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  第3章貨幣または商品流通 第3節貨幣2021.02.16

〔原注86、88、89,909192、93、94は省略〕

   第3節 貨  幣
 価値尺度として機能し、したがってまた身みずから、あるいは代理を通じて、流通手段として機能する商品は、貨幣である。したがって、金(ばあいによっては銀)は貨幣である。金が貨幣として機能するには、一方では、その金製の(ばあいによっては銀製の)肉体をもって現われなければならず、したがって貨幣商品として現われなければならぬから、単に価値尺度におけるように観念として存すればいいというわけでもなく、流通手段におけるように、代理可能であるというわけにもいかない。他方では、金自身が、いまや自分の身をもって行なうか、代理を通じて行なうか、いずれにしても、その機能が、金を唯一の価値態容として、または交換価値の唯一の妥当なる存在として、単なる使用価値としての他の一切の商品にたいして、固定するのである。

 a 貨幣退蔵
 二つの相対立する商品変態の継続的な循環、または売買の流動的回転は、貨幣の不休の通用の中に、または流通の perpetuum mobile (永久運動)としての貨幣の機能の中に現われる。貨幣は、変態序列が中断され、売りがこれに続く買いによって補足されないようになると、ただちに不動化する、あるいはボアギュベールがいうように、動的なものから不動的なものに、すなわち、鋳貨から貨幣に転化される。
 商品流通そのものの最初の発展とともに、第一の変態の生産物、すなわち、商品の転化された態容、またはその金蛹を、確保するという必然と熱情とが、発展してくる。商品を買うためでたく、商品形態を貨幣形態で置き換えるために、商品は売られる。この形態変化が、物質代謝の単なる媒介から自己目的となる。商品の脱皮した態容は、その絶対的に譲渡しうべき態容、または瞬過的に過ぎない貨幣形態として機能することを妨げられる。これをもって、貨幣は退蔵貨幣に固定化する。そして商品の売り手は貨幣退蔵者となる。
 (86) 「貨幣が豊かにあるということは、ただ……貨幣に転化された生産物が豊かにあるということである」(メルシェ・ドゥ・ラ・リヴィエール『政治社会の自然的本質的秩序』573ページ)。「生産物の形態にある価値が、形態を変えただけのことである」(同上、486ページ)。
 まさに商品流通の当初に貨幣に転化されるのは、使用価値の剰余だけである。金と銀とは、このようにして、おのずから剰余または富の社会的表現となる。貨幣退蔵のこのような幼稚な形態は、伝統的な、そして自給自足的である生産様式とともに、欲望の範囲も、せまく固定しているような諸民族において、永久化されている。つまり、アジア諸民族、ことにインド人のようなところである。商品価格が一国内に存する金、または銀の量によって定められると妄信しているヴァンダリントは、なぜインドの商品がこんなに低廉なのか?と自問して、またみすがら答えてこういっている、インド人は貨幣を地に埋めておくからであると。彼はこう述べている、1602年―1734年の間に、彼らは、最初アメリカからヨーロッパにきた1億5000万ポンド・スターリングの銀を埋めた。1856年-1866年に、すなわち10年間に、イギリスはインドとシナにたいして、銀(シナに輸出されたこの金属は、大部分再びインドに流れ込んだ)で、1億2000万ポンド・スターリングを輸出した。この銀は、あらかじめオーストラリアの金と換えられていたものである。
  (87) 「この方策によって彼らは、その財貨と製品とを、すべてこのような低い価格水準に保っている」(ヴァンダリント『貨幣は何にでも応ずる』95・96ページ)。

 商品生産がもっと発達するとともに、すべての商品生産者は、nervus rerum (何より先立つもの)を、すなわち「社会的質権」を、確保しなければならぬ。彼の欲望は不断に更新され、他人の商品を不断に買い入れることを命ずるのに、他方では、彼自身の商品の生産と売却とは、時間を要するようになり、偶然に依存するようになる。売ることなくして買うために、彼はあらかじめ、買うことなくして売っておかねばならない。この操作が一般的な規模で行なわれることは、それ自身矛盾しているように思われる。だが、貴金属は、その生産源で直接に他の商品と交換される。ここでは売り(商品所有者の側における)は、買い(金および銀所有者の側における)なくして行なわれる。そしてその後の売りは、これにつづく買いがないばあいには、単に貴金属が、すべての商品所有者の間に、さらに分配されるのを媒介するだけになる。このようにして交易のすべての点に、種々の規模をもった金と銀の退蔵が成立する。商品を交換価値として、交換価値を商品として掌握しておく可能性とともに、黄金欲もめざめてくる。商品流通の拡大とともに、いつでも役に立つ、絶対的に社会的な富の形態たる貨幣の力が、増大する。「金はすばらしい物だ!これをもつている人は、彼の願うこと何一つかなわぬものはない。金によって、霊魂さえ天の楽園に達せしめることができる」(コロンブス、ジャマイカからの手紙、1503年)。貨幣から、これに転化したものが何であるかを、看取するわけにゆかぬのであるから、一切が、商品であろうとなかろうと、貨幣に転化する。一切が売りえ、買いうるものとなる。流通は偉大なる社会的なレトルトとなる。一切がこの中に投げこまれて、再び貨幣結晶として出てくる。この錬金術には、聖骨さえも抵抗できない。だから、もっともっと粗っぽくないの res sacrosanctae, extra commercium hominum (人間の商業の外にある聖なる物)など、いうまでもないことである。貨幣においては、商品の一切の質的差異が消失するのであるが、同じように、貨幣の方でもまた、急進的平等主義者として、一切の差異を消滅させる。しかしながら、貨幣は自身商品であり、外的な物であって、どんな人の私有財産ともなることができる。こうして、社会的な力は、私人の私的な力となる。したがって、古代社会は、貨幣を、その経済的なおよび道徳的な秩序の破壊者として非難する。すでにその幼年時代に、かのプルトゥスを、髪をつかんで大地の中から引き出す近代社会は、金の聖盃を、そのもっとも固有なる生活原理の燦爛たる化身として、これに敬意をささげている。

