ホーム

 
  『資本論』とヘーゲル 
  2020資本論入門 5月号 (文献資料)

   
単純な価値形態と 「ヘーゲル論理学」  2020.05.13 作業中です・・・

 資本論ワールド 編集部
 これから「単純な価値形態」の解説を行います。
 マルクスは『資本論』の第2版後書きで、「 価値理論にかんする章の諸所で、
ヘーゲルに特有の表現法を取ってみた 」 と述べていますので、当該箇所の分析を通して具体的に『資本論』とヘーゲルの関係 ~ 特有の表現法 ~ を探究してゆきます。
 なお、
価値形態の展開とドイツ語表記によるヘーゲル論理学の対比についても、参照してください。


『資本論』価値表現と価値方程式について
貨幣形態の発生」を証明する

価値形態の展開とヘーゲル論理学の対比

 


  Ⅰ 「単純な価値形態」の分析

  最初に [1.商品の単純な価値関係] から分析します。
第1形態から貨幣形態までの展開された価値形態については、“新しいウィンドウで開く”を行って、
価値形態の展開とドイツ語表記によるヘーゲル論理学の対比を参照しながら、「ヘーゲル論理学」の「単純なEinfache」、「個別的な einzelne 」「偶然なzufällige」について探究してください。

 [1]-1  『資本論』 第1章 第3節 価値形態または交換価値

  「 最も単純な価値関係 einfachste Wertverhältnis は、明らかに、ある商品が、他のなんでもいいが、ただある一つの自分とちがった種類の商品に相対する価値関係である。したがって、二つの商品の価値関係は、一つの商品にたいして最も単純な価値表現を与えている。」

 A 
単純な、個別的な、または偶然的な価値形態
   
Einfache, einzelne  oder  zufällige  Wertform

 x 量商品 A = y 量商品 B あるいは、x 量の商品 Aは y 量の商品 B に値する ( 亜麻布20エレ = 上衣1着 または20エレの亜麻布は1着の上着に値する )


  価値表現の両極。すなわち、相対的価値形態と等価形態
 「一切の価値形態の秘密は、この単純なる価値形態の中にかくされている。したがって、その分析が、まことの難事となるのである。

  ここでは、2種の異なった商品 AとB、われわれの例でいえば、亜麻布と上衣とは、明白に二つのちがった役割を演じている。亜麻布はその価値を上衣で表現している。上衣はこの価値表現の材料の役をつとめている。第一の商品は能動的の役割を演じ、第二の商品は受動的のそれを演じている。第一の商品の価値は、相対的価値として表わされている。いいかえると、第一の商品は相対的価値形態にあるのである。第二の商品は等価として als Äquivalent 機能している。すなわち等価形態にあるのである。」

     ・・・ ・・・ ・・・


 第3節価値形態では、AからDまで4つの価値形態(価値の形式)に区分されています。

第3節 価値形態または交換価値 
   A 単純な,個別的な,または偶然的な価値形態
  B 総体的または拡大された価値形態
  C 一般的価値形態
   D 貨幣形態


 一切の価値形態の秘密が、単純なる einfachen 価値形態 Wertform にかくされて」います。したがって、商品の価値表現 (x 量の商品 Aは y 量の商品 B に値する) と「二つの商品の価値関係 (x 量商品 A = y 量商品 B)」 の関係性を明らかにすることによって、価値形態の秘密を解き明かすことになります。
 『資本論』では、「A 単純なる価値形態 (第1形態)」 から「D 貨幣形態 (第4形態)」までの4つの形態・形式を通して、「ヘーゲル論理学」を応用していますので、ヘーゲル論理学を参照しながら「第1形態」から進んでいきましょう。

 [1]-2   単純な、個別的な、または偶然的な価値形態 (第1形態)

 『資本論』→  ① 単純な、 ② 個別的な、 または ③ 偶然な

 「小論理学」→①
Einfache、 ②einzelne、  oder  ③zufällige  Wertform


 ①
単純な Einfache〔「小論理学」〕
   (第3節 価値形態または交換価値)

