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ウィルスの意味論

多田富雄対談集     生命へのまなざし 青土社
   多田富雄 : 東京理科大学生命科学研究所所長歴任
   日沼頼夫 : 京都大学ウイルス研究所所長、シオノギ医科学研究所所長歴任

ウイルスは生物か

多田
 日沼さんはウイルスという生命の最小単位を扱われています。

ですから、ウイルスからみた生ということなどを、今日はお話していただければ、と思っています。
日沼 僕の場合はウイルス学というよりは、ウイルス病学といった方が

ぴったりくると思っています。ウイルスそのものの学問とはちょっと違うんです。ウイルスそのものよりも、それによって引き起こされる生体の反応、特にDNA、免疫に対する反応が専門だと思っています。
多田 1981年にATL、つまり成人T細胞白血病を起こすレトロウイルスを最初にご報告なさいましたね。ちょうどその年はエイズが話題になりかけた年でもあります。エイズウイルスとATLのウイルスとはお互いに構造上もよく似ているし、ターゲットも同じくリンパ球なのですが、最終的にはまったく違う病気、つまりATLは血液の癌で、エイズは免疫不全症だということがわかったんですが、このご報告は医学史上画期的でした。
その発見は単に、癌のできるメカニズムの解明ばかりではなく、日本人の起源の問題までにも踏み込めるものでした。ウイルスを通して、人間がどこからきて、これからどうなるかを考えることの入り口を作ったという、非常に重大な発見だったと思います。
私がびっくりしていることの一つですが、真核細胞の生命科学はこれほど進んでいるのに、20世紀最後に残った問題というのが、ウイルス・イシューと言っていいという事なのです。発癌にも、エイズにも、また痴呆にもウイルスが関係しているということになると、あらゆる重大問題がウイルスに関係しているということがいえると思うのです。
まず最初に、ウイルスは生物なのか、という問題があります。一見結論がでているように見えますが、生命論からみるとそう簡単ではない。どうなのでしょうか。


日沼
 ウイルスが生物かどうかが基本的に問題になったのは、1930年代にタバコモザイクウイルスが結晶になったときです。みんな驚いたんです。こんなものが生き物であるはずがない、というわけです

そして、いやこれはちゃんと増殖する生き物だという意見とに分かれたんです。私はウイルスは生き物であると、はっきりと定義します。しかしそれは欠陥のある生き物なのです
なぜかというと、それ自身で勝手に増殖できる生き物ではないのです。ウイルスは生きた細胞の中に潜り込んではじめて、それをかりて自分の子孫を残すことができるのです。ウイルス自体では二つの重要な装置を持っていません。タンパクを合成する装置も、エネルギーを生産する装置も持っていないのです。しかしそれにもまして、ウイルスの生き物としての重要な属性は、DNAという遺伝物質を持っているということです。あるいはRNAを持っていることなのです。RNAを遺伝物質として持っているのはウイルスだけでしょう。にもかかわらず重大な欠陥を持っているので、欠陥生物、と呼ぶのです。


多田
 生物の定義にもよりますが、そのひとつに、自己複製というものがあります。自己複製に関する情報は持っているけれども、複製を作るときの道具はないわけですね。そうすると、それは完全な生命ではないということですね。
日沼 そうです。まさにそうです。
多田 欠陥生物というのは、たとえば脳に変化を来すクール―病をおこしている、プリオンなんかも、、、、、、、、。
日沼 それは、遺伝物質がそれ自身にないんです。タンパク質そのものです。これが生物といえるかどうかですね。
多田 現在は生物と無生物を画然と区別できなくて、生命それ自身がファジーになっているという感じがしますね。
日沼 ウイルスが欠陥生物だといいましたが、似たようなものはほかにもあるわけです。いま言われた、プリオンもそうですね。核酸が証明されないで、タンパクだけですね。しかし、ちゃんと増殖するんです。
もうひとつヴィロイドというのがあるんです。それはタンパクを持っていず、核酸だけがある微生物です。これの所属はウイルスですけど、ウイルスというにはおこがましくて、ウイルスもどきといっています。それははっきりとしたRNAの断片です。これはタンパクのない、遺伝物質だけの病原体です。奇妙なものですね。
多田 変なもんですね。
日沼 ふつうのウイルスというのは、遺伝物質があって、それをタンパクが包んでいるという構造ですね。つまり、今のヴィロイドみたいなものがありますね。
もう一つつけ加えたいのは、オンコジーンです。あれはDNAそのものです。あれだって、DNAの断片でしょう。そしてそれ自身が独立の機能を持っているわけです。オンコジーンはRNA癌ウイルスから初めて見つけられた実体です。つまりウイルスオンコジーンRNAの相補DNAが正常細胞DNAの中に組み込まれている。これを細胞オンコジーンといいますが、オンコジーンは大きな意味でウイルスの一つだと思いますね。
多田 癌を起こすRNAウイルスが初めに見つかったら、それと似たものが、ふつうの細胞の中にあるということで、それで細胞性癌遺伝子、つまりオンコジーンという名前になったわけですね。
日沼 細胞性の癌遺伝子オンコジーンは正常な機能を持っているわけですけれども、それが変異を起こすとただちに、悪性の癌を作るように機能するんですね。ぱっと機能が変化するんです。


