ホーム


 
比例式・比例関係と方程式論の歴史的形成過程 <3> 
   
    ―資本論価値方程式の形成―


<目次>
5. 中世スコラ哲学とトマス・アクィナス
     シュヴェーグラー 『西洋哲学史』
     トマス・アクィナス 『神学大全』
6. デカルト -比例関係の発展と方程式論
     小林道夫 『哲学の歴史 5 デカルト革命』
     佐々木力 『デカルトの数学思想』 比例と方程式
     野田又男 『デカルト研究』  発見の方法
     デカルト 
『精神指導の規則』 規則 4 


5. 中世スコラ哲学とトマス・アクィナスの「比例論」
 
 
1. スコラ哲学 シュヴェーグラー著『西洋哲学史』 1848年刊行

1. 第2世紀のキリスト教護教派(殉教者ユスティーヌス、アテナゴラス)およびアレクサンドリア教会の教父たち
(アレクサンドリアのクレメンス、オリゲネス、アレクサンドリアのディオニュシオス)のうちで、同時代の哲学、
とくにプラトン主義と接触した。

2. かれらすべてに抜きんでているのは、アウグスティヌス(354-430年)である。かれは世界の大思想家の一人であり、デカルトが
はるか後に原理的にかつ学問的に獲得しようとしたものを、すでに信仰の確実性の地盤の上でもっている。くだって第9世紀に
スコートゥス・エリウゲナはキリスト教をプラトン主義とむすびつけようとしているが、本来の意味でキリスト教哲学とよばれるものが
発達したのは、第11世紀以後、すなわち中世の後半においてである。これがいわゆるスコラ哲学である。

3. スコラ哲学の特徴は、教義と思考する自己意識、信仰と知識との媒介である。教義が、それを生み出した教会から学校へ移り、
神学が大学の学問となるとき、知識の関心は自分の正当な位置につこうとし、これまで外的権力として自己意識に対峙していた
教義を、主体にいっそう接近させようとする。そこで、教会の教えに学問的体系の形式を与えようとする多くの試みがなされる。
これらの試みはすべて、教会信仰が絶対真理であるという動かすことのできない前提から出発しているが、しかしそれらは同時に、
この啓示され、与えられた真理を理解し、教義を合理化しようとする関心に導かれている。

4. 「知らんがためにわれ信ず」―この、スコラ主義の創始者アンセルムス(1033-1109年、カンタベリ-の大僧正)の言葉は、
スコラ哲学全体のモットーであった。じっさいまたスコラ哲学は、その問題の解決のために、おどろくべき明敏さを用いており、
その建築様式においてゴシックの大伽藍にも比すべき大規模の体系をつくりだしてもいる。当時はアリストテレスの研究がひろく
行われていて、アリストテレスはとくに「哲学者」と呼ばれて多くの著名なスコラ学者によって注釈され、同時にアラビア人
(アヴィケンナとアヴェロエス)の間でもこの研究がさかんであったが、これによって述語と図式的見地とが与えられた。
スコラ哲学の頂点に立っているのは、明らかにスコラ的技法の最大の名匠であるトマス・アクィナス(1225-1275年、ドミニクス派の
僧)とドゥンス・スコートゥス(?-1308年、フランチスクス派の僧)とであって、かれらは以後のスコラ神学全体を分っている
二つの学派の創始者である。

5. 唯名論と実念論
 スコラ哲学の一般的な発展行程と相たずさえて、唯名論と実念論との対立が発展した。この対立の源は、スコラ哲学と
プラトン哲学およびアリストテレス哲学との関係に求められる。普遍(universalia)を単なる名称、「声として発する風」、実在を
もたぬ空虚な表象と考えた人々は、唯名論者と呼ばれた。唯名論によれば普遍的概念、類、種は存在しない。有るものはすべて、
まったく自立的な個物としてのみ存在する。したがってまた純粋な思考もなく、表象作用と感覚があるだけである。
 〔後に唯物論的傾向へと分岐していく〕
 これに反して実念論者は、プラトンにならって、あくまで普遍の客観的実在を主張した(普遍は個物に先だつ)。
 この二つの方向の対立は、唯名論をとったロスケリヌス(11世紀半ば)と実念論をとったアンセルムスとの間に最初に現われ、
以後スコラ哲学の全時代を貫いている。もっとも、すでにアベラール(11世紀半ば)が唯名論的あるとともに実念論的でもある
調停的な見解を作ってからは、この見解が大して重要な変更もなくずっと支配的であった(普遍は個物のうちにある)。



