サンダルの使用価値である。何故かにいうにサンダルを自分のもっていないもの、例えば食物と交換する人も、サンダルを
 利用しているからである。しかし、これはサンダルの自然的な使用法ではない。何故かというに、サンダルは交換される
 ためにあるのではないからである。他の諸財貨についても、事情はこれと同じである。」


 
アリストテレスの時代(紀元前400年~300年頃)から、商品交換に伴う分析が開始されていること、何故だろう? 
近代社会でもなく、中世ヨーロッパでもない。また、何故アリストテレスが引用されるのだろうか。
 こうした疑問を持ちながら、古代ギリシャ探索の旅へ出発しよう。

 アリストテレス哲学のなかでも、特に古代ギリシャの一般的な思考形式が解りやすく出ている『ニコマコス倫理学』から
スタートしてゆきます。
 アリストテレスの比例論が、『資本論』において、以下のように活用されている。
  第1章第1節 5段落
  「
交換価値は、まず第一に量的な関係〔比例関係〕として、すなわち、
  ある種類の
使用価値が他の種類の使用価値と交換される比率〔比例〕として、
  すなわち、時とところとにしたがって、絶えず変化する
関係〔比例関係〕として、現われる。」
  Der
Tauschwert erscheint zunachst als das quantitative Verhaltnis, die Proportion, worin sich Gebrauchswerte
  einer Art gegen
Gebrauchswerte anderer Art austauschen, ein Verhaltnis, das bestandig mit Zeit und Ort wechselt.


 
アリストテレス 『ニコマコス倫理学岩波文庫 〔比例論〕
 

 2巻6章〔比例における「中」〕

 われわれは、徳・アレテ―とは「状態」である、いかなる性質の「状態」であるか
すべて「アレテ―」(徳ないし卓越性)とは、それを有するところのもののよき「状態」を完成し、そのものの機能を
よく展開せしめるところのものである、といわなくてはならない。
たとえば眼の「アレテ―」とは眼ならびに眼の機能をしてよきものを見ることできる。同じように人間の「アレテ―」とは、
ひとをしてよき人間たらしめるような、すなわち、ひとをしてその独自の「機能」をよく展開せしめるであろうな、
そうした「状態」でなくてはならない。
 
 徳・アレテ―というものの本性はいかなる性質のものかということを考察することによって―
 すべて連続的にして可分割的なものにおいては、われわれは「より多き」(プレイオン)をも、「より少なき」(エラットン)をも、
「均しき」(イソン)をも取ることができる。そしてそれも、ことがらそれ自身に即してであることもできるし、
またわれわれへの関係においてであることもできるのでのである。「均〔しさ〕とは、過超〔超過〕と不足との何らかの
意味における「中・メソン」にほかならない。
 ・・・たとえば、もし10では多いが2では少ないというとき、ことがらに即して「中」をとるならば6が「中」である。
それは均しきだけを超過しまた超過されているからであり、すなわち算術的比例における「中」項にあたる。<注17>
 だがわれわれへの関係における「中」はそんなふうにして決定されることができない。けだし、もしそうだとするならば、
10ムナでは食べ過ぎであるが2ムナでは足りないという場合、体育指導者は6ムナの食物を命ずればいいことになる
であろう。実際はしかし、6ムナでは、おもうに、それを取るべきひとによってあるいはは多くあるいは少ない。
 ・・・かくして、すべて識者は超過と不足を避け、「中」を求めてそれを選ぶ。ただし、この場合における「中」とは、
ことがらに即してのそれではなく、われわれへの関係におけるそれなのである。

  訳者<注17>
  a/b = c/d という関係のみならず、a-b = c-d という関係も広義において比例(アナロギア)と呼ばれ、
  前者は幾何学的比例、後者は算術的比例と呼んで区別される。
  ただし、厳密な意味においては「比例」とは前者であり、単に比例というときはこれを意味している。
  (たとえば*1133a「比例に即して均等」のごとき。)同じく「中」項(メソン)というのにも幾何学的と算術的との区別があり、
  これらは詳しくいえば「幾何学的比例における中項」と「算術的比例における中項」である。