 使用価値としての商品は、特別の欲望を充足させ、素材的富の特別の要素をなしている。しかしながら、商品の価値は、素材的富のすべての要素にたいする商品の吸引力の度を、したがってその所有者の社会的な富を、示している。未開人のような単純な商品所有者にとって、西ヨーロッパの農民にとってすら、価値は価値形態から離しては考えられない。したがって、金や銀の退蔵の増加が、価値増加と考えられている。もちろん、貨幣の価値は、貨幣自身の価値変動の結果であれ、商品の価値変動の結果であれ、変化する。しかしながら、このことは、一方においては200オンスの金が、依然として100オンスより多くの価値を含んでいること、300オンスが、二200オンスより多いということを妨げないし、また他方、この物の金属としての自然形態が、すべての商品の一般的な等価形態であること、一切の人間労働の直接に社会的な化身であることを妨げない。貨幣退蔵の衝動は、その本性上とめどがない。質的に、またはその形態上、貨幣は無制限である。すなわち、素材的富の一般的な代表者である。というのは、あらゆる商品にたいして直接に転化しうるからである。しかし、同時に現実的な貨幣額は、すべて量的に制限されている。したがって、また有限なる作用をもつ購買手段でしかない。貨幣の量的有限と質的無制限との間のこの矛盾は、つねに蓄積のために、貨幣退蔵者に、シシュフォスのように、やむことなく労働を繰り返させる。それは彼にとっては、ちょうど世界征服者が新しい領土を占領すると、すぐそれがさらに、新しい領土に向かう境界となるに過ぎないようなものである。

 金を貨幣として、したがって貨幣退蔵の構成分子として固定させるためには、流通することを、または購買手段として、享楽手段になってしまうことを、妨げなければならない。それゆえに、貨幣退蔵者は、黄金神のために自分の肉欲を犠牲にする。彼は禁欲の福音に忠実である。他方において、彼が流通から貨幣で引き上げることのできるものは、彼が商品として流通に投じたものだけである。彼は生産するほど、多くを売ることができる。したがって、勤勉と節約と吝嗇は、その主徳をなしている。多く売って少なく買うということが、彼の経済学のすべてである。
 
 退蔵貨幣の直接の形態とともに、その美的形態、すなわち、金商品や銀商品の所有ということも進む。これはブルジョア社会の富とともに増大する。「我らをして富ましめよ、あるいは富めるように見えしめよ」(ディドロ)。あるいは金や銀にたいする市場が、それらの貨幣機能から独立して、形成され、つねに拡張されてゆく。あるいは貨幣の潜在的な供給源ができて、とくに社会的な嵐の時代に流れ出る。
 貨幣退蔵は金属流通の経済機構のなかで、いろいろの機能を果たす(もっとも手近な機能は、金貨または銀貨の流通諸条件から発生する。われわれが見たように、商品流通が、範囲と価格と速度においてたえず動揺するとともに、貨幣の流通量も休みなく、満潮となったり、退潮となったりする。したがって、この量は縮小したり増大したりすることが、できなければならない。あるときは、貨幣は鋳貨として引きつけられ、あるときは、鋳貨は貨幣として追い出されなければならない。現実に流通する貨幣量が、つねに流通部面の飽和度に適応するためには、一国内にある金量または銀量は、鋳貨機能にあるものより大でなければならない。この条件は、貨幣の退蔵形態によって充たされる。退蔵貨幣貯水池は、同時に流通貨幣の流出流入の水路として役立つ。だから、このような貨幣が、その流通水路から溢れ出るようなことは決してない。

(95) 「各国は商業を営むために、一定額の金属貨幣(specifick money)を必要とする。それは、事情が要求するままに、変化し、 時として多くなり、時として少なくなる。……貨幣のこの干満は、政治家のなんらかの援助がなくても規制される。……釣瓶は交互にはたらく。貨幣が少なくなると地金が鋳貨となる。地金が少なくなると、鋳貨が溶解される」(サー・ダッドレイ・ノース『商業論』22ページ)。
ジョン・ステュアート・ミルは、永い間、東インド会社の役人をしていたが、インドでは、なおいぜんとして銀装飾品が、直接に退蔵貨幣として機能しているということを立証している。「銀製の飾りは、高い利子率が続くと、鋳造のためにもってこられる。利子率が下がると、それは退いてゆく」(J・S・ミルの証言、銀行条例にかんする報告、1857年、2084号、2101号)。インドにおける金銀輸出入にかんする1864年の議会文書によれば、1863年金銀の輸入は、その輸出を超過すること、1936万7764ポンド・スターリングであった。1864年の最近8年間に、貴金属輸出にたいする輸入の超過は、1億965万2917ポンド・スターリングにのぼった。この世紀の間に、2億ポンド・スターリングをはるかに超えるものが、インドで鋳貨にされた。

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