6. 
トマス・アクィナス 『神学大全』

 
序文
 カトリック真理の教師の使命は、進んだ者たちに教授するだけではつきない。使徒が『コロント前書』第3章において「あたかも
キリストにおける幼児に対するように、私はあなたがたに乳を飲ませ、堅い食物を与えなかった」というところによれば、初学者を
導くこともその任務に属している。そこで、この書においてわれわれの意図するのは、キリスト教に関することがらを、初学者を
導くにふさわしい仕方でつたえることである。・・・・

 
第2問 神について 神は存在するか
 
第2項 神在りということは論証されうるか
 
 第二については次のようにすすめられる。「神在り」ということは論証されえないと思われる。そのわけは、
1、「神在り」は信仰箇条である。しかるに信仰に属することがらは論証されえない。・・・・
2、更に、論証の媒介となるものは、そのものの「何であるか」である。しかるに神については、ダマスケヌスがいうように、
われわれはその「何であるか」を知りえず、ただ「何でないか」を知りうるのみである。ゆえにわれわれは「神在り」を論証することが
できない。
3、更に、もし「神在り」が論証されるとしたら、神の結果による論証以外にはないであろう。しかるに神の結果は神に比例しない。
なぜなら神は無限であるのに結果は有限であり、有限なるものの無限なるものに対する比例はないからである。しかるに原因は
自分に比例しない結果をもってしては論証されえないから、「神在り」は論証されえないと思われる。
  〔訳者注:原因と結果との間に或る比例が成り立つ場合には、この比例を手がかりとして、結果から原因の在り方を
  推察することがで  きる。これが結果による原因の証明の基本原則である。しかるに比例が成り立つためには、両項とも
  有限でなければならぬ。神は無限、結果たる被造物は有限であるから、両者の間にはいかなる比例関係も成り立たない。〕
 
 
第5項 神は何らかの類のうちにあるか

1. 第5については次のようにすすめられる。神は何らかの類のうちにあると思われる。そのわけは、
(一)、実体は独立に自存する有である。しかるにこのことは最高度に神にあてはまる。ゆえに神は実体の類のうちにある。
(二)、更に、それぞれのものは、何か同じ類に属するものを尺度として測られる。たとえば、諸々の長さは或る長さによって測られる。
しかるに神は、注釈家の『形而上学』第10巻によれば、実体の尺度である。ゆえに神はすべての実体の類のうちにある。・・・・

  ーー 答えていわなければならない。
 第一に、種は類と種差とから構成されている。ところで種を構成する種差がそこから取られるものは、類がそこから取られるものに
対して、いつも現実態が可能態に対する関係にある〔注1〕。たとえば「動物」という類は、感覚的本性から具体化の方法によって
取られる。じっさい「動物」といわれるのは、感覚的本性を有するところの「もの」にほかならないからである。
ところで知性的なるものは感覚的なるものに対して、現実態が可能態に対する関係にある。他の場合においても同様であることは
あきらかである。しかるに神においては可能態が現実態に付加されることはないから、神が種として類のうちに含まれると
いうことはありえない。・・・・
 
 ここからして、神には類も種差もなく、また神の定義もなく、結果による論証以外には論証されえないことがあきらかとなる。
なぜならば、定義は類と種差とから成るものであるし、また論証の媒介をなすものは定義にほかならないからである。・・・・

2. それゆえ (一)、についてはいわなければならない。「実体」という名称は、自体的存在であるところのものを表示するだけでは
ない。じっさい、存在であるところのものは、既に示されたように、それ自体として類ではありえないのである。
「実体」という名称は更にまた、そのような仕方で存在すること、つまり自体的に存在することがそれに適合する「本質」をも表示する。
かかる存在はしかし、それ自身そのものの本質ではない。それゆえ神が実体の類のうちにないことはあきらかである。

3. (二)、についていわなければならない。この異論は、測られるものに対して一定の比例を有している尺度について妥当する。
じっさい、かかる尺度はそれによって測られるものと同類のものでなければならないのである。しかるに神は、何物に対しても
かかる比例関係を有する尺度ではない。にもかかわらず万物の尺度であるといわれるのは、それぞれのものが神に近づく度合に
応じてそれぞれいくぶんかの存在をゆうするからである。