  ウイルスの起源


多田
 そういう風に考えますと、ウイルスという不完全生物の起源が問題になると思うんです。順番としてその不完全生物から、細菌のように一応膜に囲まれて、中に遺伝物質が入っているような原核細胞とか、さらに核が細胞質で囲まれた真核細胞ができてきたとは考えにくくて、むしろ初めに細胞ができて、そしてその細胞を構成している一部分が、ぽんと飛び出していって、そしてウイルスとなった、と考えるのが正しいと思うんですが、いかがでしょうか。
日沼 私の考えと、まったく一致しています。でも、それと違った考え方をする人がいますね。ウイルスが一番原初の生物だという考えをする人もいます。最近この考えが強くなってきています。RNAワールドという言い方がありますね。始めDNAありきではなくて、RNAが原初の生命の世界なんですね。
なぜそんなことが言い出されたかというと、RNA自身が酵素の機能を持っていることが分かったからなんです。RNAからDNAが出来たんだと考えられるわけです。ウイルスという実体の情報はRNAかDNAがもっているわけです。RNA遺伝子をもっているのはウイルスだけです。ほかの生物はRNA遺伝子をもっていないでしょう。

多田 今、人工生命という考えが盛んですからね。一番最初がなんであったかは別にして、ちゃんと膜に囲まれていて、しかも外に向かって情報を処理することができる開放された単位があって、ちゃんとその中に遺伝情報をもっているというものだったら人工的につくることが出来るわけです。
日沼 非常に重要なのは、細胞が先に出来て、それの一部が飛び出てウイルスになったのだと、ぼくは思っています。それを支持する大きな根拠は、一つ一つの生物には種(スピーシズ)がありますね。ウイルスはスピーシズ・スペシフィック(種特異的)なんです。たとえば、バクテリア。バクテリアの中には特異的なウイルスがあるんです。動物には動物の、人間には人間の、植物には植物のがあるんです。
もう一つ言いますと、大腸菌とぶどう球菌は同じような下等なバクテリアですけれども、まったく違うウイルスです。両方ともウイルスとしては共通な構造をもっていますが、機能、姿、形はまったく違うウイルスです。一方はぶどう球菌でしか増えず、片方は大腸菌でしか増えません。非常にスペシフィックです。
そこから考えつくのは、ぶどう球菌からでてきたウイルスはやはりぶどう球菌という細胞からでてきたと考えるのが素直な考えなのです。