  4 単純な価値形態の総体
1. 
ある商品の単純な価値形態は、その商品の他の異種商品にたいする価値関係に、またはこの商品との交換関係に含まれている。商品Aの価値は、質的には商品Bの商品Aとの直接的な交換可能性によって表現されている。この価値は量的には、商品Bの一定量が商品Aの一定量と交換されうるということによって、表現されている。他の言葉でいえば、ある商品の価値は、「交換価値」として現示されることによって、独立的に表現されている。この章のはじめに、普通に行なわれているように、商品は使用価値であり、また交換価値であるといったのであるが、このことは、正確にいえば誤りであった。商品は使用価値または使用対象であり、また「価値」である。商品は、その価値が、その自然形態とちがった独自の現象形態、すなわち交換価値という現象形態をとるとともに、ただちに本来の性質であるこのような二重性として示される。そして商品は、この形態を、決して孤立して考察するばあいにもっているのでなく、つねに第二の異種の商品にたいする価値関係、または交換関係においてのみ、もっているのである。だが、このことを知ってさえいれば、先の言い方は無害であって、簡略にするに役立つのである。

3. 商品Bにたいする価値関係に含まれている商品Aの価値表現を、くわしく考察すると、その内部において、商品Aの自然形態は、ただ使用価値の姿としてのみ、商品Bの自然形態は、ただ価値形態または価値の姿としてのみはたらいていることが明らかになった。それゆえに、商品の中に包みこまれている使眉価値と価値の内的対立は、一つの外的対立によって、すなわち、二つの商品の関係によって示されている。この関係において、価値が表現されるべき一方の商品は、直接にただ使用価値としてのみ、これにたいして身をもって価値を表現する他方の商品は、直接にただ交換価値としてのみ、働いている。それゆえに、ある商品の
単純な価値形態は、この商品に含まれている
使用価値と価値との対立の単純な現象形態である。

4.  労働生産物は、どんな社会状態においても使用対象である。しかし、ただある歴史的に規定された発展段階のみが、一つの使用物の生産に支出された労働を、そのものの「対象的」属性として、すなわち、その価値として表わすのであって、この発展段階が、労働生産物を商品に転化するのである。したがって、このことから、
商品の単純なる価値形態は、同時に労働生産物の単純なる商品形態であり、したがってまた、商品形態の発展も価値形態の発展と一致するという結果になる。

5. 一見すれば、すぐ
単純な価値形態の不充分さがわかる。この形態は、一連の変態をへて、やっと価格形態に成熟してくる萌芽形態なのである。

6. なんらかの一商品Bにおける表現は、商品Aの価値を、ただそれ自身の使用価値から区別するのみであって、したがって、この商品を、ただそれ自身とちがった個々の商品種の何かにたいする交換関係に置くのみであって、他の一切の商品との質的等一性qualitative Gleichheit と量的比率とを示すものではないのである。ある商品の
単純なる相対的価値形態には、他の一商品の個々の等価形態〔 Äquivalentform 当量形式, ;cf. chemisches Äquivalent 化学当量。〕が対応している。だから、上衣は亜麻布の相対的価値表現においては、この個々の商品種たる亜麻布と関連して、等価形態、または直接的交換可能性の形態を有するのみである*。
 〔*編集部注:「
元素の分類と周期律・表」を参照〕

7. だが、個々の価値形態はおのずから、より完全な形態に移行する。
この単純な形態によっては、一商品Aの価値は、ただ一つの他の種の商品に表現されるのではあるが、この第二の商品が、どんな種類のものか、上衣か、鉄か、小麦その他の何か、というようなことは、全くどうでもよいのである。したがって、この商品がある商品種と価値関係にはいるか、それとも他の商品種と価値関係にはいるかによって、それぞれ同一商品のちがった単純な価値表現が成立する(22a)。それらの可能な価値表現の数は、ただそれぞれちがった商品種の数によって制限されるのみである。したがって、その商品の個別的な価値表現は、そのそれぞれちがった単純な価値表現の、いくらでも延長されうる列に転化されるのである*。
 〔*編集部注:したがって、価値表現の形式である x量商品A=y量商品B は、「価値等式」が誤りで、「価値方程式」と理解しなければならない。→「価値方程式の源流」参照〕