  〔注1:訳者注:類、種差、種を示す名称は、普遍的概念を示すものであって、直接に何らかの実在するものを示さない。
   たとえば、動物、理性的、人間という名称は、それぞれ何らかの普遍的概念を示しており、直接にに何らかの実在を示すもの
   ではない。われわれは「動物」という類概念に「理性的」という種差概念を加えて「人間」という種概念を「構成」するのである。
   「構成」は人間の精神のなかでいとなまれる知性の作用であって、実在におけることがらではない。・・・・〕
  
   以上



 
デカルト・比例関係の発展と方程式論

1. 
デカルト (1596年 - 1650年フランス生まれ)
          
小林道夫著 『哲学の歴史 5 デカルト革命』 中央公論新社刊

1. 17世紀は、「哲学の歴史」において、革命的な転換を画した時期である。それは、第一に、物理的自然観の根本的な返還に
おいて現われる。17世紀に、前世紀のルネサンスの時代から活動を始めていたガリレオ(1564-1642年)に引き続き、ガリレオが、
彼の時代まで支配的だったアリストテレスの自然学をその根本から全面的に解体する新たな数学的自然学を構築し、
これが近代科学を推進することになった。

2. 第二に、デカルトはこの新たな自然学を構築するために、その基礎となる新たな認識論・形而上学を設定した。
それは、有名な「私は考える、それゆえ私はある」(Cogito,ergo sum.)というコギトを第一原理とするものであった。
この、「私の存在」を哲学の第一原理に据えた点で、デカルトの哲学は、その後、近代哲学の基礎を築いたと評価されることになる。

3. デカルトは16世紀の末、ラ・エー(現在では、その町自体がデカルトと呼ばれる)で生まれた。学校生活は、生地の近くの、
創立されてまもないラ・フレーシュ学院で送り、そこで、アリストテレスの哲学体系を主とした教育を受けた。・・・・
一般に、わが国においては、思想の歴史は、中世の神学を中心とした思想からルネサンスにおける「人間の発見」を経て
近代思想の形成にいたると解説されることが多いが、こと、哲学に関しては、デカルトの時代(ドイツではライプニッツの時代)に
いたるまで、アリストテレスの哲学体系をふまえ、それを批判的に解体して新たな学問体系を構築するという仕方で
形成されたのである。・・・・

4. デカルトの思想形成において決定的に重要な契機となったのは、彼がポワティエ大学で法学の博士号を取得した後、
軍人の教育を受けるべく滞在したオランダのブレタで、自然学者イサーク・ベークマン(1588-1637年)と巡り会ったことである。
デカルトは、彼から、アリストテレスの自然学に代わる、古代の原子論やアルキメデスの科学を教えられ、
新たな数学的自然学というものの構想をもつことになったのである。・・・・

5.デカルトの最初の出版物は『三つの試論』(『屈折光学』『気象学』『幾何学』)をともなった『方法序説』である。
「私は考える、それゆえ私はある」という命題は、この『方法序説』の中の、形而上学を簡潔にまとめた第4部に登場する。
ついで彼は、自分の形而上学すなわち第一哲学を本格的に提示するために『省察』をまとめて出版した(1641年)。・・・・以上・・・・



 6. 
佐々木力著 『デカルトの数学思想』 東京大学出版会刊

1. 『精神指導の規則』のテキストのいたるところで、デカルトは彼の方法のいくつかの規則を説明するために比例論から例を
採っている。たとえば、彼の方法の主要な鍵であると考えられている第6規則は比例論を用いて解説されている。
第6規則は述べる。“われわれはあるいくつかの真理を他の真理から直接的に演繹した系列の各々について何が最も単純であるか
に注意せねばならない”。誰もが6という数が3の2倍であるという単純な真理を知っている、とデカルトは言う。
しかし、6の2倍が何であるかのという問いを繰り返すことによって、最終的に、数3、6、12、24、48等々が連続比例をなすことに
気づく。このようなすべてはほとんど児戯に類するほど明白である、と彼は言う。