多田 論理的にいっても、ウイルスは寄生する細胞がないと増殖できないわけですね。宿主になる細胞よりも以前にそれがあったというのも修辞上おかしいですけど、その宿主になる細胞の中にはウイルスの原型みたいなものがたくさんあるわけですね。しかも、トランスポゾンなどという飛び回る遺伝子もあるわけです。そこからウイルスみたいなものが突然発明されて、現れて、細胞の間を行き来して、場合によってはその間に、いろんな遺伝情報を一つの細胞から別の細胞に伝えて、場合によっては破壊させたりしてという風にして生態系をつくってきたと思ってもいいわけですね。
日沼 ぼくもそう思いますね。
多田 そうしますと、生命を断片化していくということは近代科学の宿命だと思いますが、その行き着いたところを徹底して追求していきますと、ウイルスの問題がでてくるはずだと思います。ウイルス全体をいま合成することは出来ませんけれども、部分だったら合成できるわけですから。単に自己複製するということだったら、DNAに限らず人工的に作ることができる。そうなると、今度は本当に生命とはなにかという問題は、こちらからでは限定できない。さっきお話しましたように、非常にファジーなところまでいっているというのが、現状なんだと思います。
日沼 ウイルスの再構成というのは非常に昔からやられているんですね。一番簡単なのは現在あるウイルスをいったんばらばらにして、再構成できるかということです。それはまさに、遺伝物質とタンパク質をばらばらにして、それを並べ変えて、ちゃんとウイルスが出来ましたよということですが、その程度のことは、1930年代にもうできているのです。
もう一つ、ウイルスの遺伝子の合成が出来るのかということですが、これは分子の大きさの問題ですから、今は完全なものが出来なくても、それは近い将来できるでしょう。
多田 出来ますね。
日沼 一番小さな遺伝子は構造も一番単純ですし。ウイルスの中にはたった三つの情報、三種類のプロテイン(タンパク質)しか作れないウイルスがいるんですよ。RNAファージがそうです。欠陥は欠陥ですけれど、コート・プロテインと遺伝物質RNAを作るレプリカーゼ・プロテインとその二つをくっつける糊のようなプロテインというたった三つしかありませんが、生命の単位です。
多田 そういう点ではこれだけ重大問題になっている、エイズを起こすHIVだって、遺伝子の数にしてみれば、9個ぐらいのものですね。ATLウイルスもそうですけど、それが超精密機械みたいに一つも無駄がなく、しかも自分自身の複製を制御する部分とか、同時にその宿主の増殖まで動かしてしまう部分とかそんなものまで組み込んだ、超精密機械になっているわけです。人間のゲノムのように無意味な配列ばかりというのとは全然ちがう。
日沼 すばらしいものですね。あんな単純な機械であんな機能をもっているのは。ウイルスには無駄がありませんね。われわれ高等生物DNAの90何パーセントは意味のない、何の役にたっているのかわかりません。しかしウイルスDNA(RNA)には無駄がありません。小さいから効率よくできていて、大きいから無駄があってもいいという見方もあるかも知れませんが。
しかし驚くのは、HIVも生物ですが、単純な生物が、人間という高等な生物とぶつかったら、今のところ人間がたじたじですね。

多田 そうですね。HIVのヌクレオチドは約9200ぐらいですね。人間が32億ですね。そうすると、32億の遺伝子で決定されている動物が9200のウイルスにやっつけられてしまうというわけですね。
日沼 そういうことです。そういうことを考えますと、生き物というものは単純であろうが、複雑であるおうが、そういうことでは勝負云々は難しい。ネイチャー(自然)というものはそういうものなんです。考えてみれば当たり前ですが、植物も虫もみんな一緒にすんでいるわけです。
多田 それが全部DNAで決定されているわけですからね。
日沼 もう一つの見方は、人間なんて高級だといいながら、自分の情報の何百分の一しかもっていない生物をコントロールできるほど高等ではないんだ、ということです。
多田 最近伝染病の歴史を見ていったんですが、歴史に現れた伝染病で一番古いのはエジプトのヒエログリフに現れた、寄生虫病ですね。ヘマトビウム住血吸虫症です。それがナイル川周辺にあったらしくて、ヒエログリフで詳細に記述されています。エジプトのヒエログリフは基本的には24文字ですが、そのうちの21文字は非常に早いうちにできたそうで、クフのピラミッドができた古王朝の頃ですが、その頃から血尿を起こす病気があって、その病気にはアンチモンが有効で、致死量と常用量が近いから気をつけろ、なんてことまで書いてあるんです。ヘマトビウム幼虫は淡水の中にいて、貝の中にはいって、最終的に人間の中にはいって成虫となり、血尿を起こして時には致命的なんですが、今、エジプトではダムが作られて、水が豊富になったため、それが蔓延しているんです。
 一番古いものとして、寄生虫病、その後ペスト、天然痘が現れます。そういう風にみていくと、伝染病との戦いは、生態系の中でのDNAとDNAの戦いのように見ることもできると思うんです。寄生虫も中間宿主という別のDNAの乗り物の中にはいっていきます。そしてやがてそれが人間の中にはいっていくというサイクルを繰り返しながらDNAで構成された生態系を作っていきます。
日沼 寄生という意味では、寄生虫もウイルスもまったく同じです。寄生虫は動物の体全体に寄生し、ウイルスは細胞の中に寄生します。