  「中項」というのは連続比例
(*1131a以下を参照)を予想している。
  (両種の比例についてそれぞれ a/b = b/c , a-b = b-c という連続比例が得られ、その中項が語られるのである。)
  連続比例はわれわれの用語法に移せば数列にあたる。
  『算術的比例における中項』とは、だから、われわれの用語法でいえば、「算術中項」すなわち「等差中項」にあたる。
  (こうした用語はいずれもピュタゴラス学派に起原する。)
                    *1131a 岩波文庫p.180 連続比例:1項が2項として繰り返しでてくる。
                    *1133a 岩文庫波p.186 比例的な対応給付、対角線的な組み合わせによる。



 
 『二コマコス倫理学』 5巻の内容は以下のとおり。 
 1章 正義と不正義の性質について正義とはどのような性質の中庸か、「正しい」とは何と何との「中」かを考察。 
 2章 正しい:配分関係として
 3章 不正なひと:不均等なひと、均等について
 4章 正しきを回復する矯正的:比例に即して
 5章 応報を得ている:比例給付  〔
貨幣について
 6章 不正、不正義:均等の観点
 7章 自然法的、人為法的
 ・・・・8章 ~11章、以下省略・・・・

 
5巻 1章 正義と不正義の性質について
 
 われわれは、「不正なひと」(アディコス):一方では「違法的なひと」他方では過多をむさぼりがちな「不均等なひと」。
正しいひととは、「適法なひと」ならびに「均等を旨とするひと」。してみれば、「正」とは、適法的なということと均等的という
こととの両義を含み、「不正」とは、違法的ということと不均等的ということとの両義を含む。 ・・・
かくして、われわれが正しい行為と呼ぶところのものは、一つの意味においては、国という共同体にとっての幸福または
その諸条件またはその諸条件を創出し守護すべき行為の謂いにほかならない。

 2章 徳の一つのしての「正義」
 
 「不正な」:違法的と不均等的。「正しい」:適法的と均等的。
 ・・・特殊的な「正義」の、ないしはこれに則した「正しい」ということの一種は、名誉とか財貨とかその他 およそ国の
公民の間に分かたれるところのものの配分におけるそれであり、他の一種は、もろものの人間交渉 において
矯正の役目を果たすところのそれである。

 
3章 不正なひと:不均等なひと、均等について

 明らかに、不均等ということに対してその「中」にあたるものが存在する。「均等」がそれである。・・・・
「不正」とは「不均等」ということだとするならば、「正」とは「均等」を意味する。・・・
さらに、「価値に相応の」という見地から見てもこのことは明らかであろう。けだし、配分における「正しい」わけまえは
何らかの価値(アクシア)に相応のものでなくてはならないことは誰しも異論のないところであろう。・・・
 してみれば、「正」ということは「比例的」(アナロゴン)ということの一種にほかならない。
 (比例的ということは単に抽象的な数に固有ではなく、総じて数的なるもの全般に属している。)
 比例(アナロギア)とは、すなわち、比と比との間における均等性であり、それは少なくとも4項から成る。 
不連続比例が4項から成ることは明らかであるが、連続比例の場合もこれと同様である。
1項が2項として用いられ、繰返し出てくるのだからである。たとえば線分Aが線分Bに対するは線分Bの線分Cに
対するごとくであるといったように― 。線分Bが、だから、二度出てくるのであり、したがってもし二度措定されれば
比例項は4項となるわけである。
 
 「正」ということも、だから、すくなくとも4項から成り、その比が同一なのである。
すなわち、人間と人間の間、配分さるべき事物と事物の間の区分が同様なのである。
だからしてAがBに対するはCがDに対するごとくであるだろうし、だからまた、これを置換すれば、
AのCに対するはBのDに対するごとくであるだろう。
したがって全体の全体に対するもまた同様である。全体とは配分を受けてそれと結合された全体を意味する。
もしかような仕方で付加が行われたならば、それが正しい結合の仕方なのである
<注28>
かくしてAをCに,BをDに組み合わせるということが配分における「正」なのであり、この場合の「正」は
比例背反的なものに対する「中」ほかならない。けだし、比例的ということが「中」なのであり、「正」は、しかるに、
比例的ということなのだからである。このような比例を数学者は幾何学的比例(アナロギア・ゲオーメトリケー)と呼んでいる。
<注30>
  事実、幾何学的比例においては、全体の全体に対するは両者それぞれの両者それぞれに対するがごとくなのである。
<注31>
  また、いまの場合の比例は連続比例ではない。人と事物とが数的に単一なる項とはなりえないからである。
  「正」とは、かくして、このこと、つまり比例的(アナロゴン)ということであり、「不正」とはこれに反して比例背反的
  (パラ・ト・アナロゴン)ということである。・・・・ かくして「正」の一つの種類は以上のごときものである。
   