2. “しかしながら”、とデカルトは続ける。
 
“注意深く反省すれば、事物の間の比例(proportiones)すなわち関係(habitudines)について
 提起されうるあらゆる問題がいかなる理由で内臓されているか、またこれらの問題がどんな順序で研究されねばならないかを
 私は理解する。純粋数学という学問全体の要諦はただこの点にのみ含まれている”、とデカルトはこの例で、3対6の比から
 始まる連続比例に習熟した後、両端の項が3と12である比例中項を見いだすような、一見すると入り組んでいるように見える
 問題に比較的容易に取り組めるとうになると注意している。彼はさらに、両端の項が3と24である3つの比例中項を見いだす
 問題へと前進している。第6規則は、この問題は分解されるとより容易になると告げている。かくして彼は示唆している
 ―まず3と48の間の比例中項を求める、すなわち、12。次いで、3と12の間の比例中項を求める。
 すなわち、6.それから12と48の間の別のを求める。すなわち、24.彼は「新しい比をこの比の分割によって得るためには、
 両端の項とその両端の2項の間にある比とに同時に注意しなければならない”


 と述べて、両端の間の単一の比例中項を発見する手順を与えている。
この手続きは、代数的言語で、たとえば
 a:x=x:b と翻訳されうる、が、ここでデカルトはそうはしていない。
比例論の言葉が代数的言語に簡単に翻訳可能であることは当時の常識であった。それで、かれが一般的方法のモデルとして、
解析的方法、とりわけ代数解析を念頭に置いていたことは明白であるように思われる。

3. 全体として、『精神指導の規則』の第1部で、デカルトは何よりもまず、あらゆる信頼可能な知識は数学と同レベルの確実性を
もたなければならない、と主張する。ついで、数学的推論の本性を点検して、それを2つの成分、直観と演繹、に分解する。
彼が重要であるとして尊重するのは、事物の真理を発見するための方法である。数学の領域で、これは、定理を見いだし、
問題を解くための道具として用いられる解析の方法にほかならない。彼がはるかに一般的な形に再定式化しようと
努力しているのは、本体は数学的な解析的方法なのである。・・・・

4. 『精神指導の規則』第13、14規則は、いったん問題を理解したなら、それを最も単純な部分へと分解し、直示的用語で
再表現してやって、分析すべきであることを教えている。これらの規則でデカルトは、既知のことを基礎にして未知のことを
いかにして探求するか論じているのである。彼はそれらを代数解析(algebraic analysis)との類比で考察していることも否定できない。
このことは第2部の諸規則のあるもので目撃できる。第14規則の導入部で彼は次のように注意している。

  
“ある未知なものがそれ以前にすでに知られているものから演繹されるたびごとに、それだからといって存在の新しい
  ある類が見いだされるわけではなく、求めるものが命題中に与えられているものの本性をあさこれの仕方で分有している
  ことをわれわれが把握するように、この認識全体がただ単にこのものへと拡張されるにすぎない”


 ここで彼は、いかにして既知のものが未知のものへと拡張されうるか問うている。
 彼は、この発見法的手順はさまざまな種類の比較によって実行できると答えている。

  
“次のことが注意されなければならない。単純かつ明白な比較というのは、求めるものと与えられているものとが等しくある
  性質を分有している時にのみ言われているということ、それに反して、その他のすべての操作が準備を必要とする理由は、
  あの共通の性質が両者のうちに等しくあるものではなく、それが含まれているもろもろの関係もしくは比例におうじて両者のうちに
  あるからにほかならないということ、そして、人間の努力の主要な部分は、それら比例を求めるものと認識されているあるものとの
  間の相等性(æqualitas)が明晰に見てとられるように、還元することのうちに位置づけられるということである”


5. 未知のものを求めるには―とデカルトは言っている―求めるものと与えられているものの両方を含むある比例を確立すべきである。
そして与えられた問題を表現する比例の項が大きさの言語で表現可能であるように、すべての基体から抽象されているという条件下で、
これらの比例は方程式(æqualitas)の形に還元可能である。最後の点は、次のように強調され、再説される。“われわれは、どんなに
込み入った比例をも、未知のものが既知のものに等しいことが見いだされるように還元することのみを欲しているのである”。
ここでデカルトが比例ないし方程式の言葉で語っていることに注意が払われなければならない。

6. 周知のように、代数解析の考えは近世ヨーロッパでは最初にフランソワ・ヴィエトによって、定式化された。ヴィエトの解析技法に
おいて、比例論は代数方程式、すなわち方程式論の言語で書き換えられうる。たとえば、幾何学的に定式化されているユークリッド
『原論』第6巻命題16、17は、次の命題に変換させられる。