  (22a) 第2版への注。例えば、ホメロスにあっては、一物の価値は、それぞれちがった物の列として表現されている。


 ②
個別的な  einzelne〔「小論理学」〕
   第3節 価値形態または交換価値)
 4 単純な価値形態の総体

6. なんらかの一商品Bにおける表現は、商品Aの価値を、ただそれ自身の使用価値から区別するのみであって、したがって、この商品を、ただそれ自身とちがった個々の商品種の何かにたいする交換関係に置くのみであって、他の一切の商品との質的等一性qualitative Gleichheit と量的比率とを示すものではないのである。ある商品の単純なる相対的価値形態には、他の一商品の個々の einzelne 等価形態〔 Äquivalentform 当量形式, chemisches Äquivalent 化学当量。〕が対応している。だから、上衣は亜麻布の相対的価値表現においては、この個々の商品種 einzelne Warenart たる亜麻布と関連して、等価形態、または直接的交換可能性の形態を有するのみである*。  〔*編集部注:「元素と周期律・表」を参照〕


7. だが、個々の価値形態 einzelne Wertformはおのずから、より完全な形態に移行する。この単純な形態によっては、一商品Aの価値は、ただ一つの他の種の商品に表現されるのではあるが、この第二の商品が、どんな種類のものか、上衣か、鉄か、小麦その他の何か、というようなことは、全くどうでもよいのである。したがって、この商品がある商品種と価値関係にはいるか、それとも他の商品種と価値関係にはいるかによって、それぞれ同一商品のちがった単純な価値表現が成立する(22a)。それらの可能な価値表現の数は、ただそれぞれちがった商品種の数によって制限されるのみである。したがって、その商品の個別的な価値表現は、そのそれぞれちがった単純な価値表現の、いくらでも延長されうる列に転化されるのである*。

 〔*編集部注:したがって、価値表現の形式である x量商品A=y量商品B は、「価値等式」が誤りで、「価値方程式」と理解しなければならない。→「価値方程式の源流」参照〕

  2 相対的価値形態と等価形態の発展関係

1. 相対的価値形態の発展程度に、等価形態の発展程度が応ずる。しかしながら、そしてこのことはよく銘記されなければならぬのであるが、等価形態の発展は相対的価値形態の発展の表現であり、結果であるにすぎない。
2. ある商品の単純な、または個別的な相対的価値形態 Die einfache oder vereinzelte relative Wertform einer Ware は、他の一商品を個別的な等価 einzelnen Äquivalent にする。相対的価値の拡大された形態、一商品の価値の他のすべての商品におけるこのような表現は、これらの商品に各種の特別な等価の形態を刻印する。最後に、ある特別な商品種が一般的等価形態を得る。というのは、他のすべての商品が、これを自分たちの統一的一般的な価値形態の材料にするからである。



偶然的な
 zufällige〔「小論理学」〕

  B 総体的または拡大せる価値形態
  1 拡大された相対的価値形態

2. 亜麻布20エレ=上衣1着 という第1の形態においては、これら二つの商品が、一定の交換比率で交換されるということは、偶然の事実 zufällige Tatsache であるかもしれない。これに反して、第二の形態では直ちに、偶然の現象 zufälligen Erscheinung と本質的に区別され、かつこれを規定する背景が、露われている。亜麻布の価値は、上衣で示されようと、コーヒーや鉄等々で示されようと、種々雑多な所有者に属する無数にちがった商品で示されようと、同じ大いさである。二人の個人的な商品所有者の偶然的な関係 zufällige Verhältnis はなくなってしまう。交換が商品の価値の大いさを規制するのでなく、逆に商品の価値の大いさが、その交換比率を規制するのであるということは、明瞭となっている。