ウイルスの生態学


多田
 ウイルスが一番はっきりしていますが、DNAを基にした生態系というものがあって、その生態系のちょっとした動きが伝染病ですね。伝染病は人間の病気の代表的なものですから、病気というものをDNAで構成されたエコロジーの乱れとして捉えることができるのかな、という感じがします。
日沼 伝染病は生物のエコロジーという意味で、ウイルスがいるということ、動植物がいるということは、同じ意味で、同時に存在しているわけです。ただ、ウイルス、寄生虫は人間の中にはいって生きていて、ときどき病気を起こすんです。人間を殺す必然性はありません。宿主を殺さないで、自分達も生きるということが自然の姿なのですが、ときどき、人間に病気を起こしたりして、悪いウイルスだということになるのです。
多田 エイズももっと簡単に宿主を殺してしまうようなウイルスだったら、自分も滅びてしまうから、ちゃんと、生殖年齢以上で殺すというプログラムを作っているんですね。
日沼 非常に不思議ですけどね。どうして、エイズウイルスが地球上に広がったかということは不思議ですが、ウイルスからいわせると不思議でも何でもなくて、ウイルスはときどき発生するんです。そしていつかは絶滅するんです。それはあらゆる生物の運命ですね。恐竜もそうです。ウイルスもそうです。だから、エイズウイルスもたまたまなんですね。
ぼくの知っているかぎり、最近発生したウイルスとしては、エイズウイルスのほかにもう一つあるんです。それは、急性出血生結膜炎病原体です。結膜から出血したりしてみかけはひどい病気なんですが、実際はけろっと治るんです。日本でも20年くらい前にはやりました。それは最初アフリカ、東南アジアで発生しました。それまではいっさい発生していなかったんです。そのウイルスはエンテロウイルスで、ポリオなんかと同系のウイルスなんです。1960年代の終わりから突如としてでてきたんです。

多田 それは発生したんじゃなくて、もともといたものが宿主を変えるとか、ちょっと構造を変えた、ということではありませんか。
日沼 おそらくそうだろうと思います。エイズも同じです。本当の発生はわかりません。急性出血生結膜炎ウイルスに似たようなウイルスが昆虫の中にいるんです。その起源を探しにいった甲野礼作先生は、結局蠅じゃないかと思ったんですが、見つかりませんでした。彼の頭の中では、昆虫の中にいたウイルスがたまたま人間に宿主を変えたと考えたんです。そこはなんともいえません。
多田 エイズウイルス(HIV)はサルのウイルスに似ています。サルにもHTLV―1に似たウイルスがいますね。そういう風に遺伝子のホモロジーでたどっていきますと、大もとが一つになりそうな感じがしますね。
日沼 系統樹を書きますね。先祖が一つという考えです。
多田 新種が次々にでてきたんだとすれば、そんなにたどれるはずがない。ちゃんとたどれるとすれば、最初のRNAウイルスがこの世に生まれる瞬間を推定することができるのかも知れませんね。その大元祖ウイルスが、宿主より先に生まれたのか。あるいは、それは宿主の細胞から飛び出た瞬間だったのではないかという感じがします。
日沼 その仮説の方が妥当だと思いますね。
多田 HTLVとHIVはそういう意味でも非常によく似たレトロウイルスですけれども、片方は癌を起こして、片方は細胞を壊しますね。あれはどうしてなのでしょうか。
日沼 遺伝子が違うからです。でてくるタンパクが違うし、でてくるタンパクが違う病気を起こすのです。今の機械的還元論からいえばそうなりますね。
多田 でもそれは、ものをちゃんと理解したことにはなりませんね。
日沼 そうではなくて言えば、今考えているのは、あるタンパクがある細胞で増えていくのは一つのタンパク質が癌細胞にしてしまうのではなくて、もっと高次な機能を複数備えているか、あるいは一つのタンパクでも細胞との交渉の仕方が、相関関係が違うのです。もっと複雑になっているのではないでしょうか。