  
「もしも3つないし4つの大きさがあり、第1が第2に対するように、第2ないし第3がもうひとつ別のに対するものとすれば、
  両端項の下にあるものは中項の下にあるものと等しいであろう。そして、比例は方程式の構成(constitutio)と呼ばれ、
  方程式は比例の分解(resolutio)と呼ばれる」

 こうしてヴィエトは一定の幾何学的条件の下にある比例関係を代数方程式に還元してやることができたのである。


7. しばらくは、『精神指導の規則』執筆時のデカルトがヴィエトの著作を知っていたかどうかは論じない。しかし、彼が第2巻において
彼の方法の主要な基礎と考えていたのは、確実に発見法としての代数解析である。既知のものと未知のものは通常込み入った方式で
混在している。この方式は、まず比例論の言語で表現されるべきである。それから、大きさのいくつかの関係を表現する比例は、
既知の大きさと未知の大きさの両方をもった代数方程式に翻訳される。未知の大きさを得るために代数方程式を解くことだけが残る。

8. 1637年の『幾何学』において、解析的方法は
“問題を解くのに役立つ方程式にどのようにして到達すべきか”という欄外見出しを
もったパラグラフで見事に再定式化されるであろう。そこで、解析的方法の対象は「線」として現われる。

  
“そこで、何らかの問題を解こうとする場合、まず、それがすでに解かれたものと見なし、未知の線もそれ以外の線も含めて、
  問題を作図するのに必要と思われるすべての線に名を与えるべきである。次に、これら既知の線と未知の線の間に何の区別も
  設けずに、それらがどのように相互に依存しているかを最も自然に示すような順序に従って難点を調べ上げて、ある同一の量を
  2つの仕方で表す手段を見いだすようにすべきである。この最後のものは方程式と呼ばれる。なぜならば、これら2つの仕方の
  一方の諸項は他方の諸項に等しいからである。そして、仮定した未知の線と同じだけ、このような方程式を見いだすべきである。”


 代数解析についての後年のこの記述では、比例論の言語は後景に退き、方程式の言語が前面に出ているわけである。
『精神指導の規則』はこうして、解析的方法の歴史において決定的段階を画しているのである。 ・・・・以上・・・・



 <デカルト革命>
 
野田又男著作集 『デカルト研究』 発見の方法 白水社刊

 それでは数学のどこに目をつけたらよいか。ユークリッド幾何学は定義と公理とから出発して諸定理を「証明」するが、今求めるのは
この演繹的「証明」の方法ではない。これはすでに与えられた命題を理由づけることであるが、求めるのは未知の命題を発見する
方法形式なのであります。デカルトが着目するのは、作図題の解を発見するときの手続き、すなわち幾何学で「解析」と呼ばれる
手続きであります。それは「証明」とは逆のやり方であって、図形がすでに与えられたと仮定して、それの条件にさかのぼって行き、
すでに知られた条件に達する(すでに知られている作図法に達する)ことである。デカルトが「幾何学者の解析」とか「古代人の解析」
とかいうのはそれであります。彼は、古代の幾何学者が新たな真理を発見するときはいつもこの解析の手続きを用いていながら、
その真理を他人に示すときには意地わるく隠しておいた、ともいっている。

 さて幾何学者が図形に対して用いた「解析」の手続きを、数に応用したものが「代数」であるとデカルトは認めます。
われわれも中学校で学んだように、算術から代数に入ると、応用問題が与えられたとき方程式を立ててそれを解いて答を見出す
という手続きが用いられる。これは、求める未知量をχと置いて既知量と同じ扱いをして、問題に示された条件のすべてを表現する式
すなわち方程式をつくるというやり方である。それは、幾何学の作図題の場合に、求める図形がすでに画きえたと仮定するという
やり方と同じやり方なのであります。

 ところでさらにこの解析の手続きを自然研究にあてて考えると、それは、われわれの感覚に与えられる事実を、未知の条件と既知の
条件との複合体すなわち「問題」と見なして、それを分析してゆくことによって未知を既知に化することにほかならないわけである。
ただこのときは、事実を諸条件の複合体と見なすときに、方程式をたてるという数学的操作とともに、それに先立って「観察」とか
「実験」とかいわれる物理的操作が必要であり、この二種の操作は実は次元のちがったものであります。デカルトものちにそのことを
顧慮して、『方法序説』の終わりのほう(「第6部」)では、一つの事実について数学的に考えられる仮説が幾通りもあり、それらの
いずれが真であるかは実験によらねばきまらない、と認めている。けれども彼の考え方は、全体として、自然学を幾何学と一つの
ものに見ようとする考え方であって、方法的形式としては「実験」も「分析」に帰する、とするのであります。
  (「解析」という語はわが国で数学者がanalyseに当てて使う訳語ですが、論理学や自然学では同じ語を「分析」と訳していて、
   「分析」 という訳語のほうが一般的な意味に通用しています。)