  
C 一般的価値形態
  1 価値形態の変化した性格

3. 第一の形態は、上衣1着 = 亜麻布20エレ、茶10ポンド = 鉄1/2トン 等々というような価値方程式を作り出した。上衣価値は亜麻布に等しいものとして、茶価値は鉄に等しいものとして、というようなふうに表現される。しかしながら、亜麻布に等しいものと鉄に等しいもの、このような上衣および茶の価値表現は、亜麻布と鉄とがちがっているのと同じようにちがっている。この形態が明瞭に実際に現われるのは、ただ、労働生産物が、偶然的な、そして時折の交換 zufälligen und gelegentlichen Austausch によって商品に転化されるような、そもそもの端緒においてである。
 第二の形態は、第一のそれより完全に、商品の価値を、それ自身の使用価値から区別する。なぜかというに、例えば上衣の価値は、ここではその自然形態に、あらゆる可能な形態で、例えば亜麻布に等しいものとして、鉄に等しいもの、茶に等しいもの等として、すなわちただ上衣に等しいものでないだけで他の一切のものに等しいものとして、相対するからである。他方において、ここには商品のあらゆる共通な価値表現は、ただちにできなくされている。なぜかというに、ここでは一商品ごとに価値表現を行なって、すべての他の商品は、ただ等価の形態で現われるにすぎないからである。ある労働生産物、例えば家畜がもはや例外的にでなく、すでに習慣的に各種の他の商品と交換されるようになると、まず拡大された価値形態が、事実上出現するのである。

  
第4節 商品の物神的性格とその秘密
9. 生産物交換者がまず初めに実際上関心をよせるものは、自分の生産物にたいしてどれだけ他人の生産物を得るか、したがって、生産物はいかなる割合で交換されるかという問題である。このような割合は、ある程度習慣的な固定性をもつまでに成熟すると同時に、労働生産物の性質から生ずるように見える。したがって、例えば1トンの鉄と2オンスの金とは、1ポンドの金と1ポンドの鉄が、その物理学的化学的属性を異にするにかかわらず同じ重さであるように、同じ価値であることになる。事実、労働生産物の価値性格は、価値の大いさとしてのその働きによってはじめて固定する。この価値の大いさは、つねに交換者の意志、予見、行為から独立して変化する。彼ら自身の社会的運動は、彼らにとっては、物の運動の形態をとり、交換者はこの運動を規制するのではなくして、その運動に規制される。相互に独立して営まれるが、社会的分業の自然発生的構成分子として、あらゆる面において相互に依存している私的労働が、継続的にその社会的に一定の割合をなしている量に整約されるのは、私的労働の生産物の偶然的で zufälligen、つねに動揺せる交換諸関係において、その生産に社会的に必要なる労働時間が、規制的な自然法則として強力的に貫かれること、あたかも家が人の頭上に崩れかかるばあいにおける重力の法則のようなものであるからであるが(注3)、このことを、経験そのものの中から科学的洞察が成長してきて看破するに至るには、その前に完全に発達した商品生産が必要とされるのである。
労働時間によって価値の大いさが規定されるということは、したがって、相対的商品価値の現象的運動のもとにかくされた秘密である。その発見は、労働生産物の価値の大いさが、単なる偶然的な規定 bloß zufälligen Bestimmung der Wertgrößen であるという外観をのぞくが、しかし、少しもその事物的な形態をなくするものではない。