自己と非自己

多田
 そうですね。ATLの場合だったら、大部分は感染しても発病しないで、そのままで終わるわけですからね。免疫をやっていますと、ウイルスは一番わけのわからない対象のような気がします。麻疹でもそうですけど、免疫が完全に起こらなければ、宿主を殺してしまうわけですから、免疫こそ最大の防御、抵抗を作る大もとですね。ウイルスは基本的には非自己ですから、ウイルスが感染した細胞ではウイルスの抗原が細胞の表面に現れて、免疫細胞がそれを発見してその細胞を殺して排除するというプロセスが必ず起こるはずなんです。けれども、こうしたウイルスに対する免疫反応は、ある人では強く起こるが、ある人では起こりませんね。こういうのを見ると、ウイルスというのはなんか、自己と非自己の境目を行ったり来たりしているような生物のような気がするんです。
日沼 それは結局、ウイルスが細胞表面に非自己を作るか作らないかですね。ヘルペスウイルスの例が一番おもしろいです。このウイルスは感染すると免疫反応が起こり、そのまま治ってしまいます。ところがウイルスは潜伏するんです。どこに潜むかというと、神経節に潜伏するんです。しかもその神経節の中で自分を全然表現していないのです。おそらくDANのかたちで潜んでいるんでしょう。EBウイルスもまさにそうで、唾液腺の中に潜んでいます。そして、ときどきなにかの時に動き出して、自分でタンパク質を作り出すんです。そうするとまた免疫が起こる、そういうことを繰り返しているんです。
多田 宿主の自己の中に潜んで、ほとんど自己になりきっているわけですね。だから、ヘルペスなんかは、本当の意味では一生治らないんですね。
日沼 ある意味では自己の中に閉じ込められて、自己になりきっているというところが問題なのです。DNAはちゃんと離れて存在しているんです。細胞の中にちゃんと鎮座ましまして自己になりきっているのです。ときどき人間の非自己になって、ということは日に焼けたり、移植を受けたり、癌になると増えてきます。免疫反応が起こり、免疫が弱ければ、非自己がのさばるんです。
多田 自己の中に埋没したり、顔を出したりと、自己と非自己の間を行き来している非常に不思議な生物なわけですね
日沼 それが生き物の姿ではないでしょうか。
多田
 そうしますと、自己という概念が大分違ってくるんです。たとえば私が医学部の学生に自己とはなにかと聞きますと、「自分のゲノムの産物が自己だ」という答えが大部分なのです。一応答にはなっているんですが、免疫学的自己とは何かというと、必らずしもそうではありません。ウイルスのような自己以外のゲノムが入りこんで共存している場合も、それを免疫は自己だと認めるわけですね。
それからウイルスの場合は、ある人にとってはそのウイルスは非自己として排除されるわけですけれども、ある人にとっては自己の中に入れこんで、キャリアとしてそれを温存してしまう場合もあるわけですよね。
日沼 それは非常に多い。それがまさに正常な自然な姿ですね。
多田 さらに、それをやたら攻撃してしまうと、劇症肝炎などといって、致命的なことになる場合がありますから、知らん顔をしているほうがいい場合もあるのです。知らん顔をして、非自己が入り込んでいるにもかかわらず、それを自己だと思いこんだふりをしている。それが免疫の巧妙なところですね。
日沼 そうですね。免疫というのはひとつの生体の反応ですが、人間の価値観からいえば、病気を治す免疫はいいやつだということになります。ところがアレルギーなどで死んじゃうと、免疫は悪い奴だということになりますね。
多田 生体反応そのものは価値判断無しに起こるのですが、人間にとって役にたつかたたないかということを後でくっつけて考えているだけですね。
日沼 人間が苦痛を排除しようとするからだと思いますね。
多田 免疫という言葉そのものはもともとは課役とか税金を免除されるという意味なんで、一種の免税なんです。ところがアレルギーという言葉は変わるという意味のアロスと、力という意味のエルゴンの合成語です。エルゴンというのは反応力という意味ですから、そういう意味ではアレルギーというのはもともと価値判断無しの言葉なんです。悪いイメージは人間があとからくっつけたものなんです。
もう一つ、日沼さんがHTLV-1ウイルスを発見されたおかげで、日本人の起源についていろんなことがわかりました。それについて少しお話していいただければ、と思います。