 さてこのように一般的に見てくると、デカルトの目ざした「発見の方法」とは「分析の方法」であるということに尽きるわけであります。
けれども、「分析」はもちろん「綜合」(「複合」)の手続きを無用にしているわけではない。幾何学の作図題の場合でも「解析」によって
作図法を見出したのち、やはり「証明」「(すなわち「綜合」)を加えることが大抵の場合必要なのであり、自然研究においても複合的
事実を分析して原理に至ったのちに再び綜合的に事実に戻る手続きが要求されます。デカルトの方法は「分析の方法」と呼ばれても、
「綜合」を廃するのではありません。ただ彼がそれまでの数学や自然学において閑却されていると認めて特に強調したのが「分析」の
手続きであって、そういう顕著な特徴に着目して、彼の方法は「分析の方法」と呼ばれるのであります。それで『方法序説』の中で
デカルトが自分の見出した方法の規則を列挙したとき、それは、「分析」の規則とともに「綜合」の規則をも含んでいるのであります。

すなわち彼は四つの規則を挙げ、その第二、第三をそれぞれ分析と総合との手続きの規定にあてている。そしてそれらに先立つ
第一の規則として、原理が明晰判明でなくてはならぬ、という「明証の規則」をのべ、最後に第四の規則として「枚挙の規則」をつける。
「枚挙」というのは、問題について吟味すべきいろいろな事情をもれなくとりあげたかどうかを調べることであって、またユークリッド
幾何学の作図題の解法に戻って考えると、「吟味」といわれたものに相当します。四つの規則は次のようなものであります。
 第一、「私が明証的に真であると認めた上でなくてはいかなるものをも真として受けいれないこと、いいかえれば注意ぶかく速断と
     偏見とを避けること」。
 第二、「私が吟味する問題のおのおのを、できる限り多くの、しかもその問題を最もよく解くために必要なだけの数の、
     小部分に分かつこと」。
 第三、「私の思想を順序に従って導くこと。最も単純で最も認識しやすいものからはじめて、少しずつ、いわば階段をふんで、
     最も複雑なものの認識にまでのぼってゆくこと」。
 第四、何ものをも見おとすことがなかったと確信しうるほどに、完全な枚挙と、全体にわたる見直しとを、あらゆる問題におこなうこと」。

 『方法序説』を読んで第2部のこの四つの規則までくると人々は軽い失望を覚えるかもしれません。四つの規則の趣旨は、明瞭な
事柄だけを真と認める心組みで、与えられたものを正しく分析し、総合し、見落とした点がないかを見直す、ということであって、
しごくあたりまえのことをいっているにすぎない、と思われる。けれども改めていうまでもなく、方法や規則は実際にどう使うか
という点が大切であって、デカルトがそれを使って何をしたかが問題である。そしてそれを彼はすぐにつづけて書いているが、
そこにはわれわれを再び考えこませるような事実が記されているのであります。
 すなわち彼はこういる規則を心にもってまず当時の数学の問題を解き、のちの歴史家の言葉でいえば「数学の大革新」をやったことを
のべている。三つのことがのべられている。第一、数学というものは一般に諸量の比例関係をあつかうもので、比例関係がいろいろ
違った対象に見出されても数学は一つである。特に数学自身の諸部門はそういう考えで統一できる。デカルトは他のところでそういう
計量的関係一般の学問を「普遍数学」と名づけている。第二、この比例関係を、一つ一つはっきり「想像」の対象として思い浮かべる
ためには、それを「線」によって表現するがよい。しかし第三に、多くの比例関係を一まとめにして考え、したがって「記憶」にとどめる
ためには、ある種の「記号」(代数記号)を用いるがより。そのためにデカルトは当時の代数の混乱した記号法を簡単に明確にする
ための工夫をした、――という。この第二第三の点が、解析幾何学の創始を示すのであって、曲線と代数式との対応がかくて
つけられたわけであり、第一にいわれた「普遍数学」とは、解析幾何学にはじまってのちに微積分の算法にまですすむ「解析学」の
全体を予示しているのであります。