<注28>
    AとBを人間、CとDを「配分さるべきもの」とする。いまA:B=C:Dならば置換によって、A:C=B:Dであり、
   またA:B=C:D=A+C:B+Dである。 A+C、B+DはAがCを得、BがDを得た状態を示す。かようにAとBとの比は
   それぞれがCとDを獲得して後も獲得しないときと
   同じであるとき、A・Bに対するそれぞれC・Dの配分は正しい。
  
<注30> 
    幾何学的比例― これがわれわれが単に比例と呼んでいるもの― は次章にいうところの
    算術的比例に対する。
<注17> 「正」ということは、事態に応じてこのいずれかの意味における「比例的」と
    いうことにおいて成立する、とアリストテレスは考えた。
  
<注31> A:B=C:D=A+C:B+D



 
4章  回復をするための矯正的、算術的比例

 共同的なもろもろの事物の配分にかかわるところの配分的な「正」は常に上述のような比例〔幾何学的比例〕 に
即している。 いまのようなもろもろの人間交渉もおける「正」とは、算術的比例に即してのそれである。
<注33>
法の顧慮するところはただその害悪の差等のみであり、どちらかが不正をはたらきどちらかがはたらかれているということ、
どちらかが害悪を与えどちらかが与えられたということが問題なのあって、法は彼らをいずれも均等なひとびととして取扱う。
したがって裁判官が均等化しようと努めるところのものは、こうした意味における「不正」―「不均等」がそこに存するのだから―
 にほかならない。
・・・だからして、裁判官は、一方から利得を奪うことによって罰という損失でもってその均等化を試みるのである。・・・
「均等」とは、ここでは、算術的比例に則しての、多と少との「中」にほかならない。 
 
<注33> 算術中項もあたる。 <注17> これはわれわれの用語における「平均」である。


 
5章 比例に即した均等的なものを配分する
  
 
〔貨幣について〕
  一部のひとびとにあっては、「応報をえている」ということが、そのまま、「正」ということにほかならない、
 と考えられている。・・・交易的な共同関係においては、やはり このような「正」がその楔となっていることは
 あらそえない。もちろんそれは、比例に基づく応報的な「正」であって。単なる均等性に則してのそれではないが― 。
 比例的な対応給付が行われるのは対角線的な組み合わせによる。
 Aは大工、Bは靴工、Cは家屋、Dは靴。この場合、大工は靴工から靴工の所産を獲得し、それに対する
報償として自分は靴工に自分の所産を給付しなくてはならない。
 それゆえ、まず両者の所産の間に比例に即しての均等が与えられ、その上で取引の応報が行われることによって、
いうところの事態は初めて実現されるであろう。もしそうでないならば、取引は均等的でなく、維持されもしない。
事実、一方の所産が相手方の所産以上のものであるような事例は充分ありうるのである。
だからして、両者の所産は均等化されることを必要とする。
(このことは他の諸技術の場合にあたっても同様である。けだし、能動の側が一定の量の一定の性質のことがらをなせば、
受動の側はそういう量のそういう性質のそれを受動する、ということがないならば、技術は滅びるほかはないだろうから
である。)
<注43>
 
 
<注43> 能動者つまり技術者はその対象(受動するもの)に自己のいわば労働時間(=量)と技術(=質)
  とをつぎ込む。工作品はこれをそのまま体現して、ここにその価値たとえばC(いわゆる「自然価格」)を
  持つにいたる。技術が技術たる異議はここにあり、また、たおてば家と靴の価値(CとD)のあいだに
  C=xDという等式の成立する所以もここに存する。
           