  
第2章 交換過程
8. 直接的な生産物交換は、一方において単純なる価値表現の形態をもち、他方においてまだこれをもたない。かの形態はA商品x量=B商品y量であった。直接的な生産物交換の形態は、A使用対象x量=B使用対象y量である(41)。AおよびBという物は、交換前には、このばあいまだ商品でなくして、交換によってはじめて商品となる。ある使用対象が可能性の上から交換価値となる最初の様式は、使用対象が非使用価値として、すなわち、その所有者の直接的欲望を超える使用価値のある量として、存在するということである。物は、それ自身としては人間にたいして外的のものである。したがってまた譲渡しうるものである。この譲渡が相互的であるためには、人間はただ暗黙の間に、かの譲渡さるべき物の私的所有者として、またまさにこのことによって、相互に相独立せる個人として、たいすることが必要であるだけである。だが、このような相互に分離している関係は、一つの自然発生的な共同体の成員にとっては存しない。それがいま家父長的家族の形態をとろうと、古代インドの村やインカ国等々の形態をとろうと、同じことである。商品交換は、共同体の終わるところに、すなわち、共同体が他の共同体または他の共同体の成員と接触する点に始まる。しかしながら、物はひとたび共同体の対外生活において商品となると、ただちに、また反作用をおよぼして、共同体の内部生活においても商品となる。
その量的交換比率は、まず初めは全く偶然的のものである。それらの物は、その所有者が、これを相互的に譲渡し合おうという意志行為によって、交換されうるものである。だが、他人の使用対象にたいする欲望は、次第に固定化する。交換の絶えざる反復は、これを一つの規則的な社会過程とする。したがって時の経過とともに、少なくとも労働生産物の一部は、故意に交換のために生産されなければならなくなる。この瞬間から、一方においては直接的欲望のための物の有用性と、その交換のための有用性との間の分裂が固定化する。その使用価値はその交換価値から分離する。他方において、それらが交換される量的関係は、その生産自身に依存するようになる。習慣は、それらの生産物を価値の大いさとして固定化する。

9. 直接的な生産物交換においては、すべての商品は、直接にその所有者にとっては交換手段、その非所有者にとっては等価Äquivalentである。もちろん、それがこの非所有者にとって使用価値であるかぎりにおいてである。したがって、交換物品は、まだなんらそれ自身の使用価値から、または交換者の個人的欲望から、独立した価値形態を得ていない。この形態の必然性は、交換過程にはいる商品数が増大し、多様化されるとともに発展する。課題は、その解決の手段と同時に発生する。商品所有者が自分の物品を、ほかのいろいろな物品と交換し、比較する交易は、各種の商品所有者の各種の商品が、その交易の内部で同一の第三の商品種と交換され、また価値として比較されるということを必ず伴う。このような第三の商品は、各種の他の商品にたいして等価Äquivalentとなることによって、狭い限界内においてではあるが、直接に、一般的なまたは社会的な等価形態allgemeine oder gesellschaftliche Äquivalentformとなる。このような一般的等価形態は、これを発生させた瞬間的な社会的接触とともに成立し、消滅する。この一般的等価形態は、あの商品へこの商品へと、常なくかわるがわる与えられる。しかし、商品交換の発達とともに、一般的等価形態は、もっぱら特別な商品種besondere Warenartenに付着する、すなわち、結晶して貨幣形態kristallisiert zur Geldformとなる。
どの商品種に付着してしまうかは、まず初めは偶然である。だが、大体においては二つの事情が決定する。貨幣形態は、あるいは、外域からのもっとも重要な交換品目に付着する。それらの物品は事実上、領域内生産物の交換価値の自然発生的な現象形態である。あるいはまた、例えば家畜のように、領域内の譲渡しうべき所有物の主要素をなす使用対象に付着する。遊牧民族が、最初に貨幣形態Formを発展させる。というのは、彼らの一切の財産は動かしうる、したがって直接に譲渡しうる形態にあるからであり、また彼らの生活様式は、彼らをつねに他の共同体と接触させ、したがって、生産物交換をひき起こしていくからである。人間は、しばしば人間自身を、奴隷の姿で最初の貨幣材料にした。しかしまだかつて、土地を貨幣材料にしたことはない。このような思想は、ただ、すでに完成したブルジョア社会においてのみ、出現することができた。それは17世紀の最後の3分の1期にあらわれた。そしてその実行は、国民的規模において、やっと一世紀後にフランス人のブルジョア革命で試みられたのである。

   ***  ****  ****