デカルト 『精神指導の規則』 規則 4

規則 4  事物の真理を探求するには、方法が必要である。

2 ところで、「方法」ということで私が考えているのは、次のような特長をもった諸規則である。
 すなわち、それらを正確に守るならば、誰でも、虚偽のものを真と思いこむことが決してなく、また、精神の努力を無益に
 費やすことなく常に次第に知識を増してゆき、及びうるかぎりのすべての事物の真なる認識に達するであろうような、
 そうした確実で容易な諸規則のことである。

 私が6という数は3の二倍であることに気づくと、次に6の二倍、すなわち12を求めるであろう。興 味をおぼえれば更にこれの二倍、
すなわち24を、更にはその二倍、すなわち48を、等々と求めてゆくであ ろう。そしてここから容易に、同一の比が3と6の間にも、
6と12との間にも、更に12と24との間、等々にも あること、したがって、3、6、12、24、48、等々の数は連比をなすこと、を演繹する
であろう。これらはすべて全く明白なことで、ほとんど子供じみて見えるであろうが、注意深く反省すれば、実はそこから次 のこと、
すなわち、事物の比例あるいは関係について出されるすべての問題がどのような事情のもとにあるか、そしてどのような秩序に従って
探求されるべきか、が理解される。そしてまさにこの一事に、純粋 数学という学問全体の要約が含まれているのである。

16 それ故、困難の解決にとって一つのものとして見なされるべきものは、すべて、一つの記号だけで表示することにしよう。
この記号は任意の仕方でつくってよい。しかし事柄を見やすくするために、文字a、b、c、等を既知の大きさを表わすために用い、
A、B、C、等を未知の大きさにあてよう。そして、それらの多さを示すために、しばしば数字1、2、3、4、等を文字の前におき、
また他方、それらにおいて考えられねばならぬ関係の数を示すために、文字に数字を付けるようにしよう。例えば、
2a3と書けば、
文字
aであらわされ三つの関係を含むところの大きさの二倍、というのと同じことである。こうした工夫により、われわれは、
多くの言葉の代りになる要約をつくるばかりでなく、これが主眼なのであるが、困難の諸項を純粋に、そしてあらわに示し、
用いるべきものは一つも除かれていないが、余計なものは何一つ見出されない、というようにする。この余計なものがあると、
精神が多くのものを一度に総括しなければならないときに、知能の包括力が無駄に使われるのである。

 規則17提示された困難を直接的に辿ってゆくようにすべきである。すなわち、その諸項のうち、あるものは既知であるが、他は未知で
ある、ということを度外視し、それらの個々の項について他との相互的な依存関係を、真の道順を経て直観してゆくのである。

 最初のものと最後のものとが或る仕方で相互に連結されているのを知っているということから、 両者を結合する中間のものが
いかなるものかを演繹しようとすれば、われわれは全く間接的で逆になった秩序を追うことになる。ところが、ここでわれわれが
取扱うのは、まさに複雑な問題なのであって、既知の両端から、逆転された秩序によって中間のものを認識しなければならない。
したがって、この場合にとるべき方策のすべては、未知のものも既知と仮定することにより、いかに錯綜した困難においても、
容易で直接的な探求の道をとりうるようにすること、これである。そしてこれがいつも成功することを妨げるものは何もない。
何故なら、われわれがこの第二部の初めから前提してきたところでは、問題のなかにある未知のものはすべて既知のものに依存し、
しかも前者は後者によって完全に規定されていることを、われわれは知っているのだからである。そこで、この規定関係をそれとして
知るときに最初に現われてくる当のものを考察し、それらが未知であっても既知のもののなかに入れ、それらから出発して、
段階を追い真の道順を経て、他のすべてのものを、既知であっても未知であるかのように、演繹してゆくならば、この規則が
指示するところをすべて実行することになろう。
  ・・・・以上・・・・

<<比例式・比例関係と方程式論の歴史的形成 <3>   

>>比例式・比例関係と方程式論の歴史的形成 <4>>>
   ―資本論価値方程式の形成―
 第2部 ヘーゲル論理学「比例論」と資本論の価値方程式