  詳言すれば、かような共同関係の生ずるのは二人の医師の間においてではなくして、
医者と農夫との間においてであり、総じて異なったひとびとの間においてであって、均等なひとびとの間においてではない。
かえってこれらのひとびとは均等化されることを要するのである。交易さるべき事物がすべて何らかの仕方で
比較可能的たることを要する所以はそこにある。
こうした目的のために貨幣は発生したのであって、それは或る意味においての仲介者(メソン=中間者)となる。
事実、貨幣は、あらゆるものを、したがって過超や不足をも計量する。
それは、だから、幾足の靴が一軒の家屋に、ないしは一定量の食品に等しいかということを計量するのである。
かくして、大工の靴工に対するごとくに、幾足かの靴が一軒の家屋に対していることを要する。
でなければ交易も共同関係もありえないであろう。
このことはしかるに物品が何らかの仕方において均等なものでないならば不可能であろう。だからして、
さきにいったごとく、あらゆるものが或る一つのものによって計量されることを要するのである。この一つのものとは、
ほんとうは、あらゆるものの場合を包むところの需要にほかならない。
けだし、もし必要がすこしも存在しないか、ないしは双方に同じような仕方においては存在しないならば、交易は成立せず、
ないしは現在のような仕方での交易は成立しえないであろう。
しかるに、申しあわせに基づいて、貨幣が需要をいわば代弁する位置に立っている。さればこそまた
ノミスマという呼称をそれは有しているのである。それは本性的ではなくして人為的であり、すなわち、
これを変更することや、これを役に立たないものにすることはわれわれの自由なのだからである― 。
 かくして、農夫の靴工に対するごとくに、靴工の所産が農夫の所産に対すべく均等化された場合、取引は
応報的となるであろう。もちろん彼らが交易を行ったあげくにこれを比例のかたちに導くのではいけないのであって、
かえって、双方が自己の所産を手放さないあいだにこれを比例のかたちに導くのでなくてはならない。
以上のような仕方においてのみ、彼らは均等的であり共同関係的である。
所要の均等性が彼らのあいだにおいて成立することとなるのであるから― 。
Aは農夫、Cは食糧、Bは靴工、Dは彼の均等化された所産。
<注45>
もしかかる仕方における応報ということが行われなかったならば、彼らの共同関係はありえないであろう。・・・・

     
<注45> すなわち、A:B=C:xDの意味
 

   貨幣は、たとえ、われわれがいまのところは何ものをも必要としなくとも、もし何ものかの必要が生じたときには
  それが手にはいるという未来の交易のためのいわば保証として役立つ。貨幣をもってゆけば所要のものを得られる
  はずだから―。貨幣といえどももとより他のものと同じ傾向を避けえないものではある。すなわちそれは必ずしも
  常に等しい値を有しないのであるが、それでも他のものに比すればより多く持続する傾きを具えている。


 あらゆるものに価格を付しておくことの必要なのはそのゆえんである。すなわち、そうすれば交易は常に可能となる
のであり、しかるに交易あって共同関係はあるのである。
かくして貨幣はいわば尺度として、すべてを通約的とすることによって均等化する。
事実、交易なくしては共同関係はないのであるが、交易は均等性なしには成立せず、均等性は通約性なしには存在しない。
もとより、かくも著しい差異のあるいろいろのものが通約的となるということは、ほんとうは不可能なのであるが、
需要ということへの関係から充分に可能となる。その際、すなわち、何らか単一なものの存在することを要するのであって、
このものは協定に基づく。ノミスマという名称のある所以である。このものがすなわちすべてを通約的たらしめる。
あらゆるものが貨幣によって計量されるのである。

 Aは家屋、Bは10ムチ、Cは寝台。いま家が5ムチに値するならば、つまり5ムチと等しいならば、AはBの2分の1。
また、寝台すなわちCはBの10分の1。この場合、幾台の寝台が一軒の家屋に等しいかは明らかである。
すなわち5台。貨幣の存在以前においては交易はかくのごとく行われたものなることは明らかである。
事実、5台の寝台が一軒の家屋に替えられるということと、
 5台の寝台が一軒の家に値するということの間には全く差異がないのである。

・・・以下省略・・・

>>資本論/価値方程式の形成
<<比例関係と方程式論の歴史的形成過程<1>   >>比例関係と方程式論の歴史的形成過程― <3>