日本人の起源

日沼
 先進国の中でHTLV-1のキャリアがたくさんいるのは日本だけです。日本は寿命が長いのです。HTLV-1が見つかったのは、まさに寿命が長いからなのです。あのウイルスが発症するのはだいたい50歳以上です。人生30年の人には発症しません。人生50年以上の民族だけに関係するのです。
今、世界中を見ると、一つをのぞいてすべての人種の先祖がこのウイルスを持っていたという推定がついています。白人、黒人、黄色人種、オーストラリアにいった褐色人種の四つに分けていて、その発祥がアフリカの東海岸で、そこから大移動が始まったんだというのが定説です。そのほとんどの人種がHTLV-1をもっているんです。ところが一つ見つかっていないのは、ニュー・モンゴロイドからは見つかっていません。日本で言えば弥生人のことです。中国人もそうです。他のすべての古い人種はすべて持っています。
多田 九州を含めて南日本には縄文の遺跡が多いですね。一方、今日本の内陸部、関東以北に、オールド・モンゴロイドの血が多くなってくるということでしょうか。
日沼 日本の先住民はオールド・モンゴロイド、それに近いのはアイヌの人たちと琉球の人たちです。もう一つは、これはATLレトロウイルスからしかはっきりとはいえないんですが、日本の海岸線の陸の孤島といわれている過疎地、離島などにいる人たちが古いモンゴロイドの系統です。縄文後期の人は朝鮮半島あるいは中国本土から来たニュー・モンゴロイドです。彼らはキャリアではありません。これは大体証明できてきています。
多田 それが混血を繰り返したとしましても、いまでもそのウイルスを持っている人がいるということは、そのウイルスが自己の中に入っているということですね。
日沼 南米のインディオもそれを持っているのです。
多田 そうやって自己の中に住み着いているウイルスもだんだん消えていく運命にあるのでしょうか。
日沼 そうです。ウイルスが消えるというよりもウイルスをもっている人、つまりキャリアが減少するのです。私は人類が発生したときにすでにこのウイルスを持っていたと思っています。人から人への感染です。しかし100パーセント感染しない。だんだんと混血していく中で脱落して行くのです。最後に自己をもち続けた少数の民族だけが残っているのですが、それもまさに消えゆく運命にありますね。

エイズワクチンの可能性

多田
 自己の中から消えていくウイルスもあれば、自己の中に新たに入ってきたウイルスもあるわけですね。その後者の代表としてのエイズの話をもう少しお聞きしたいのです。いままで、レトロウイルスに対してちゃんとした免疫ができたためしはないですね。比較的似ているようなウイルスに対しても、ワクチンが開発されたことはありません。今までの経過を免疫学の立場からみますと、エイズに対してワクチンをつくったりして対処するのは、難しいと思うのですが。
日沼 少なくとも今の研究の中ではそういうペシミズムが非常に濃厚です。人間というのは科学を信じていますが、自己になったウイルスをやっつけるということも可能だと思っています。それにはDNAデザインワクチンというのが必要なんです。キラーT細胞だけに効くようなものをちゃんとワクチンの中に組み込んでやればいいという、考えです。
多田 それは今のところは可能性がないように思います。日沼さんのウイルス感染症学の立場からみて、何か可能性のあるものはありますか。
日沼 可能性はないことはないのですが、ワクチンということよりも、発症をおさえるようなもの、簡単にいうと、感染を抑えるのは医学的手段では駄目で、感染経路、たとえば、輸血、セックスの注意を促すことしかないのです。防げないというのは敗北主義ですが、次に感染した人を発病させないために何かないか、ということがでてきます。その中には、ワクチンもありますが、遺伝子治療という手段もあります。もう一つはウイルスの増殖を抑えるような化学療法、抗ウイルス剤があります。もう一つは免疫を亢進させるということもあります。
どれが成功するかわかりません。ただ今それに向けて全力で努力している最中です。みんなとともに。そこで、いや、悲観的ですね。なんて人の前でいいたくないのです。世界中の研究者が同じ思いだと思います。
多田 エイズウイルスの潜伏期間が将来劇的に伸びるという可能性はないのでしょうか。
日沼 長く発病しないエイズ感染者もいるということが、今わかってきたんです。大事なことはなぜ彼らは発病しないかということなんです。科学としてはその要素の研究が大事なのです。しかしまだわからない。
多田 ウイルスと共存している人間がいて、その人間が社会とどう共存するかということが、今問われているのではないでしょうか。まさに拡大されたDNAのエコロジーの問題です。
日沼 パブアニューギニアの原住民はオーストラリアのアポリジニと非常に近いのですが、彼らもATLのキャリアです。彼らはしかし発病しません。それは寿命が短いからです。長生きしたから発病するのです。おそらく昔からおとなしいウイルスだったんでしょうね。
多田 ウイルスというものを通して自己というものを考え、自己の危機を作り出しているウイルスを逆に考える、そういうことなんでしょうね。
日沼 そういうことですね。
以上